一千光年先へ

 初めてニコ生配信を行った日のことをトランセンドは克明に覚えている。

 20XX年12月31日22時。紅白で盛り上がるでもガキ使で腹を抱えるでもなく敢えてニコニコ生放送で孤独な生配信を敢行したのは、なんだか妙に偉そうなテレビメディアというものに対する彼女のささやかな反抗心ゆえだった。

 トランセンドはニコニコへの会員登録を手短に済ませ、見よう見まねで配信を開始した。

 結果からいえば配信は失敗だった。リスナー数は常に一桁台を彷徨い続け、ついたコメントはといえば「1コメ」「わこつ」の2つだけだった。

 所詮こんなものか、と配信を切って画面をスクロールしていると、ボカロ曲を延々と垂れ流し続ける配信枠が目に留まった。合成音声ライブラリが歌い上げる曲はどれも聴き取りづらかったが、不思議と惹かれるものがあった。

 結局、トランセンドは日付が変わってもその配信を見ていた。年始の時報が流れ出すと同時に「あけおめ」コメントがポツポツと画面右から流れてくるのを眺めながら、彼女はふいに直感した。

 世界のすべてはここにあるんだ。



ニコニコ動画がなくなった
そのときわたしはどうなるの?
ねぎー
ねぎー
ねぎー
ねぎを回すしかないー!

 まさかくちばしP「私の時間」の歌詞が現実味を帯びる日が来るとはね。トランセンドは苦笑いを浮かべた。

 数日前、ニコニコ動画擁する株式会社KADOKAWAが大規模なサイバー攻撃を受けた。ニコニコ動画のサーバーは完全にダウンし、現在に至るまで復旧の具体的な目処は立っていない。ミジンコを呑むシロナガスクジラのように無数のサブカルチャー情報を食べて生きているトランセンドにとって、ニコニコ動画の消失は精神的な絶食を意味していた。

「ウマチューブもウマトックもウマスタグラムもあるんだから別にいいじゃないですかあ」

 意気消沈のトランセンドにカレンチャンが笑いかけた。可愛くデコレートされた総務部広報課のネームプレートが蛍光灯で反射した。

「カレン、広報課のプロモーションでニコ動もやったことあるけど全然ダメでしたよ」

 トランセンドは早稲田大学文化構想学部を5年かけて卒業し、都内の大手広告制作会社に就職した。その数年後、聞いたこともない女子大からカレンチャンが同社に入ってきた。いわゆる「顔採用」で入社した彼女はその見てくれの良さと世渡りの上手さから全男性社員からの惜しみない寵愛を受けていた。

「ニコ動って正直カレンたちの世代からするとダサいっていうか。ウマチューブショートのほうがよっぽど再生数回るんですよね〜」

「違うんだよ。擬似的でもいいから同じ時空間を共有しているっていう感覚が大事なんだって。同じ瞬間に同じことを思っている誰かがこの世界のどこかにいるんだ、いたんだっていう、そういう感覚。ウマチューブはちょっと違うじゃん」

「なんかそゆの面倒くさ〜い」

「その通り。面倒臭いんよ」トランセンドが指をパチンと鳴らした。「そしてそういう面倒臭い奴らの居場所がニコニコ動画なんよ」



 時刻は21時を回っていた。オフィス全体が抜け殻のようにしんと静まり返っていた。もういいだろう、と思いトランセンドはリュックサックから有線ヘッドフォンを取り出した。

 ニコニコ動画のサーバーダウンに伴い、ニコニコ動画と完全連動した音楽再生アプリであるボカコレも機能を停止させていた。ボカロを効率的に聴く手段を失ったトランセンドは仕方なくSpotifyの会員登録を済ませた。

 とりあえず検索バーに「VOCALOID」と入力すると無数のプレイリストが引っかかった。一番上に表示されたものをタップしてみると、イズムも歴史もクソもないようなチョイスで雑多なVOCALOID曲が並べられていた。

 ところどころで原曲未配信の楽曲もあるようで、たとえばryoの「メルト」などはやなぎなぎの歌唱版が、のりP「右肩の蝶」などは鏡音レンによる原曲が配信されているにもかかわらず歌い手歌唱バージョンが突っ込まれていた。

