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ヤダヤダじいさんと龍神さま【スピリチュアル童話】
むかしむかしあるところに、いつも「ヤダヤダ」と言っているおじいさんがいました。
「ヤダヤダ、また今日という日が来おったわい。もう、わしは生きることに疲れた。あーいやでいやでたまらない」
するとちょうどその上空を通りかかった龍が、ヤダヤダじいさんのそんなぼやきを聞いていました。
「おーそうか、よしよし、ではおぬしの願いを叶えてやろうぞ」
すると突然、
ゴロゴロドッカーン!!!
家の横に雷が落ちましたのでヤダヤダじいさんはびっくりして転んだ拍子に土鍋に頭を打ちつけました。
「うぎゃー! いたたたたた! おーたまらん!」
ヤダヤダじいさんは頭を抱えて苦しみます。
「なんで突然、雷が落ちるんじゃ…あーヤダヤダ。なんてツイてない。うう、診療所にかかりたいが、あいにくそんな金もない。あーまったく本当にいやでいやでたまらない」
すると、この様子を見ていた龍は喜びます。
「よしよし、願いが叶って喜んでおるな。あんなに大喜びするとはういやつめ。もっと願いを叶えてやろうぞ」
「待って下さい、龍神さま」
そこへ一羽のスズメが飛んできました。
「あの、おじいさんは願いが叶って喜んでいるようには見えませんけど」
「なにを言っとる。あんなにも喜んでおる」
「わたしには痛がっているようにしか見えませんけど?」
「そうじゃ、痛がっており、喜んでおる」
「いやいや、痛がりながら苦しんでいるのではないですか?」
「いやいや、あやつは痛みに苦しみながら喜んでおる」
「そんなわけないでしょう。痛いのが喜びだなんて人は、そういませんよ」
「そうかのう? では試しに逆の願いを叶えてみようぞ」
スズメの強い訴えに龍神様は別のまじないをかけました。
すると、
ジャラジャラジャラジャラ!キランキラーン!
「な、なんと! 天から大判小判が降ってきた!」
ヤダヤダじいさんは目を丸くすると慌てて小判を拾います。
「おー、奇跡じゃ! これで診療所にもかかれるし、うまいものがたらふく食べられる!」
ヤダヤダじいさんは「やだやだ」なんて一言ももらさず、すなおに喜んでいるようです。
「ほら、おじいさんは喜んでいるじゃないですか。痛くて苦しいのが好きな人なんていませんよ」
「そうかのう。よーく見てみろ?」
龍神様がそう言うのでスズメは外界を覗き込んでみると、
「はー、診療所にかかれたはいいが、なんだあのヤブ医者は。ヤダヤダ。もっと痛くないようにしてほしいものじゃ。それに、あの料理、評判通り美味いは美味かったが、高すぎる。しかも、思いのほか油こくって、なんだか腹が痛くなってきた。あーヤダヤダ。なんでわしがこんな目に」
「うーん、たしかにヤダヤダ言っていますね」
ススメは龍神様に言いました。
「でも、あれは医者の腕がわるくて、料理が値段に見合わず高すぎただけなのではないですか?」
「本当にそうかのう。よく見てみい」
スズメが再度、外界を見てみますと、どうやらヤダヤダじいさんは別の診療所にかかった様子なのですが、
「はー、あれが名医だとは片腹痛いわ。偉そうにふんぞり返って何様だ。聖人にでもなったつもりか。おおむね村人みんなから先生、先生とすがられていい気になっているのだろう。あーヤダヤダ。せっかく立ち寄ったのに茶屋の団子も、まったく美味く感じない。おおむね作ってるやつの腕が悪いのだろう。はーヤダヤダ。本当にワシはついてない」
「ふーむ、あのお茶屋の団子はお殿様もご賞味になるという逸品だそうですが…あのおじいさん、確かに何が起きてもヤダヤダばかり言っていますね」
