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叔父との想い出:#5 庭に張ったテント

 叔父とはよく一緒に出掛けたり、お風呂に入ったりしたのだが、不思議な事に一緒に寝た事はなかった。弟が、「一緒に寝ようや」と誘っても、なにかと理由を付けては断っていた。それを不思議に思って、一度理由を聞いてみた所、叔父はしばらく考えてこんなことを言った。

「実はいろいろと寄って来る体質でな。お前らも巻き込んで、虫とかに刺されるの可哀想だろ。あと、霊が出やすかったり」

 本当の所は、昼間に散々私たちに振り回されていたので、一人でゆっくりしたかったのだと思う。私はともかく、弟は、寝る前には本を読んで貰うのが大好きで、祖父や祖母が「寝かしつけるのが一仕事だ」と、嬉しそうに愚痴をこぼしていた。おそらくは、その辺りだろう。

 だが、そんな叔父が一度だけ私たちと一緒に寝たことがあった。

 それは、確か小学5年の夏休みで、明日には大阪へと帰るという日の事だった。私と弟は、叔父と一緒にテントの中にいた。どこかにキャンプに出かけたかと言えばそうではなく、庭だ。私と弟が、テントを張ったことも泊まった事もないと知った叔父が、5年生でそれはつまらないと言い出して、急遽ホームセンターで小さなテントを買ってきたのだ。

 叔父と一緒に、芝生の広がる庭にテントを設置した。テントは骨組みの両端を地面に突き刺して固定するタイプだったのだが、芝の根が張り巡らされた庭土は、なかなかに手強かった。結局、突き刺す作業をほとんど叔父任せにして、私と弟は骨組みに会わせてテントを張る作業を担当した。

 テントが張りあがると、すぐに漫画やお菓子を持ち込んだ。さらに、電波が届くので、家いえ電の子機も持ち込んだ。弟はちょっとしたトランシーバー感覚なのか、「こちら湊人(みなと)です。どうぞ」と、語尾に「どうぞ」を付けて家の中の祖父と話をしているようだった。

 昼の間、私と弟は、ちょっとした秘密基地を作った感覚で、麦茶を持ち込んで本を読んだ。夜になると、叔父が3人分の寝袋を持ってやってきた。テントの中に寝袋を広げ、乾電池式のランプを点けてテントのてっぺんに吊す。そして、虫除けスプレーをテントの入り口や、私たちの手足にかけた。

「いいか2人とも。大丈夫とは思うけど、やっぱ外だからな。虫が寄って来るかもしれないから注意してな。蚊はいいけど、ヤバいのはムカデだ。あれは無差別に刺してくる上に、無茶苦茶腫れて痛いからな。万が一見かけたら、俺を起こすか、その分厚い漫画本で一気に叩いて潰すんだぞ」

 叔父が脅かすようにそう言うと、弟が真剣な様子で他にヤバい物がこないかどうかを聞きたがった。叔父は笑いながら、そうだな、夜中に外で足音が聞こえたらヤバいかもな。と言ったが、あまりに弟が怖がるので、幽霊なら足が無いから足音しないよ。聞こえるとしたら、お父さんが様子見にでも来るときくらいだ。などと取り繕っていた。

 やがて、電気を絞り、私・叔父・弟の順番で川の字になって寝袋に入った。弟は、まだ何やらしつこく叔父に確認しているようだった。

「心配すんな。他? 蜂? 蜂は夜は巣に帰ってるから大丈夫。トカゲ? トカゲは尻尾切って逃げる方だから大丈夫。ヤモリ? あれは家を守るって書いてヤモリだろ。むしろ味方だから大丈夫。逆に潰したりするなよ」

 弟のコソコソ声は聞こえなかったが、どうやら怖がる弟の質問に、叔父が答えているようだった。それを聞いている内、私は知らず知らずの間に眠りについていた。

 そして深夜。私はカサカサと擦れるような音を聞いて目を覚ました。薄明かりの中、隣を見ると、叔父も弟も良く寝ているようだ。テントの外の様子を伺ったが、聞こえるのは虫の声くらいだった。気のせいかと思って、もう一度叔父の顔あたりを見たとき、叔父の耳元あたりから、何か白っぽい物がにょろりと出てきた。そして、頬の辺りまで上がると周りを見渡すようにゆっくり動く。かと思うと、さっと首元に潜り込んだ。まるで私に見つかって慌てて隠れたかのようだった。 

 ――なんだあれは。よくわからないがムカデの仲間だったらヤバい。

 私は咄嗟にそう思った。叔父を起こそうとしたが、ムカデもどきの場所が場所だ。叔父が起きた時に刺激してしまい、刺されたらまずい。そう判断した私は、そっと漫画本を手に取ると、片手でできるだけ叔父を突き飛ばすように押しやり、空いたスペースめがけて漫画本を叩きつけた。

 本の下で、ぐにゃりとした手応えがあったが、怖くて確認できなかった。すると、何かがするりと逃げ出すような感覚がした。同時に、叔父の身体が跳ねるようにびくっと動いたかと思うと、目を擦りながら起きあがった。

「いてて……ん……? 大智? なんかあったのか」

 寝起きのためか、精気がなく気怠そうな叔父に事情を話した。

「あー、叩かれたのか。それでか」

 叔父は胸を押さえながら頷き、周りを軽く確認したが、枕元の時計に目をやると、私にも見せた。

「まだ午前2時だってよ。ムカデみたいな奴はいないみたいだし、もう一度寝るか。湊人まで起きるとまためんどくさいしな」

 叔父は私の頭をポンポンと撫でると、そのまま寝袋に入って寝てしまった。残された私は多少の不安があったのだが、また寝るしかなかった。

 翌朝、目が覚めて朝食を済ますと、私たちは慌ただしく荷物を父の車へと積み込み始めた。道が混む前に大阪へと向かう予定だったのだ。叔父も野菜やお米の積み込みを手伝ってくれたが、やはり少し気怠そうだった。目が合うと、「おっさんに野外で寝袋はきつかったわー」と言って、大げさに腰を叩いてニヤリと笑っていた事を今でもよく覚えている。

 大阪に帰って、無事に着いたと祖母に電話を入れると、珍しく叔父が寝込んでいるという話を聞いた。祖母は、今回は2人と遊び過ぎたみたいだよ。遊んでもらって良かったね。と笑っていたが、私はちょっと悪い事をしたかな、という気になった。

 それ以降も、何回も静岡の家に遊びに行き、叔父といろいろな事をしたのだけれども、一緒に寝る事だけは二度となかった。

-了-

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