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言葉の軌跡

夕方、自宅の電話が鳴った。
スマホを持つようになってから家電が鳴るのは、珍しい。
夫の実家からか、勧誘くらい。
スマホにかかってくる見たこともない電話番号にはいつも出ない。
でも自宅の電話が鳴った場合は別。
実家からかもしれないので、基本出るようにしている。

「もしもし…」

その日の電話は、実家からでは無くある新聞社からだった。

新聞の勧誘か?と低い声色で単調な「はい」を繰り返しながら聞いていると、電話の主は娘の名前や学校名、その他にも個人情報を並べ出した。
聞きながらどんだけ個人情報が漏れているのかと不安になったが、ここまで並べられるとさすがに怪しむより、こちらから提供しているのが薄々分かってくる。
詐欺が多い昨今、疑いから入ってしまうのは仕方ないよね。
少しずつ私の声も高くなる。

電話の内容は、娘が高校生の時に書いた文章を新聞に載せたいので承諾をいただけないかという話だった。


新聞社の方だと、さぞ流暢に話すのだろうと思われるかもしれないが、その反対でかなりたどたどしい。つっかえつっかえ話すのが初めて話す内容で、電話の目的は「掲載の承諾」ということがあるからか、言葉を選びながら話していた。
詐欺なら同じフレーズを何度も話しているだろうから、もっとスムーズに話すに違いない。相槌を打ちながら「この人はちゃんと新聞社の人だ」という確信に変わっていった。

掲載したい文章というのは、授業の一環で新聞社へ投書したものだった。

「大変遅くなって申し訳ないのですが…」
と新聞社の人は、言葉通りに申し訳なさそうに付け加えた。

娘は、今年の春に高校を卒業しており、大学生になっている。
「投書していただいた時のアドレスが、学校用のアドレスだったようなので他の連絡手段を探したところ自宅の電話番号が記載されていました」
それで、突然の電話というわけか。

1年半も前の文章だったので当初の考えが今も同じなのかどうか、新聞掲載となると文字数制限があり文章を短くするので、本人理解の元手直しが必要で何度かやり取りをすることになる。その手間も含めて掲載承諾をお願いできないかという内容だった。

「これはほんの一部なのですが・・・」
と娘が書いた文章を電話口で読み上げてくれた。

ここまでの話で本物の新聞社の方だと確信を得てはいたが、改めて電話1本で相手を信用させるのは骨が折れることだろうなと思う。
時計を見ると20分近く経過している。

一通り話を聞いた後、書いた文章は娘のものでもあり全体の内容を知らない私は、「娘に確認してお返事します」と伝えた。
新聞社の方はフルネームと部署、会社の電話番号と自分の携帯番号、こちらなら何時でも大丈夫なのでと言い、電話を切った。
すぐにネットで検索し、新聞社の方の名前を確認して、娘へ連絡した。

後日、数回のやり取りの後、新聞に娘の文章が掲載された。


新聞を購読していた祖父母は、大変喜んで2回も電話をくれた。
掲載の際に削られてしまった部分が多かったので、娘が書いた原文も速達で送っておいた。



こうやって過去に投書した文章が、1年以上経ってから担当の方の目に留まり新聞に掲載されることもある。
これまでにも全国から投書が多く寄せられ、何十通とある中から選び、数人しか掲載できないという。それに選んでくれたのは、大変有難い。
今年もたくさんの文章を読ませてもらったのですが、と前置きした上で過去に送った娘の文章がずっと頭から離れずにあったという。社交辞令だったかもしれないが、時間の経過を見ると素直に信じられた。
娘も新聞に載りたいという気持ちでは最初から書いていないと思うが、こうやって時間が経っても書いた文章が誰かの心に留まり、そして世に出るということがあるんだなと思う出来事だった。

この電話が無かったら娘が書いた文章を読むことも無かったし、考えを知ることもなかった。素敵な機会をいただいたことに感謝した。

そして、こうやってnoteに書いている文章も、SNSで気軽に数秒で発信してしまう投稿も、時間を超えて誰かの目に留まり、影響を持つ可能性があるということを忘れてはいけないと思った。




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