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少子化にはやっぱり訳がある


急に子どもの数が減ったというわけじゃない。

減るってことは、ずっと前からわかっていた。



先送り

今朝、新聞の整理をしていたら面白い記事を見つけた。

そこには、この国が少子化対策が後手後手になった理由が書いてあった。

ご紹介してみたい。

◆狭い国土に多くの人口がいて貧しいこの国に、敗戦後630万人が海外から引き揚げてきた⇒だから日本では人口が減ることが望ましいとされた。

◆戦時中の「産めよ殖やせよ」政策は、家族の自己決定権を侵害していたと戦後強く批判された⇨だから政府主導では動きにくかった。
日本経済新聞20221205 「少子高齢社会の実像」 中央大学准教授 松浦司

なるほど。

このままいけば少子化が進むって分かっちゃいたけれど、とりあえず現状維持で…

そんなふうにして国はこの問題に触れてこなかった。

それは本腰を入れて少子化問題を広める活動をする人がいなかったということ。

やっぱりどんな時にもだ。

本気でそれを考える人、本気でそれを広める人、そんな人がいなかったのだろう。



人を数字で表す

かつて友達に、会社で新人を0.8人と口にする上司がいると聞き、尻もちをついてしまうほど驚いたことがある。

違和感でしかない。

そんな話を聞くと、この国はどこか大きくオカシイと思ってしまう。

たとえ大手で高給が約束されても、きっとわたしには合わないだろう。まあ、採用はされないだろうけれど笑。

そしてよく言われるのが人口置換水準。これは子どもが親世代になったときに、親世代と同じ人口になるようにとはじき出された数字。これが今の段階で日本は2.07人。二人は産まなきゃね、難しいね、ということ。

でも現実は1.3人程。しかもその数字はどんどん下向きに伸びていく。



かゆいところに手が届かない

そして政府は今、少子化対策に躍起になっている。ここで出てくるのが財政支援

確かに若者に意識調査をすると子どもにはお金がかかりすぎるという答えが出てくる。だから財政支援。

でも授かり婚ならいざしらず、よくよく考えると結婚も出産も気が重い。

その気の重さを連れてくるのが偏った視点。

もっと子どものいる家族を見守るムードが欲しい。子どもが欲しいといいながら、小さな子どもを持つ若者を忘れてしまっている。子どもの数の前に、ママやパパの姿をイメージしてほしい。

ママにもっと自由な生き方ができなきゃ、ここから先はどうにもならない。

わたしたちは電車の中で子どもが泣いても見て見ぬふりをする社会にいる。大人が子どもに無関心なんじゃなくて、子どもとかかわった経験を持つ男性が少なすぎる社会。ママが子どもをなんとか一人前に育ててくれるだろうと信じて疑わない社会。

だからかゆいところになど手は届かない。

楽しい未来が見えるムードがほしい。営業じゃあるまいし、希望の合計特殊出生率なんてノルマばかりを口にされてもどうにもならない。



おわりに

わたしたちは確実に人口が減る国にいる。近頃は高齢者に対する厳しい意見を口にされる方もいる。そんな人口構造になることだってずっと前からわかっていた。

遠い昔、イギリスでは貧しい人を収容する施設があった。貧しいゆえに窃盗などを働くため、貧しい=悪ととらえられ収容されたり、処罰されたり、強制労働をさせられたり。

高齢者=お荷物では、まるで昔話ではないか。社会で経験を積んできた人たちを活かし成熟した社会を想像してみる。そんなムードを創り出せるのだって人なのだ。

人も経済もムードで動く。もちろんムードは数字より強い。


つづく


※最後までお読みいただきありがとうございました。


※スタエフでもお話ししています。


※こんな嬉しいお知らせが届きました。ありがとうございました。

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