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おとうと

第37話

基本的に道楽主義。お金大好き。
なのは知っていたし、今更という感じは否めなかったが
それにしたって
給料を稼ぐようになってからの弟は少し
言動が変わったように感じた。
大人しく優しい面もあったのにそれらが次第と鳴りを潜め、
代わりにニョキニョキと利己的な気質が
目立つようになっていた。
とはいえまだ16歳。母が厳しく叱ればそれなりに
態度を改めるなどしていたけれど。

勤務態度はまじめと母に聞かされた。そうなんだと思った。
まじめに働かなければ居場所は家だけになってしまう。
そんな人生真っ平だろう。
私も仕事に忙しくしていたので、この頃弟と
彼の仕事について会話することは殆どなかったように思う。
ゲームや漫画など下らない話題なら、いくらもあったが。

将来は声を使った仕事がしたいと、夢を語ることがあった。
現在の声優ブームはこの頃から発生したもので、
大山のぶ代さんのブラックドラえもんなどが記憶に残っている。
歌手や声優になりたいと希望し、オーディションにも
積極的に応募していた。
全て撃沈したけれどガッツだけはあった。
いずれ叶うといいねと語り合った。
あの頃はまだ日本の景気も良く
若い世代が生きていく術も、それなりに存在したように思う。
弟のように学校からドロップアウトしてしまったら、
それもかなり苦しくなるけれど。

学校という枠から外れ自由を得た。
その自由の多くは母の力によって得られたものであって
本人が何某かの努力をして、手に入れたものではない。
その点理解していたならよかったのだろうが、
弟はこの頃を境にタガが外れたように
煩悩にのみ忠実な生き方を選択するようになる。

学生の間はとかく苦しい。
先生や先輩からの圧力や同級生との調和の図り方、
仲良しと思っていた友達からの裏切りや
大して親しくない同級生に助けられた時感じてしまう情けなさや。
大人になって久しいが今もって「下らない」と
切り捨てられない記憶は多くあって、
弟もそういった経験に苦しんできた。

掃除の時間、ゴミ出し係だったらしい。
焼却炉までゴミを持って行くと必ず
とても可愛い女子が2人、弟を待ち構えていて
キャーキャー騒ぐのだそうだ。
訝しく思う弟に一人が
「あの。キムタクに似てるって言われませんか?」
と敬語で話しかけてくる。言われないと答えると
「うそだー!そっくりなのに!!」
ともう一人が追従する。

嫌な奴らだ。

弟はクマのプーさんから漢気を抜き取って
更にほんわかさせた雰囲気を纏っていた。
身長168センチ 体重100キロ
そんなキムタクおるかい。
しかし奴らは弟に頻りに
「キムタクに似てる!!」
と言って憚らなかったらしい。

「似てるのは性別くらい。あんたのどこに
木村拓哉の要素があるよ?
そいつらクズだね。何言われても知らん顔してな」

どれほど可愛いのか知らんが
女子特有の厭らしさ全開の俗物が放つ悪意を
私は元女子高生として、しっかり認識していた。
だから弟に注意喚起を怠らなかった。
弟は返事はしたものの、
「キムタク似」
という言葉のマジックにどっぷり引っ掛かっていて、
「今日も言われた」
とどこか得意気な弟をそうやって諫める度、
嫌そうに表情を曇らせたものだ。
退学して暫く経った頃、その女子2人は学年一のヤンキーの
使いパシリだったと打ち明けられた。

弟をキムタク似と囃し立て
弟がほくそ笑む姿を忠実に、ヤンキーらに伝えていた。
6月にあった全校集会でヤンキーから

「こいつキムタクに似てるって言われて
真に受けてんだぜー!」

とつるし上げられたのだそうだ。
全校生徒爆笑の渦。先生たちも笑っていたらしい。
毎日弟を待ち構えていた女子2人はその日
弟がしてみせた表情をつぶさに彼らに伝え、
嘲笑していたのだそうだ。
彼女らが弟に「木村拓哉に似ている」と言ったのも
勿論バカにしているから。本心ではない。
この件ですっかり心折られ、退学するに至ったのだった。

だから言ったろうと言いたいところだったがしかし、
そこまで悪意を滾らせ弟のような牧歌的な同級生に
接せられる15歳が多数存在するなど、
真剣に受け止めたい話ではなかった。
そんな奴らは社会のゴミになり、この世に吹き溜まる。
悍ましい以外の感想がない。
そんな奴らの鋭利な悪意に堪えられるほど
弟は強くない。

「そりゃ大変だったね」

ぽつり呟いた言葉に、弟は目を潤ませた。

「そんな奴らが大した大人になれるわけがない。
あんたはあんたの人生を逞しく生きろ。
そいつらだっていつまでも学生でいられるわけじゃない。
大人になってからその人の真価が問われる。
しょうもない生き物に捉われるな」

うんとしっかり頷く弟は、ブラックドラえもんに
自分の未来を重ねていた。

そいつらが生きているとするなら、現在40代に突入している。
焼却炉の前で弟を待ち構えていた女子らは
どんな人生を歩んでいるのだろう。
その女子をパシらせたヤンキーはもしかして
父親になっていたりするのだろうか。
子は親の背中を見て育つという。
そんな奴らの子供なんてたかが知れている。
無辜の同級生をいたずらに苦しめ
社会の片隅に追いやって、ゲラゲラ笑いながら過ごす。
遺伝子さながら悪魔的な生き方も恐らく、子に伝染るだろう。
因果というのは確実に、巡るものだから。


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