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利用者が支える制度 #介護保険制度


で、聞いてもいい?

入所にどのくらいかかったの?

そう…。

で…月々は?



老いを描く本

考えてみるとわたしは介護に関する本を幾冊も読んでいる。初めて手にしたのは20代前半、それは人の老いが赤裸々に描かれた有吉佐和子『恍惚の人』だった。

そんな中で心に残る作品はといえば、ウイリアム・ウオートンの『晩秋』(平成2年新潮文庫)だろうか。いつもは離れて暮らす息子が、過ぎし日の記憶をたどりながら、すっかり老いてしまった親の姿を描き出す。

わたしはベタベタとした人との関係が苦手だけれど、その息子もまたわたしのような暮らしを好む一人。そんな彼が久方ぶりに親の住む家を訪れ、自分の知らなかった親を発見し、夫婦間に横たわるいかんともしがたい関係に葛藤を覚える。それでも苛立ちや絶望の中に、ふと心地よい父の一言や、懐かしい家族の思い出がよみがえり、読む側のわたしの心も救われる、そんな作品だ。

そして最後に読んだのが林真理子の『我らがパラダイス』(2016年 毎日新聞出版)。ただこちらはわたしの苦手なドロドロの人間関係がこれでもかというほど描かれていて、途中で読むのを諦めてしまった。



在宅介護

いつの頃からだっただろう。実家で祖母の介護の手伝いをするようになったのは。その祖母の介護をしていたのは嫁である母だった。

家で一番明るい部屋に寝ていた祖母に、日に幾度も名を呼ばれた。その都度、日々の全てがプチプチと分断されることに辟易としながらも、祖母の枕元にいき、用を尋ねた。

祖母の呼ぶ声を聞かぬふりをしていても、やがて耐え切れなくなった。そしてきょうだいたちの中で呼ばれるのはわたしの名だけになった。

そんなある日、母が台所で声を上げて泣いた。

時折やってくる親戚に何かを言われたのだろうか。今でもたった一度だけ耳にした、あの日の母の叫ぶような甲高い泣き声が耳に残る。



妻の相続

その母が我が家へやってきた。いかに戦後民法が変わったとはいえ、母は戦前の心を持ち続ける人たちが暮らす中で生きてきた。

母だけのせいではない。

たとえ夫であっても、お金のことを問うことは母にとって卑しいことだったに違いない。ましてや相続だなんて。父が準備をしていたことは聞いてはいたけれど、わずか一月ほどでこの世を去った父の残したものを、母はどうすることもできず、父が母の老後にと備えた財産を全て奪われた。

そして母は体一つで我が家へやってきた。

そんな母と暮らしはじめて、わたしはあの『我らがパラダイス』を思い出した。舞台はたしか東京で、そこには老人ホームの現状がこれでもかというほど入念に書かれていた。介護施設への入所時には数千万円がかかり、月々男性の平均月収程の費用がかかる、さらに上も、下もあると書かれていた。

だから、たまに介護友とお茶をするとつい尋ねてみたくなる。入所の際、どのくらいかかったの?月々は?と。

母の介護費と我が家の暮らしはまた別だ。だから気になる。



介護保険制度

わたしの中の介護といえば寝たきりの祖母。そうした人のみが介護の対象だと思い込んでいたわたしにとって、母がその対象になるとは考えたこともなかった。けれど今では母は要介護1の認定を数回頂いている。

足に障害を抱える母は一人ではどこにも行けず、台所にも立てない。そしてこの認定が下りると、母は様々なサービスを受けられるようになった。

恐らく体の大きな父であったなら自宅介護は諦めたかもしれない。けれど小柄な母に、この制度が使えると分かった日から、母との暮らしの先行きの不安が大きく取り除かれた。

この国の制度は日本の女性を家から解放したと思う。

この制度が無ければ、わたしは今後、母が叫ぶような甲高い声で泣いたあの日のように、一人で介護の日々を耐え続けることになったかもしれない。



制度の特徴

女性が無償で担っていたケアを外に出した制度、これは素晴らしい。

母があの日泣いたように、閉じた世界では誰かが我慢に我慢を重ね、それが見過ごされる。

介護こそ外へと開いていかなければ、する側もされる側も一瞬で弱者側になる。

どんな制度にも欠点はあるけれど、この制度には女性の声が反映されていると思う。サービスを受ける側とする側に多くの人が関わる。ケアマネさんに地域包括支援センターに役所の福祉関係の人たち。病院の医師も。

実によくできた制度だと思う。


おわりに

この国は労働者がどんどん足りなくる。だから女性にも働いて下さいと国は呼びかけている。そして男性の介護者もまた増えてきた。

であれば、介護保険料を納めてきた人たちはこうしたサービスを積極的に利用して欲しい

そうした人が増えなければこの制度は萎んでしまう。

欧米社会では国外の女性たちをケアワーカーとして使ってきた。けれどこの国はそれを仕事として世に出した

女性に優しい制度なのだ。

だからこそこの制度はわたしたちが守っていかなければと思う。



※最後までお読みいただきありがとうございました。


※スタエフでもお話ししています。

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