どうして国際女性デーなの?
今日は国際女性デー。
だから?
そんな声が聞こえてきそう…
新参者たち
国連は1975年の国際婦人年に世界行動計画を発表している。
それは、このままじゃいけない、だからこその行動計画。
どういうことかといえば、1960年代に労働市場に女性が急速に参入した。
だからこそ、国連は女性たちをなんとかしなくてはと動きはじめたのだ。
つまり、女性が男性の職場に遅れて参加したのが1960年代だったということ。
女性は新参者だった。
世界が求めたもの
もちろん新参者は立場が弱い。
それはどこの世界でも同じ。先輩は威張っているし、新参者は敵わない。ずっと昔からそこにいる男たちは嫌になるほど強い。
そこでILO(国際労働機関)は1975年に「婦人労働者の機会と待遇の平等に関する宣言」をした。
それは本気の差別撤廃宣言。
その一部をご紹介するなら、
というもの。
国際社会の潮流
とはいえ、国連が世界を引っ張っていたわけではない。
それより少し前、アメリカで雇用機会均等法ができている。
そう、世界で女性の先頭を闊歩していたのはアメリカ。
アメリカのウーマンリブはそれはそれは勢いがあった。
そのムーブメントでいきなり女性たちが権利を獲得した、と思いたいところだけれど、それほどことは簡単ではない。
なにしろ女性は労働市場では完全な新参者。
アメリカ女性は既に1910 年ごろから、女性の権利への関心が高かった。小さなグループや大きな団体が力を合わせて女性の権利向上のために動いている。
歴史のあるイギリスなどから自由を求めてやってきた人たちの子孫。そもそも行動力が違ったのだろう。
そんなわけで1920 年には労働省に女性局が設立される。
この女性局、今でも女性労働者の地位向上及びエンパワーメントに向けた活動を実施している。これは米国の女性たちが手を取り合って様々な活動をしてきた結果だ。
そんな下地があったからこそ、どの国より早くアメリカに均等法ができた。
ただアメリカでは元々法律による労働条件規制はEUなどと比べると極端に少ない。そんな特徴もあるのだけれど…
日本の新参者たち
アメリカで女性たちが長年活動した先で権利獲得をした。
ところが、同じように労働市場で新参者だった日本女性は、先日世界銀行の調査発表で実に情けない評価をされている。
それが、
日本には男女が同じ仕事に対して同じ水準の賃金を払うことを義務付ける法律がないというもの。
一体、同じ新参者だというのに、どうしてこうも日米で開きが出てしまったのだろう。
獲得するという意味
UKTodayによれば、4年前の6月10日、イギリスで女性参政権が認められてから100年を記念するパレードが行われ、10万人を超える女性が市街を練り歩いたと書かれている。
英国で女性の参政権が認められたのは1918年。
そしてそれより2年遅れてアメリカでも参政権が認められた。
そう、欧米では日本よりはるか昔に女性が参政権を獲得してある。
けれど、日本で女性に参政権が与えられたのは第二次世界大戦直後。しかもGHQの指導によるもの。
そう、日本女性は自分たちで参政権を獲得していない。
つまり、権利から遠く離れた暮らしをしてきたのだ。
同じようで違うもの
🟠権利の獲得
🟠権利を与えられる
この二つは同じようでも雲泥の差がある。
獲得した人たちには思い入れがある。手を繋ぎあい戦った歴史がある。
貰った人たちにはそれがない。だからその意味さえ考えようとしない。
ゆえに日本女性にとって今日は国際女性デーといわれてもピンとこない。
きっと多くの人が、身近な人や家族から権利にまつわる話を聞くことが少ないはず。
実はそこが問題でもある。
あの世界銀行の調査結果に出ていた、日本には男女が同じ仕事に対して同じ水準の賃金を払うことを義務付ける法律がないという、あれ。
誰かがやってくれる、誰かが与えてくれる、そんな気分がわたしたちのどこかにある。
だって、参政権も均等法もわたしたちは与えられたのだから。
一度も獲得していない。
おわりに
わたしはよく女性の意識を考える。これは単純そうで実に複雑だ。
日本女性の意識は曲がりくねっている。社会が曲がりくねっているから。だからこそ女性は容易に声があげられない。
それでもわたしたちは自分たちのことは自分たちで考えていかなければならない。待っていてもこの状況は変わらない。そのことは歴史を眺めればよくわかる。そして女性がそれを一番知っている。
当事者の問題は当事者が考える。だからこそ意識を変えたい。遠回りでもそれが一番早そうな気がしている。
※最後までお読みいただきありがとうございました。
※スタエフでもお話ししています。
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