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はしりがき。

この先に書かれていることは、全て2022年11月5日を迎えたばかりの時点での私の思いです。そして、完全に私の思考整理用として書いているので、かなり支離滅裂。めちゃくちゃだと分かった上で書いてしまっています。
そして、思いが強い分、読んでいて苦しくなったり、しんどくなってしまう方もいらっしゃるかなと思うので…その場合は、どうかこの記事を閉じていただければ幸いです。

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誰かが去り、感情が負に揺れるたびに、「この事務所のファンなんてやめてやる!」と、一瞬だけ思う。一瞬だけ思ったあとで、ふと我に返り、この事務所のファンをやめた後の世界の感情の数を数える。
すくない。
無機質。
生きている気がしない。

嫌でも崩壊という2文字が目に入る。崩壊するのかな、と思う。どうなったら崩壊することになるんだろうな、と思う。

ジャニーズのファンになって、ざっくり15年くらいになる。
私の子守歌は、V6兄さんのDarlingだったらしい。
初見では読めなくないか?と思うあの歌詞が好きだ。

物心ついて最初の記憶は、TSUTAYAでPIKA☆NCHIの円盤を観て5人の名前を暗唱したこと、だったと思う。のちに自担となる二宮くんは、タクマ様仕様の、それはそれは綺麗な金髪だった。今でも憧れの大人。

幼稚園ではクラスの皆で青春アミーゴとVenusを熱唱していた。1番の流行歌だった。

小4のとき、初めて嵐のライブに行った。
何だか後戻り出来ないような気分になりながら、ペンライトを振った。
そこにはファンにしか立ち入れない異世界があった。それをあの事務所の中では「夢」と呼ぶんだろうなと思った。

中学生。皆がウイークエンダーを歌える時代があった。
「わぁ金田一だ!きらきらしてるな✨」と当時は呑気に構えていたが、私よ、その7年後、私はその金田一のうちわ振ってるんだよ。幸せだよ。もの凄く幸せ。

高校生。クラスの話題の中心は花晴れで、クラスメイトの完コピがあまりに似ていて爆笑していた記憶。

大学生。今まで私のジャニーズ談義を呆れ顔で聞いていた友人たちが、綺麗に沼に着水していく様が嬉しくて、自軍じゃなくても嬉しくて。ジャニーズの夢って、本当に色々な人を幸せにしてくれるんだと思った。

崩壊って便利な言葉だけれど、キャッチーだけれど、よく書かれるけれど、何が壊れたんだろう。
アイドルの心の中に、壊れそうな何かがもしあったとして、それは私に分かるものなのだろうか。
その喜びも苦しみも、ライブの挨拶と10000字インタビューからでしか知り得ない私に。彼らから放たれるどんなニュースも晴天の霹靂になってしまう私に。

生身の人間に夢を見ることの業の深さについては、十二分に自覚している。
でも私は、グループに夢を見る。

偶然にも今週、大学の友人と進路の話をしていた。
同じ学科の人だから、高校までの道のりはある程度似通っていたんじゃないかと思う。全然違う!という人もいるだろうけれど、たぶん本が好きな人が多いし、言葉が好きな人が多いし、国語が得意だった人が多い。皆と話すのが楽しすぎて、「この幸せがある限り生きていける!」と本気で思っている。(ちなみに高校卒業のときも、結構本気でそう思っていた)

でも、口に出す将来の展望は、みんな違った。
きっとそれが当然なのだ。どんなに仲が良くても、合わせ鏡のように生きていても、どこかのタイミングで「本人の意志を尊重」するために別れる。

進路の話をする度に、少し泣きたくなりながら、大学を卒業しても、忙しくない週末や長期休みにごはんに行けたら、きっと途轍もなく嬉しいだろうな、と思う。そしてその翌日は、少し寂しいだろうな、と思う。
その寂しさに触れられたいと願うとき、きっと数年後の私もジャニーズの曲を聴く。泣きながら自軍の曲を聴く。

グループ。
形なんてなくて、でもたくさんの夢と現実と、言葉にならぬ思いを乗せた、重い重いもの。誰もがその重さを信じて疑わないもの。
でも、その重いものは、いつか割られる。
ただ割られるときあまりにも人の数だけすっきり割れてしまって、割れたところから色んなものが零れる。

零れた色んなもの、誰がどう持っていくんだろうな、と思う。
どう分けたってきっと痛い。苦しい。にがい。前半生が燃えてゆくようなその痛みを、自らが決めた後半生をもって受け止める日が、どんなアイドルにも必ず来てしまう。
受け止めながら彼らは、それでも自分が持って行きたいものに、
あるいは、後半生をかけて守ると誓ったものに手をのばす。

そのとき彼らの手に触れるものが、かつて自分たちが創った夢の欠片でありますように。
人の数に分けられた欠片たちに触れながら、「なんかドームのメンステの形に似てるよね」って笑い合ってくれますように。
この仲間に出会えてよかったと、そう思ってくれますように。

そして、
この幸せがある限り生きていけると、心のどこかで思ってくれますように。