 トランセンドはバカバカしくなって携帯をデスクに放り出した。wowakaの「ワールズエンド・ダンスホール」を聴くとカジャの「アンクローズ・ヒューマン」や稲葉曇の「ループスピナ」がレコメンドされるボカコレが恋しくてたまらなかった。

「ボカロとか、今もう誰も聴いてないですよ(笑)」

 昼間、カレンチャンにそう言われたことを思い出した。

 いやいや、たとえばキミが昨日ウマトックでナヨナヨ踊ってた「うい麦畑でつかまえて」の作詞作曲はボカロPなんだが…もっと言えば「ビビデバ」も「美少女無罪⭐︎パイレーツ」も「シル・ヴ・プレジデント」もそうなんだが…とは言わなかった。

 気付かれないままいつしか当たり前のように浸透しているなんて、ハッキングみたいでカッコいいじゃんか。

 ハッキングとは程遠い単純な事務作業をこなしながら、トランセンドは静かにほくそ笑んだ。



「なぜ貴様は今の地位に甘んじているんだ?」

 ドリンクバーの前でそう話しかけてきたのは先輩のエアグルーヴだった。とある中規模案件の打ち上げイベントでのことだ。トランセンドは今しがたBPの大手広告代理店広告部長らとの歓談を切り上げてきたところだった。

「皆口を揃えて貴様のことを褒めている。会話の引き出しが豊富で、相手の話を聞くのも上手いと。彼女はデザイン制作課なんだと教えたら驚いていた」

「ああ、まあ、慣れてますからね」とトランセンドは頬を掻いた。「ニコ生でコメ返とか」

「ニコ生…?」

「ニコニコ生放送のことですよ、ニコニコ動画とかの」

「ニコニコ動画…懐かしい響きだな」

 そう言って遠くを見遣るエアグルーヴを、トランセンドは恨めしく思った。

「実は君を広報課に異動させる話が出ている」

「だが断る…とは言いませんけど、丁重にお断りしますよ」

「だろうな。ただ、今の広報課は本当に腐り切っているんだ。わかるだろ?」

 トランセンドは真っ先にカレンチャンのことを思い浮かべた。

「確かに、会社のプロモーション動画で若い女性社員が自分の性を切り売りしているような状況はお世辞にも健全とは言えませんわな」

「いや、そうではなく、単純に伸びが悪いんだ。今の広報課はトレンドの二番煎じを続けているだけでクリエイティビティというものがまるでない。自分たちの見てくれの良さに甘んじて成長を怠っている」

 エアグルーヴはトランセンドをじっと見据えた。

「伸びれば何をしても構わん。だから何が伸びて伸びないのかをよく理解している情報通が欲しいのだ」

「お褒めに預かり光栄です」トランセンドは慇懃に一礼した。「ですが私は情報の収集は得意でも、情報の取捨選択はできないんですな、悲しいことに」

 より大きな利益のために細部を切除することがトランセンドにはできない。そういう細部によって私は自分の存在を定立しているのだという自覚があった。

「なるほどな。まあいい、何が本当に大切なことなのか、今一度じっくり考えてみろ」

 そう言ってエアグルーヴは踵を返した。

 大学在学中はラディカルフェミニズムを専攻し、女性解放運動に明け暮れていた彼女が、今やすっかり資本主義の尖兵に変貌してしまったことをトランセンドは悲しく思った。いや、自分が大人になりきれていないだけか。

 ニコニコ動画がなくなるかもしれない。多くの人々にとって、それは単に過去の記憶を甘噛みされる程度の感慨しかもたらさないことなんだろう。

 何が本当に大切なことなのか、今一度じっくり考えてみるといい。

 エアグルーヴの言葉を頭の中で何度も反芻しながら、トランセンドは空になった紙コップを煽り続けた。



 ただいま、と口に出してみたところで返事はない。一昨年まで飼っていた茶色のボールパイソンは前のパートナーが持っていってしまった。

 家事をする気にもなれず、ゲーミングチェアにドカッと座り込んだトランセンドはほとんど不随意的にPCの電源を点けた。キーボードとマウスが青白く発光し、大仰な起動音とともにデスクトップ画面が表示された。トランセンドは生活の諸々が薄皮のように剥落し、その中から本当の自分が萌え出てくるかのような錯覚に包まれた。

