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【妊娠中の胎児発生解説note】④手足を作る遺伝子と奇形の話

 筆者は現在妊娠26週なのですが、胎動が強くなってきて赤ちゃんの手足がしっかり発達しているのだなと感じます。胎児超音波検査でも手足の骨の長さを測って問題ないと言われたのできっと正常に発生しているはず。
 でも手足って、冷静に観察してみると恐ろしく複雑な器官で、うまく形ができるのは本当に奇跡! 今回の記事では私たちの手足がどうやってできてくるのか、何がすごいのか解説します。
 また、手足の奇形が起こるメカニズムや障害児の母親に関する研究もご紹介します。奇形について事前に知っておくことで、もし自分の子が奇形だった場合に少しでも受け止められるようになるのではと思います。

※奇形の写真などは掲載していません。
※今回の記事ではわかりやすくするために「手足」の表現を用いていますが、正確には四肢(上肢、下肢)を指しています。

●ヒトもニワトリも手足の構造は一緒

 普段何気なく使っている手足。ヒトは肩から上腕が出て、前腕につながり、手があります。同様に、骨盤から大腿が出て、下腿につながり、足があります。上肢も下肢も3段構成ですね。

図1 ヒトの腕と脚の3段構成

 ここで突然ですがスーパーに行ったと思って、トリの手羽元と手羽先を思い出してください。トリも手羽元があり、手羽先につながり、手羽先は間に関節があって2つの部位に分かれていますね。トリの上肢も3段構成です。下肢はよりヒトに似た形で3段構成です。

図2 トリの手羽の3段構成
(手羽のイラストがあるいらすとやすごい……。感謝)

 『種の起源』で有名なダーウィンはこんな言葉を残しています。

ものをつかむように形作られている人間の手、穴を掘るモグラの前肢、ウマの脚、イルカのひれ状の肢、コウモリの翼これらの構造がすべて同じ形式を持ち、同じような骨が同じ相対的位置にあるのは、実に興味深いことではないか。

Charles Darwin(1859)『新版・図説 種の起源』チャールズ・ダーウィン/吉岡晶子訳 東京書籍

 四肢を持つ動物の四肢は全部3段構成となっているそうです。このパターンが多くの動物で保存されているのはとても興味深いですね。

●手足は3軸方向に非対称な超複雑な構造

 手足が体幹からただの棒がくっついているだけならわかりやすかったのですが、実際の手足は3軸方向に非対称な超複雑な構造です。
・遠近軸(体幹から近い方か、遠い方か)
・前後軸(親指側か、小指側か)
・背腹軸(手足の甲か、裏か)

図3 腕と脚の3軸

 この複雑な非対称構造を、全部遺伝子が制御しています! めちゃくちゃややこしくて研究に時間がかかった(そして今も研究が続いている)領域ですが、今回は一部に絞ってご紹介します。

腕が出る位置はどうやって決まる?

 腕は当たり前のように肩から出ていて、おへその辺りから腕が出ている人はいません。腕が出る位置を決めているのはHoxという遺伝子で、ハエからヒトまで保存されている超重要な遺伝子です。Hoxは1番から13番まであり、首からおしりまでそれぞれの遺伝子が担当するエリアが決まっています。

図4-1 Hox遺伝子群の支配領域
Mark, M., Rijli, F. & Chambon, P. Homeobox Genes in Embryogenesis and Pathogenesis. Pediatr Res 42, 421–429 (1997).

 Hox遺伝子のうち肩のあたりを担当しているHoxc6が発現すると、そこから腕を伸ばすことが決まります。
 Hoxc6から順番にHoxc6→Tbx5→Fgf10→Fgf8と遺伝子を活性化し、Fgf8まで到達するとそのエリアは腕になる運命が決まります

図4-2 腕になる運命決定に関わる遺伝子カスケード

親指、人差し指、中指、薬指、小指はどうやって決まる?

 ヒトは5本の指それぞれが異なることで、手を自由自在に操り複雑な動きをすることができます。一番長いのは中指で、二番目が人差し指や薬指、三番目が小指、親指はほかの4本とは少し異なる方向から付いていますね。
 これらの指の種類を決めているのはShh(Sonichedgehog)という遺伝子の濃度勾配です。Shh濃度が高い方から、小指、薬指、中指、人差し指、親指ができます。Shh濃度が高い指が一番長くなるわけでもない、という点が興味深いですね。

 余談ですが、Shh遺伝子は、ソニック・ザ・ヘッジホッグというゲームのキャラクターから名付けられており、ハエでShhが変異するとハリネズミ(ヘッジホッグ)みたいになることが由来です。遺伝子の名前は結構おもしろいものが多いので、少しでも親近感を持ってもらえると嬉しいです笑

図5 Shh濃度勾配と手指、ソニックヘッジホッグ(Wikipediaより)

