おとうと
第13話
たこ焼きのに匂いがぷんと鼻をつく。
さっきまで泣いていた弟は父が帰宅して、更に大泣きする。
「甘えんな!」
鋭く叫び弟の頬を叩く。
「どうした?」
父の登場に弟は縋り、私は怒り狂う。
「すぐそうやって甘える!あんたそんなんだからダメなのよ!!」
「止めろ、泣いてるだろ」
事情も聞かず、父は私を宥めすかす。
いつもこうだ。弟が悪さをしても父が救世主となり、
厳しく叱りつける母や私を制圧する。
「お母さんの財布から2万円、お金抜いてたんだよ!」
こんな小さい子が!200円くらいならまだしも!
大人の金額じゃない!私だって2万円なんて怖くて持ち歩けないのに、
その額財布に入れてデパートに行ってゲームソフト買うなんて!
有り得ない!!
万感の思いを込めて父に訴えるが、父はそんなのどこ吹く風。
無言で母に自分の財布から抜いて2万円手渡そうとする。
「あんた、何やってるのよ!」
母も怒鳴る。父に食ってかかる。
「子供が抜く金額じゃないでしょう。あんたがあの調子で
何でもかんでも買ってやるから、勘違いしてしまうの!」
誕生日でも、クリスマスでも、正月でもないのに
父は弟が望めば何でも買い与えていた。
何か欲しいものがあっても
「誕生日まで我慢ね」
「もうすぐクリスマスだからその時買ってあげる」
と母と固く約束して、それを果たしてもらっていた私とは違い
弟には物欲や金銭欲にストッパーが存在しなかった。
母に何かをねだり、母が私にしたように躾けても
父はあっさりそれを覆してしまう。
「あんたのは子育てじゃない、犬猫に対する接し方だ!」
いつだったか、母が父に詰め寄ったことを思い出す。
「犬猫だって欲しいだけ餌与えてたら増長するのよ。
我が子が可愛けりゃあんなことできないわ!」
母は生育環境が著しく悪く、両親やきょうだいに利用されることはあっても
大切にされたり、心を通わせ必要とされた経験がないから
私に立派な大人になってほしいとの願いを託すのだが
その方法が分からないから、
今の時代なら虐待とされるような折檻ををするのであって、
大人として、親として、
子に接する「やり様」というものを理解していたなら
あんな風にはなっていない。
元は愛情深い人なのだ。
ただ一途すぎる、思い込みが激しすぎる、決め付けが多い、
こっちの話をまるで聞かないというだけで。
私にはスパルタ教育を施したが、それが失敗に終わったことで
弟にはかなり寛容な母になっていた。
ビンタもキックもしない、優しい母。
悪さすれば叱られるけれど、「もうしない」と約束すれば
それ以上何を言われるわけでもない。
私みたいに髪の毛掴んで引きずり回されたり、
ごめんなさいと泣き叫ぶのに何度もぶたれたり。
そんな経験、弟は1度もしていない。
母のことも私のことも、もうこの当時から
かなり軽んじていた。
鉄壁の壁となってくれる父は、弟が何をしても
叱ることはおろか窘めることさえしなかった。
離れて暮らしているのに、夕方になると幼児番組を観る。
仕事を手伝っていた母が「チャンネル替えたら?」と声をかけたら、
弟がこの番組が好きで観ているんだ、と答えたそうだ。
片時も離したくないが妻と別居しているが故に
弟とも離れて暮らしているだけで、
弟がそれを望めば父の元で暮らせたかも知れない。
私が何度望んでも叶わなかったことを、
弟はあっさり叶えてしまう。
でもそれにはやはり、「いけないことはいけない」と
教えてやることが大前提にあるのであって、
教えているのに聞かないのであれば、鉄拳制裁も辞さないくらいの
覚悟と勢いが子育てには必要だと思う。
母がどんなに叱っても、私が怒鳴り散らしても
父はそれを雲散霧消してしまう。
気付けば父が買ってきたたこ焼きを、弟は頬張っている。
「何してんの?」
厳しく聞いてもうわの空。
父という無敵の存在が自分をガードしてくれることを
弟は熟知していた。
母がどんなに弟にきちんと向き合って、正しく接してと
声を枯らしても、一切聞く耳を持たない。
弟は父という強剛な支援者を得、何をやらかしても
どんなに母や私が言葉を尽くしても
結局元の木阿弥、という日常を過ごしていく。
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