「そうじゃ。つまり、あやつにとっては、痛い目にあって苦しんで、それでヤダヤダ言うことこそ自体が喜びなんじゃよ。だから、わしは更に願いを叶えてやろうというのじゃ」
そのとき、ヤダヤダじいさんの声が聞こえてきました。
「なんじゃとー!? わしが不治の病!?」
見ればヤダヤダじいさんのもとに医師が駆けつけています。
「検査の結果が出るまで待っていて下さいと言ったじゃないですか。なのに、あなたが勝手に出ていってしまうから」
「そ、そんなことより、わしは死ぬのか?」
「……治療に専念すれば治る見込みはもちろんあります」
「くー、治療だと。いやじゃいやじゃ! どうせわしを痛くて苦しい目にさんざん合わせるつもりなんじゃろう!!」
「あなたが、どうしてもいやだというなら、私は無理強いはしませんよ」
「くー! 卑怯者め! そう言えば、わしが怖がるとでも思ったか! あーいやだいやだ。どいつもこいつもわしをいたぶり、苦しめる!!」
「勝手にしなさい…」
医師は呆れて帰っていってしまいました。
「くあー! 何が名医だ! どいつもこいつもヤブ医者だ! もういい! わしは一人で治す!」
そしてヤダヤダじいさんも家に帰りました。
しかし、不治の病は治るどころか悪化するばかりです。
「あぁ、ヤダヤダ…このポンコツな身体め…どうして私を痛めつけるのじゃ…! こんなに痛いなら、いっそ死んでしまうほうがマシだろう! おー痛い痛い。あぁ、ヤダヤダ」
ヤダヤダじいさんが痛みを苦にして泣き出したので、さすがのスズメも悲しくなってきました。
「あのおじいさんが『ヤダヤダ』ばかり言っているから、それで天罰として不治の病を授けたのですか?」
「天罰だなんてとんでもない。ただ、あやつの望みを叶えてやっただけじゃ」
「しかし龍神様、不治の病になりたい人なんているのでしょうか」
「もちろん、あやつは口では病気を恨んでおる。しかし、あやつにとっては『ヤダヤダ』を言うことこそが喜びなんじゃよ。だから、それを叶えてやっただけのこと」
「うーん、でも『ヤダヤダ』が口癖になってるだけではないですか? 別に好き好んで言っているわけではないような」
「ではスズメよ、そなたに聞くが」
龍はスズメに言いました。
「茶屋で団子を食いたいとき、なんて言うか知っておるか?」
「え、うーん、そうですね。『お団子を下さい』って言うんじゃないでしょうか」
「そうじゃ。あるいは、ただ『お団子』と言うだけでも『お団子』が出てくることじゃろう。そして、あやつはワシの聞こえるところで『ヤダヤダ』と言った。だから望み通り『ヤダヤダ』を授けてやったのじゃ。無論あやつが『ツイてるツイてる』と言うなら、ツキを授けてやったところじゃが」
「えー、でもそんなの屁理屈じゃないですか? だって、おじいさんは、ただ自分の遭った出来事について感想を述べただけで、ヤダヤダを注文したつもりはなかったと思います」
「つもりがなくても茶屋で『お団子』と言えば『お団子』を注文したことになるのではないのかね?」
「うーん、それは確かにそうですが…」
「いいかね、スズメよ。わしがどんな世界に住んでおるか知っておるかね?」
「え、龍神様が? いえ、考えてみたこともありません」
「では教えよう。わしは、あのじいさんの願いをいくらでも叶えてやれるのと同様、自分の願いも好きなだけ叶えられる」
「え、本当に!すごい!」
「そう思うか? しかし、なんでも願いが叶うことこそ不自由なのだぞ? いや、むしろそれに勝る不自由はない」
「えー、なにをそんな贅沢な? だって美味しいものも食べ放題でしょう?」
「いつでも食べられる美味いものは、もはや美味いものとは言えない」
「そうでしょうか。美味しいものはいつ食べたって美味しいと思いますけど」