 しかしFirefoxを開きかけたところで、画面右から「ドワンゴサーバー攻撃 復旧見込立たず」というネットニュース記事が滑り込んできた。生活の重力が再び自覚され、トランセンドはデスクの上にぐったりと倒れ込んだ。

 ニコ生がやりたい。ニコニコ動画が見たい。

 寂しいから?確かにそうだけど、裏垢女子が言うような人肌恋しさじゃなくて、言うなれば自室から深夜の街を眺めながら、同じように光ってる窓を見つけたい、みたいな。

 ニコニコにハマり始めた頃、トランセンドはNeruが好きだった。石風呂が好きだった。梨本ういが好きだった。孤独であることを無際限に肯定してくれるVOCALOID曲ばかり聴いていた。小鳥遊六花の真似をして片目を隠したり郵便局留めで十徳ナイフをAmazonから購入したりしたこともあった。

 しかしある日、自分が孤独を誰かと共有するためにニコニコを利用しているということに気がついた。そして同時に、孤独をまっさらに解消したいわけではないということにも。私はただ、同じ魂の形をしている誰かがそこにいる、あるいはそこにいたという電子的事実に浸りたいだけなのだ。

 ウマッターを開くとウマトックライブをやれ、というコメントが無数に寄せられる。しかしトランセンドはニコ生以外の媒体で配信活動をする気にどうしてもなれなかった。

 ぼんやりと窓の外を眺めると街はしんと静まり返っていた。午前3時半。そうだ、明日も仕事だ。トランセンドは重い羽毛布団にくるまり、深い海に沈んでいく鉄のように眠りの中へ落ちていった。



 その晩、彼女は夢を見た。いつものようにニコニコ生放送で配信を行う夢だった。その一睡の中で彼女は十余年の時を過ごした。

「ゆっくりしていってね!!!」
「こんな視聴数で大丈夫か?」
「アニメ版でとかちつくちて流れたの最高すぎ」
「エル・プサイ・コングルゥ!とぅっとる〜」
「千本桜の歌みたで一番好きなのコメして」
「ニコニコ動画:Zeroとかいう害悪」
「韓国ってまじでうざい」
「SAN値ピンチ弾幕やめいwww」
「インド人ダンスツボすぎて全部見てる」
「kemuってもう新曲うpしないんかね」
「マイクラやる」
「おつあり!」
「ボカロ最近オワコンじゃね?」
「みんな超会議きてね」
「淫夢厨は帰って、どうぞ」
「Orangestarって人最近聴いてるよ」
「おま◯こ〜(気さくな挨拶)」
「キミは鬱病のフレンズなんだね」
「大学受かった!YATTA!」
「本   社   爆   破」
「ニコニコ動画流星群まだ全部歌えてワロタ」
「絶望の起床」
「草に草生やすな」
「ナユタン成人になってしまった〜飲むぞ〜」
「授業疲れすぎて釣りキチおばさんしか見てない」
「あーたぶん時報入る」
「コンパスの新曲えぐない?」
「国↑交↓すき 中韓ニキネキも仲良くしてどうぞ」
「就活やめたい。川越総本部毘沙門天入りたい」
「やだ!小生就職やだ!」
「私の誕生日がミクの日と一緒なの運命すぎる」
「止まるんじゃねぇぞ…という感じで」
「原宿民が古参を名乗れる時代か…(遠い目)」
「本社マジでなくなって草」
「ネクデカも普段あの格好で仕事頑張ってるんだと思うと泣ける」
「Nicobox名前変わった?消されたかとおもた笑」
「半端なら慶應〜(学歴厨)」
「データなんかねえよ」
「オーバーライドの元ネタ全部わかって死にたい」
「明日平日なのに3:34なの死ぬ」
「え、まだ見てんの?」
「ありがとね」
「おやすみ」

