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保育の話を少し。

保育園、4月一斉入所。
絶賛申請受付中の自治体が多かろうと思います。

実は某自治体の保育課で入所の担当してたりします。

今いる園児たちが学年がひとつずつ上がって、学年が上がると定員が少しばかり増えたり、0歳児枠はまるまる募集になるしで、一番入りやすいし入所まで半年あるので復職するにも心の準備がしやすいしで個人的にもお勧めの一斉入所。

21年前、私も申し込みした一人でした。

当時は今より保育園に入りづらく、夫婦フルタイム、0歳児でなければまず無理だったし、なんの疑問も持たずに見学に行ったり申請書出したり、結果、第一希望園にめでたく内定をいただきました。

8月生まれの息子は、8ヶ月で入園の予定。
内定の連絡が来たのが5ヶ月になる頃、あやすとなんやかやと反応したりするようになっていて。
母乳推奨の産科だったこともあって完全母乳で育てていました。

「4月の入園時は8ヶ月に入るし母乳終わりにしていいと思いますよ」
このひと言が決定打になって、内定を辞退、仕事を辞めてしまいました…

「すぐ戻ってきますね〜」と、職場には荷物を置いたままでした。
産んで、人生観が変わってしまうとは、思いもよらず。

「私と息子のタイミングで生きていきたい」
と思ったことと、加えて実父が早死にだったので、自分も同じ頃までしか生きられないとしたら、どう生きるか自問した結果、この子といようと決めました。

そもそも当時の私には、人に託すことが全然無理でした。

保育課に辞退の電話をかけると
「えっ!よく考えてください!!3〜4日待ってますから、大丈夫だから」
と言ってくれました。
でも、
「もう、よく考えたから大丈夫です」
と答えました。

中の人になって思ったけど「待ってます」
ってなかなか言えないことです。
即返事してくれた方が、仕事がサクサク進むので。

だから今も、その一本の電話を忘れられずにいます。
誰かの記憶に残る仕事です。
良い意味でも悪い意味でも…

仕事を辞めてみたものの、家事も育児も得意ではなく、プロの手を借りた方が、よく育ったのでは?とか、仕事にも未練が残って少し後悔したりもしました。

その後、二人目が産まれ、三人目を父親が亡くなった年齢で産み、
「生かされた」と感じました。

相変わらず子育ては苦手なままで、3歳児神話とか語るつもりも語れるような育て方でもなく、ただただ母たちと子どもたちが少しでも幸せでいられる生き方を選んでくれたらと願わない日はないです。

明日からもこれからもずっと。

おしゃれに目覚めた息子のズボンのお直しを頼まれて、数年ぶりにミシンを出動させた幸せな日に

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