「では、こう言い換えようか。不味いものを知った上で、食べる美味いものこそが、もっとも美味い」
「うーん、確かに、それはそうかもしれません」
「しかし、何でも願い事が叶えられるとなると、なかなか自ら好き好んで不味いものを食べようという気にも辛い目に遭ってみようという気にもならないものだ。けっきょくわしは龍神でありながら真に美味いものも楽しいこともほんとうの意味では知らんのじゃ」
「えー、龍神様なのに!?」
「そうじゃ。だからそろそろ龍神であることにも飽き飽きしはじめているとこなんじゃ」
「えー、誰もが憧れる龍神様じゃないですか!?」
「ふふふ、そう言ってくれるのは嬉しいが、正直に言ってな、わしは、もうイヤなんじゃよ。これ以上、龍神でいるのは。というわけで今日限り、わしは龍神をやめる!!」
「えー、そんな!!」
そして咆哮を上げたかと思うと、閃光とともに龍神様は霧のような塵になって消え失せてしまいました。
「うぎゃあー!!!!」
一方、病魔に苦しんだヤダヤダじいさんは胸をおさえて、ばったり倒れてしまいました。
「……うう……もう人間になるのは、絶対にいやじゃ……」
そしてガクリとうなだれると、ヤダヤダじいさんは喀血し、遂に天に召されてしまいます。
暗雲立ち込めるなか、スズメはつぶやきました。
「ああ、何ということでしょう…おじいさんは最後の最後まで苦しんだままで死に絶え、龍神様までもが龍神でいることがイヤだなんて言うなんて……私たちは、いったい何を希望に生きていけばよいのです……」
すると、ヤダヤダじいさんの亡骸から、すーっと光の玉が昇ってきました。
「ふふふ、希望ならそなたの目の前に在るだろう」
「え……?」
声が聞こえたかと思うと、光の玉は見る見るうちに、龍神様の姿に变化しました。
「ふふふ、実に楽しかったわいヤダヤダじいさんの人生は」
「え、え、龍神様…!? どういうことです!?」
「どうやら、あのヤダヤダじいさんはわしじゃった」
「ええー!? でも、龍神様はさっきこっち側にいて、ヤダヤダじいさんにまじないをかけたりしてたのに…!?」
「わしは龍神じゃぞ。時間の流れなど関係ない。こちらとあちらに別の存在として同時に存在することなどお安い御用じゃ」
「じゃ、龍神様は人間界に転生して、あのヤダヤダじいさんとして誕生したってわけですか?」
「そうじゃ。ヤダヤダじいさんがじいさんになる前、赤子の時代からすべて経験してきた。もちろん龍神だったことの記憶はすっかり消しさった上でな」
「で、でも、どうしてあんな辛そうな人生に?」
「なーに、龍神の立場から見れば、天界では決して味わえない苦しみに満ち満ちており、実に楽しい人生じゃったよ」
「今の状況では味わえない苦しみ……?」
「そうじゃ。何が苦しく、何が楽しいか、すべては視点で変わる。だから、あやつの『ヤダヤダ』を叶えてやったのじゃ。救いのないことこそがあやつの希望であり、望みだったのだからな」
「救いのないことこそがあやつの希望であり、望み……うーん、なるほど…そうですか」
スズメは空に立ち込めていた暗雲を再び見ました。
あんなにも陰鬱で絶望の塊のように見えた暗雲が、今やひとつの立派な舞台装置のように見えました。
確かに暗雲は暗雲として存在してもらわないことには、色々と都合の悪いことがありそうです。
「さて、気分転換も出来たところで、また人間たちの願いを叶えてやるとするか。『ヤダヤダじいさん』みたいな人間はたくさんいるからのう〜」
龍神さまはそう言ってまたどこかへ飛んでいきましたとさ。
(おしまい)
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