・身体感覚を考える(3)役立てる方法

 さきほど身体感覚に注意を払うだけで「心と体」にも役立つと述べた。眼精疲労の例でいうと「今,だるいと感じている」と気づくだけでも,私の心,すなわち患者さんに対する気持ちが改善する可能性がある。ただ「だるさは目の辺りに集中している」など,身体感覚が生じている部位や性質に繊細になると,眼精疲労というもともとの原因探求にも直結するのでもっと良いし,だるさなどの身体感覚を変える方法があれば眼精疲労の治療にもなるのでさらに良い。
 つまり「気になること」として身体感覚に注意を向け,できればその詳細が把握できると,身体感覚を変えることも可能になるというわけだ。こうした方法は,おそらく沢山あるのだとは思う。まずはその例として「身体感覚が増強すると良い」という話をしよう。
 私は十年以上前から,歩いたときに自分の右足と左足の運び方が違うことを知っていた。靴音の響きが違うし,人から指摘されたこともあるからだ。しかしながら,どう違うのかとか,どうやったら矯正できるのかは皆目わからなかった。
 あるとき,私は数日間かけて一〇〇キロメートル以上歩いたことがあった。歩き慣れていないせいもあり,やがて一歩歩くたびに足に痛みが走るようになった。ところが痛みに注目してみると,右足と左足では痛いところが違うのに気づいた。左足はふくらはぎが痛く,右足は足首が痛い。それで初めて足のどの部分に負担がかかっているかや,左右の足運びがどう違うかがはっきりとわかった。またその気になれば,今までとは逆の足運びや,左右対称になる歩き方もできるようになった。
 つまり,私は,足運びの際に生じる身体感覚(違和感)に気づいていなかったわけではないが,かすかで漠然としていたこともあり,「気になること」とはならなかった。しかし痛みが強くはっきり出ると「気になること」となり,その結果,身体感覚を有効活用して足運びを矯正することができたというわけだ。
 このように,足を痛めて違和感を際立たせるなど,身体感覚を増強する方法があれば「気になること」にできる。ただし,これはいつでも使える方法ではない。
 たとえば医者ならどの科の先生も,「誰だってそんなことをしたら病気になるよ」と厭味の一つも言いたくなるような,過労や不摂生のはてに受診する患者さんを見かけたことがあるだろう。この人たちは,仕事や娯楽など目先の事柄に注意が向き,「今の疲れは度を越している」といった身体感覚を「気になること」にしなかったのだが,我慢できないほどひどくなり,ついには疲れ(身体感覚)が「気になること」に転じたので,受診したのだろう。これはさきほど私が述べた「増強する方法」を実践したことになるが,こんな状態になってから受診したのでは遅すぎる。
 疲労が軽度なうちに身体感覚に気を配るようになると,悪い事態になることを避けたり早めの受診もできる。つまり気にならない時点で,身体感覚の増強以外の方法で「気になること」に転換できる必要がある。


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