 目を覚ましたトランセンドは目から一筋の涙が伝っていることに気がついた。

 点と点を結んで星座が生まれたように、これら一つ一つを繋ぎ合わせた壮大な図画としてトランセンドという人格があることに、彼女は今一度思い至った。



 会議室は威圧的なまでに冷房が効いていた。トランセンドはエアグルーヴ含む人事部の面々に囲い込まれる位置に着席させられた。

「トランセンドさん」とエアグルーヴは敬語で言った。「寒いですか?」

トランセンドは「いえ別に」と答えた。エアグルーヴは手元の紙を一瞥した。

「既にメールでご連絡差し上げた通り、トランセンドさんには今年度下半期から総務部広報課に異動していただきたいと考えております」

 エアグルーヴはまるで説明書でも読み上げるみたいにそう言った。

「考えております、ということは」トランセンドが口を挟んだ。「まだ決定ではないということですよね?」

「そうですね、最終的にはトランセンドさん本人の了承を得る必要があります」

 トランセンドは周囲をぐるりと見渡した。脳面のような表情の中年社員たちが彼女のことをじっと見据えていた。誰も何も言わなかった。冷房のブゥーンという音だけが空虚に響いていた。トランセンドは膝上で握った拳に汗が滲んでいるのを感じた。

「ご承認いただけますね?」

 エアグルーヴが言った。それは質問の形をした宣告だった。

 働いたら負け。そうだ、キミの言う通りだったんだな、双葉杏。あるいは「とくダネ!」の中年ニート。

 トランセンドは目を閉じ、小さく頷いた。

 会議が終わると会議室に漂っていた重苦しい空気が嘘のように霧消し、重役たちは互いに談笑しながら退室していった。トランセンドは膝に手を置いたまま黙って俯いていた。最後にエアグルーヴが立ち上がり、トランセンドの肩をポンと叩いた。

「情報に温度はない。貴様ならなんでもできるさ」



 広報課に配属されたトランセンドは八面六臂の大活躍を演じた。顔がいいだけでオツムの足りないカレンチャンを罷免し、代わりに人当たりが良く学問にも通暁している慶應義塾大学文学部卒の新入社員にショート動画をやらせたところ、これが大成功。

 炎上のプロセスについて知悉しているトランセンドは、センシティブな話題や言い回しを極力避け、なおかつ前人未踏のニーズに踏み込んだセンセーショナルな動画作りで会社の公式SNSを全国区に知らしめた。TikTokのフォロワー数は100万人を突破し、その功績を讃えられ、トランセンドは同期の3倍以上のボーナスを支給された。

「あの、トランセンドさん。次の動画の案なんですけど」

 2個下の後輩がトランセンドに企画書を持ってきた。彼女はそれを一瞥してこう言った。

「んー、確かに広告業と関連して印刷物の変遷を古代から追うっていうのは面白いんだけどさ。正直言ってそんな歴史とか誰も興味ないんだよね」

「確かにそうですね…考え直してみます」

 トランセンドはエアグルーヴの思惑通りに事態が進行していることに危機感を覚えた。歴史とか誰も興味ないんだよね、業務上の必然とはいえそんなセリフが自分の口から飛び出してくる日が来ようとは。

 こんな会社辞めてやる、とトランセンドは毎日思う。しかし右肩上がりに増えていく銀行口座の数値を見ているとそんな気も失せてしまう。

 金曜午後の定期ミーティングを終えると、社用携帯に通知が飛び込んできた。

「ニコニコ動画閉鎖決定 昨年のサーバー攻撃を受けてか」



 午前2時。トランセンドはベッドにうつ伏せになったまま、眠ろうにも眠る気になれず、ただひたすら憂鬱の重力に押し潰されていた。

 このままではいけない、と思って立ち上がろうとしたとき、ふと向かいのマンションの明かりが一つだけ点いているのが窓から見えた。トランセンドは咄嗟にクローゼットを開き、初音ミクのコスプレセットを引っ張り出してきた。

 それから窓の前にゲーミングチェアを移動させ、カーテンを上まで巻き上げた。ドカッと腰を下ろし、浅葱色のウィッグの前髪を整える。咳払い。

「あー、こんばんは〜。みんな遅くなってスマソ」トランセンドは窓の前に向かってそう言った。「今日は最後の配信をやってこうと思うよ」

 トランセンドは手元の携帯でApple Musicを開き、CDから吸い出したローカルデータのフォルダを開いた。

「いい時代だったよね、懐古とかじゃなくてさ。いい時代だったんだよ、ホントに」

 安っぽいが馴染み深いシンセサイザーのイントロが流れ出した。トランセンドはネギを回しながら「私の時間」を歌唱した。

ニコニコ動画がなくなった
そのときわたしはどうなるの

ねぎー(押入れ行き?)
ねぎー(ヤフオク行き?)
ねぎー(やおや行き?)
ねぎを回すしかないー!

