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『廻るドアノブ』【ショートストーリー】


カランコロン
真鍮のドアノブをひねって扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
店主はポットに水を足しながら、チラとコチラを見てそう言った。

こじんまりとした喫茶店。カウンター席がいくつかと、二人掛けのテーブル席が窓辺に3つ。ボンボンと低音の響きが心地よいスピーカー。緑の多いこの場所は、大きな大学病院の近くに位置する。

朝8時。
長居するつもりはなく、僕は店主の正面より少し左側のカウンターにかけた。
羊皮紙に手書きのメニュー。
[朝セット トースト・卵・モーニングブレンド ]
が気になったが、僕はコスタリカの浅煎りを注文。

「おまちの間、こちらをどうぞ。」
店主が水と一緒に差し出したのは、胡桃とレーズンだった。
「ありがとう。」
僕がひとつまみ胡桃を頬張るのをみると、店主は口の端で少しだけ笑って豆を挽き始めた。
胡桃は香ばしく、時折苦い。レーズンで追いかけて、まどろんだ口の中に水を流し込む。
僕の他に客はおらず、朝の柔らかい光が差しこむ店内は、ボンボンと響く音のほか、豆を挽く音と、お湯を沸かす音、そして珈琲を落とす音以外にはシンとしていて、だから僕が胡桃をかじる音が少しだけ図々しく感じたんだ。

「どうぞ」
手際よく淹れられた珈琲。
カップは手作りだろうか?無骨だが妙にしっくりくる。
ぼんやりとした頭の中にスッキリとした香りが広がり、目が覚める。
一口。
鼻を抜ける芳香は記憶を揺さぶる。
何かが引っ掛かる。
カップを宙に置いたまま数秒の沈黙。
店主は何か言いたげにこちらに視線を投げる。
僕は結局引っ掛かりがなんなのかわからないまま、宙に置いたままの珈琲を再び飲み始めた。

これから診察の予約がある。
まだ時間があるから、少し散歩でもしよう。

珈琲を飲み干し、最後のレーズンを口に放って
「ごちそうさま、お会計を」

「550円です。」

きっちり550円を支払って真鍮のドアノブを押して外へ出る。
カランコロン

新緑の木漏れ日を浴びながら店を後にする。

「今日も、彼はコスタリカを選んだのね。」
そして彼は翌日も、その次の日もコスタリカを頼むだろう。
店主は待つ。彼がモーニングを思い出す日を。


#ショートストーリー #短編小説#自由に作文

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