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JIS X 8341-3の反省文

Webアクセシビリティ Advent Calendar 2020
https://adventar.org/calendars/5001

反省文なんて書いてしまいました。反省になるかどうかはちょっとわかりませんけど、Webアクセシビリティにかかわってきた当事者、JIS X 8341-3:2004,2010 に深く関わったものとして、JIS原案を書いているときにどんなことを感じてたかを書き残しておこうと思うのです。

私が JIS X 8341-3 にかかわったのは、もうはっきりとは覚えていないのですけれど、2002年ごろだったと思います。某社のSさんから「WebアクセシビリティのJIS書いてるんですけど興味ありませんか?」と声をかけていただいていたのですが、当時は別のことに興味があって「止めておきます」というような返事をした記憶があります。しかしその後、どうもうまくまとめきれていないらしい、というウワサを聞くようになって、重い腰を上げました。委員会に参加してみると、確かに混迷していました。年末年始あたりに作業を初めて、翌年に出版という短時間作業で事態を何とか収拾したのです。

この JIS X 8341-3:2004 については、1年ほどの突貫作業で作り上げたこともあり、様々な批判がありました。特に、海外に出かけていくと「なぜWCAGと異なるものを独自に作るのか?」「世界的ハーモニゼーションを重視すべき」という意見をいただきました。日本からは防戦一方で「実質的には同じなんです」「次回バージョンではもっと協調します」と答えるのが関の山でありました。しかし、そんなことよりももっと私を揺さぶった意見がありました。それは、慶應大学の林喜男先生に JIS X 8341-3:2004 の原案をお見せした時の言葉です。先生は、「梅垣さん、これはこれでいいのかもしれないけれど、規格というものには科学がないとだめだ、論文のように書かないと」とおっしゃったのです。その帰り道、アクセシビリティも学問に、科学にしていかなければならないと思ったのでありました。そのような目でWCAGを見ると、確かにWCAGもまたアクセシビリティを学問的な知見を基礎にしながら再構築しようとしていました。次のバージョンを作るときには、様々な困難もあるけれどWCAGと一致しなければダメだと反省したのです。

JIS X 8341-3:2010 は、2004 とは異なる新しい体制での原案作成となりました。WCAG2.0を翻訳し、翻訳したもので規格を構成するというのは、2004の時のようにいちから作り出すよりは楽な作業だろうと思っていましたが、それは甘い希望にすぎませんでした。特に問題になったのは、試験方法です。当時は、2004の発行から数年経っており、運用面から「JISマークを付けられないか」「独自のマークでもできないか」「何か認証のような仕組みが欲しい」などの意見が多数寄せられていました。規格はできてもいわば「参考書」のような状態にすぎなかったのです。そこからもう一歩進めるための何らかの手立てを模索していました。そこで「試験方法」と「試験結果の表示」を考えようというふうに進みました。試験方法については、当時各国で盛んに検討されていて、その一つに欧州の "Unified Web-Accessibility Evaluation Methodology" (UWEM) というものがありました。これはうまい仕組みだから日本でも似たようなものを作ろうと考えました。現在のJIS X 8341-3:2016 でも引き継がれている試験方法の枠組みは、このUWEMを下敷きにしたものです。

Unified Web Evaluation Methodology (UWEM 1.2 Core)
https://www.researchgate.net/publication/304033502_Unified_Web_Evaluation_Methodology_UWEM_12_Core

正直言って、この試験の方法、まあまあうまくできてはいるものの、現場でやってみるとあれ?と感じることありませんか。ページ単位の試験方法についてはWCAGと同じなのでまあ大変なのはしょうがないですけれど、サンプリングの方法について決めるのが難しい。また、試験をやってみると、すぐにNGが出てしまい「準拠」のハードルがとても高いことに気づきます。これは、もともとUWEMの枠組みというのは、OK/NGを決めるものではないということから来ています。そこに、無理矢理に「準拠」のような枠組みをドッキングさせてしまったから、このような問題が起きます。「試験方法」「試験結果の表示」については、正直に告白すると中途半端さが残る反省の仕事です。

現場で JIS X 8341-3 に取り組んでいる皆さんには、ぜひとも新しい試験や表示などの仕組みを作っていただきたいと思うのです。

特に、近頃のWebはほとんどがアプリケーションになってきており、もはや静的な解析ができるものではなくなってきています。ソフトウェアの品質向上・管理の考え方をWeb開発に適用していくべきではないかと考えています。そうなると、試験や表示は今とは全く異なる物になる可能性があります。

ただ、もう私の手にはありません。反省。誤字脱字も反省。


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