 再生が終わると次の曲が勝手に再生された。そのどれもが、彼女にとっては何か大きなひとつなぎの文脈を紡いでいるように感じられた。彼女は歌い続けた。

ただ回ることが楽しかった  このままでいたかった
ただ回ることを続けていたら 報われると信じていた

ああ 回って 回って 回り疲れて
ああ息が 息が切れたの
そう これが悲しい僕の末路だ
君にたどり着けないままで

もう一回、もう一回。
「私は今日も転がります。」と、
少女は言う 少女は言う
言葉に笑みを奏でながら

くるくるくる回るその言葉、
唇介して思い果たそう
繰り繰り繰り返す
音、リズム、メロディは
色褪せないから

誰かが生きてく一秒ずつ
言葉にできたならば
僕は生きてく気がするのさ。
言葉をばらまくように

言葉は歌になりこの世界を 再び駆け巡る君のために
その声に意思を宿して 今思いが響く

箱の中の小さな世界で
今までずっと生きてきたんだなと
燃え尽きていく街だったモノを
ただ、呆然と見る耳元で
ヘッドフォンの向こうから
「ごめんね」と声がした

有象無象の墓の前で敬礼
そうメルトショックにて生まれた生命
この井戸が枯れる前に早く
ここを出て行こうぜ

終わらないお祭り声は遠く 感動はやがて薄れゆく
お面を深く被るお囃子に 有体に言えば――」
「<<手紙が破れていて読めなかった>>(飽きてしまった)のです」

しゅうまつがやってくる!愛のうた ひとつ いかがですか
どこかのだれかがちょっとでも 笑顔になれるよな 世界なら
終末がやってくる!君はもうやってこないのにな
週末がやってくる!君はもうやってこないのにな

アンハッピーバースデイ デイ デイ
生まれてきた意味なんて もう無い
もっと 嘆いて
届かない ずっと 声 声 声

死なない 死なない 僕は何で死なない?
夢のひとつも見れないくせに
誰も知らない おとぎばなしは
夕焼けの中に吸い込まれて消えてった

生まれてしまった命に
ハロー、ハロー、ハロー
僕からの贈り物
最後の言葉を

このくそったれで美しい世界
友達ってどう作るの?
君がいれば問題ないか
…君って何処にいるの?

Vシリーズ から変わらないアイデンティティ
悲しいも嬉しいもまだ知らない
新しい 新しい 新しい 新しい 私

生きてる意味も 頑張る意味も
ないないない無駄かもしれない
千年後何も残らないけど それでも君と笑っていたい
夢を叶えても 悟り開いても
結局は孤独かもしれない
おばけになっても 虚無に還っても
それでも君と笑っていたいな

一千光年先へ
千切れない糸で つないで
その袖に恋を隠してみたい
大切に数えていた年も
すぐに追い越してしまう誰かが
そばにいても
離れていても
どっちでもいいんだよ
愛があるだけ
大事なことは忘れないのが
嬉しかっただけ

「嬉しかっただけ」

 そこで向かいのマンションの明かりが落ちた。

 時刻は午前5時を回っていた。夜闇はすでに藍色がかっていた。



「どういうことだ?」

 エアグルーヴはデスクの上に置かれた「退職願」の封筒を人差し指でコツコツと叩いた。

「トランセンド」エアグルーヴがピシャリと言った。「いい加減子供じみた態度を取るのはやめろ」

「おっしゃる通りです、エアグルーヴ先輩」トランセンドが答えた。「幼稚なんですよ、私は」

「わかっているなら仕事に戻れ。こいつは見なかったことにしてやる」

「本当に大切なことがなんなのかもう一回考えてみろ。先輩、前にそうおっしゃいましたよね」

 エアグルーヴが気怠げに顔を上げた。

「私の答えはこれや!」

 刹那、見事なまでにYの形をした新鮮な深谷ネギがエアグルーヴの左頬に炸裂した。

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