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天命

わたしの憧憬は如何やら凡て天の下命によって破壊する事が是とされているようで、これではまるでわたしの幸福の内容物を検閲され一つずつ瓦解させる作業をされているようだ。わたしが望むのは自死であるのに天はわたしに自死を促するのみで絶対に殺しはしないのはわたしの怠惰の贖罪のための辛苦なのか。または単に私の不快を促す為のものなのか。
天はわたしが苦しむことがわたし自身にとって何かを明察しておりわたしが直接的に破滅する様な崩し方はしない。何故ならば私はそれにより自己憐憫を得ることで幸福を手にする事ができてしまうからである。では何を意趣としているかというとわたしがわたしでいるために重要なシークエンスを崩すことである。それはわたしにとって最も煩わしい世界の崩し方という他ない。とどのつまりわたしが自死せねばわたしの愛する世界は崩れわたしの生きる意義は喪われるのでわたしの愛する世界が崩れ去る前に一刻も早く自死を選べということであろう。

しかし天はここで重要なファンクションとなる私の性質が頭から抜けている事に気づいていない。わたしはわたし自身に対して愛を持っていなければ、つまり自死を選ぶまでの心労に耐え得る価値をわたしが持っていると思えなければ到底動ける状態にないのだ。精神病とはそういうものである。つまりわたしを愛すが故に、わたしを殺すことこそがわたしの人生という一幕を美しく閉じる只の一つの方法であると妄信できなければ到底自殺はおろか外出すらままならないのだ。
今のわたしはわたしにも世界にも失望しておりわたしを苦しめる為だけに人を殺し始める世界の低俗さにほとほと嫌気が刺し最早死すらも億劫である状態にある。これは天にとってしても望んだ結果ではないであろう。わたし1人すらまともに殺せないのに運命を操ろうなんて思い上がったものである。わたしが犯した罪、つまり生まれ落ちたことや自責を逃れ凡てを世界の責任にし永く自己憐憫に浸り続けてきたことにしてみればこれくらいの仕打ちは飲み込める所であるが、しかしやり方が低俗であると言わずにはいられない。

わたしは常に品格というものを重く考えており、品格が備わっているからこそ品格を破壊することに意味があると考えるのだ。故にわたしはわたしの品格を下げることを是としている。何故ならばこれは品格のある人間にしか許されない愉悦であるからである。そのわたしから言わせるとこの世界のやり方は汚く不快で品の無い粗末なものであると感じる。わたしに死ねと宣う幻聴も幻覚も世界も凡てが低俗で矮小だと感じるのだ。わたしを殺したいならわたしを殺せと。

わたしが天命に従い単に死することで果たしてわたしの幕切れに理解を示すわたしの世界は果たしてどれほど存在するのであろうか。

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