●手足の奇形は1,000人に1~4人

 手を作る際にはたくさんの遺伝子が働いていることがお分かりいただけたかと思います。これでもまだ一部で、実際にはもっと複雑に様々な遺伝子が相互作用して上肢を作っています。
 これらの遺伝子に異常が生じると、手足が奇形となります。奇形の原因は、遺伝子そのものに異常がある場合と、医薬品などで遺伝子の働きが影響を受ける場合が考えられます。

無肢症

 体肢の全部が欠けたもの。腕の場合、Hoxc6からの遺伝子カスケードに異常がある可能性が高いので、同じ高さにある臓器(心臓など)にも奇形が生じていることが多く、入念に検査されます。

アザラシ肢症

 手や足が小さな不整形の骨を介して胴についたもの。サリドマイドを服用した妊婦から生まれることが多く、サリドマイド薬害として世界的に問題になりました。サリドマイドは1950年代後半から1960年代前半にかけて、妊婦に睡眠薬やつわり止め薬として処方され、今もAIDSやがんの治療薬として使われています。女性に投与する場合は注意が必要な薬です。
 サリドマイドが四肢の奇形を引き起こすメカニズムは比較的最近明らかになりました。サリドマイドはp63の分解を誘導しますが、p63がFgf8の発現を制御していることが東京工業大学の研究でわかりました。
 図4-2でFgf8が発現すると「そのエリアが腕になる運命決定がされる」と書きましたが、サリドマイドを服用するとFgf8の発現に影響を及ぼしていると考えられます。

出所)東京工業大学, サリドマイドが手足や耳に奇形を引き起こすメカニズムを解明, 公開日:2019.10.08

図6-1 無肢症およびアザラシ肢症のイメージ図

短指症

 指が短いもの。指を伸ばす遺伝子が十分働かなかったと考えられます。

合指症

 2本以上の手指や足指が癒合するもの。指と指の間はアポトーシス(細胞死)によって分かれますが、アポトーシスに異常があると考えられます。

多指症

 手足の指が過剰なもの。図5で指の形成にはShhの濃度勾配で決まると書きましたが、何らかの理由で通常の濃度勾配が生まれなかった可能性があります。

図6-2 指の異常
手足の(先天)異常, 独協医科大卓埼玉医療センター小児外科, 閲覧日:2022年5月15日 

●手足の奇形を持つ子を産んだ母親の反応と告知の状況

 先天性四肢障害児の母親の心理的反応と告知の状況を観察した研究を見つけました。母親の言葉がそのまま書かれている、貴重な文献です。

 告知を受けるとまず母親にネガティブな側面(拒否、不安、孤独など)が表れ、家族が子どもの存在を否定したり悲嘆したりすると母親のネガティブ感情が強まるとされています。一方で、子どもとの接触やクッション材となる経験(障害者との関わりなど)があると、母親のポジティブな側面(子どもへの愛情、育児への決意など)が強まるとされています。ネガティブな側面とポジティブな側面は葛藤を生むようです。

告知後における先天性障害児の母親の反応及び影響要因

 論文では6事例の詳細が記述されています。

母親が受けた告知の概要

 10年前に発表された論文ですが、告知の状況を見ると一部の医師は信じられない対応をしていますね……。

突然タバコを吸い始め、足を組んで小刻みに動かし「僕たちのやったことに何の問題もありません」と答えた。

ケースE

 一方で、告知への満足度が高いケースもあります。

話の仕方とか、対処の仕方とか、すずに小児科の先生に診てもらったりとか、どこかに異常がないかとか全部調べてくれた。生まれた時のケアはすごくよくしてくれたんじゃないかと思う

ケースC

 さすがにタバコ医師のようなケースは現在は撲滅されていると信じたいですが、医師や看護師、助産師の言葉の節々に医療施設のレベルが表れるので、信頼できる産院を選ぶことが大事だと改めて感じました。

 また、手足の奇形に限らず赤ちゃんが何らかの病気や障害を持って生まれてくる可能性はあるので、出産までに「もし赤ちゃんに障害があったらどうしよう?」と一度考えておくことが重要かもしれません。論文にもあるように、クッション材となる経験、つまり障害者と接する機会や障害児を育てる母親を知っていると不安や心配が多少軽減されるようです。関連する本を読んだり、障害者の方の関わる企業や団体を調べてみたりするのもよいかもしれません。今回取り上げた手足の障害の場合、「先天性四肢障害児父母の会」があり、40年にわたり活動を続けられています。

出所)先天性四肢障害児の母親への告知とその後の支援に関する研究(第1報), 一母親の心理的反応に着目して一
先天性四肢障害児の母親への告知とその後の支援に関する研究(第2報), 一医療者による告知の実態と母親への影響要因一
いずれの論文も白神晃子著、小児保健研究, 2011年, 第70巻第6号掲載



 今回の記事では手足ができるメカニズムとうまくいかなかった場合の障害について取り上げました。
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出典:ラングマン人体発生学第11版、ギルバート発生生物学

《終わり》

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