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おとうと

第29話

その日。
季節は冬になろうとしていた。
寒いのでぬくぬくのジャンパーを着こんだのを覚えている。
弟の担任も学年主任もその人となりは知らないが
家庭訪問してくれるということは
ある程度こちらの話もきいてくれるものと、
母が思い込んだのは致し方ない。
私は教師の冷酷さを知っているから
そんなものに期待することはなかったけれど、
母は学校を出ていないし。
「学校の先生」という存在を高みに立たせていた。あの頃は。

自宅に来訪した中年男性と初老男性。
中年が担任で初老が学年主任。
自己紹介され「ああ、はい」と
同席した私も母のついでに会釈する。
この日はたまたま休暇だった。
不安そうな弟の顔を見て、担任らが如何に信用できない人間か
私は気付いていたから、「理解してくれること前提」で
話すつもりも、話を聞く気もなかった。
でも母は違う。
息子の窮状を切々と訴え、学校に改善を求めた。
口を開くのは学年主任のみ。
担任はダンマリを決め込んだ。
口を開くといっても
「ああ」とか
「お気持ちは分るんですけど」とか
母の神経を逆なでするようなことばかり連発して、母が
「息子が学校でいじめに遭っていることを
あなた方はどの程度理解しているんですか?」
と、檄するまでにそう時間はかからなかった。

草臥れたおっさん2人。
23歳の私はかなり攻撃的な気持ちで
その人らを眺めた。
事の解決を図るために
こちらの話を聞きに来たわけではないことは
玄関先で顔を見た瞬間理解した。
どちらも真剣みなど微塵もなくて
義務を果たしに来ただけといった様子が見て取れた。

私たちの母校は上履きが所謂便所スリッパだったのだが、
弟はそれに画鋲を仕込まれていた。
単に忍ばせるのではない。
底から画鋲を刺し、足に突き刺さるよう細工してあるのだ。
登校し下駄箱に入っているスリッパを床に置き
履き替える。その瞬間痛みが走る。
すぐさま脱いでスリッパを確認する。
そして見つける、刺された画鋲。
弟が受けた衝撃はどれほどだったか。想像もつかない。
ショックだったろうと思うのは私が姉だからだと気付いたのは、
目の前の2人が「そんな些細なこと」といわんばかりだったからだ。

「中学生のすることじゃない。大人だってここまでやらない」

という母の発言が担任らに刺さることはなかった。
普段から悪タレばかり見ていたら
感覚がマヒしてしまうのは仕方ないこと。
しかし「それはそれ」「これはこれ」
うちの弟は落第生だが悪タレではない。
女性的な面があるというだけで、ごく普通の中学生男子だ。
母が熱弁をふるってもおっさん達は黙り込むか、
母を益々激怒させる発言に終始するか。
対応と呼べるものはそのいずれかだった。堪らず
「弟には学校に行かなくていいって言ってるんですよ」
と横から口を挟んだ。
同席していた弟の顔を見ていたら
母に任せてばかりといかなくなってしまって。

「あんた達、いじめに遭ったことありますか?」

23歳がふるう最大にして最高の勇気。震える体が忌々しい。
どちらもその問いに返事をすることはなかった。けれど
「学校に行かなくていいというのは暴論じゃないですかねぇ」
という、学年主任の発言に私は絶句した。母は狂乱した。

「どういう意味ですか!!」

吠える母。俯く弟。呆気に取られる私。
ダンマリを決め込む担任は、それでも何も言わない。
じっと空を見つめ唇を固く結んでいた。
学年主任は徐に語り始めた。

「息子さんが登校しなくなってもうじき2ヶ月経ちます。
これ以上登校しない状態が続きますと私どもは
教育委員会にそれを報告せねばならんのです。
今日はその話をしに来たんですよ」

母が「帰れ!!」と怒鳴るまで、何秒ほどであったろうか。
その瞬間、担任が浮かべた「あー、やれやれ」といった表情を
私は見逃さなかった。弟は無言で俯いている。

「お母さん、そう興奮しないで」

学年主任のふざけた発言に私も「帰れ!」と怒鳴った。
不発に終わったけれど。どちらにもスルーされたけれど。

登校に前向きになってほしいと学年主任は言い残し、
2人は帰っていった。
塩を撒きたいくらいと言った母がそれを実行しなかったのは
単に勿体ないからだろう。食べ物は大切にせねばならない。

「朽ち果てた」といった様子の弟にかける言葉など見つからない。
母はカンカンだし、私は大人の汚い面を見て凹んでるし。
弟はそんなもんじゃなく凹んでいただろうけれど。
母と私、どちらも
「改善するまで登校する必要はない」
という結論に至った。弟にもそう伝えた。
けれど弟は弱り切った表情を浮かべながらも
「明日ちょっと行ってみる」
と口にした。
「いや、あの感じは止めておいた方がいい。
あんた蜂の巣にされるよ」
懸念を示したが、弟の決意は思いのほか固かった。
それが崩壊してしまったのは翌日のこと。
登校した弟が見たのは、家庭訪問で一言も発さなかった担任の
「勝ち誇ったような顔」

大人の醜さ、歪み切った現実。
弟は学校から「不登校」と認定されるに至ったが
そんなこと、私たちにとってどうでもよかった。

「学校が生徒を殺す時代」

母の放った言葉が忘れられない。

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