朗読台本 『あたたかな呪い』

こんにちは、ULTRA Alamodeです。某所に投げようとしたらあまりにも文字数超過だった朗読台本をここに供養します。

本文

弱いくせに底抜けに明るい、能天気なやつ。
それがアイツの第一印象だった。失敗しても「えへへ〜」なんて呑気に笑って、悩みごとなんかとは無縁、って感じだった。オレが前を走ると、追いつけないって分かりきってるのに追いかける。オレが何をするにしても、必ず後ろにひっつく。ヘタクソなモノマネを見せられてるみたいで、正直気味が悪かった。
ある日、アイツが珍しく風邪をひいた。絶対風邪なんかひかなそうなのに。家が近所のオレが宿題やら何やらを届けに行くことになった。面倒だが仕方ない。家のチャイムを鳴らすと、しばらくして弱った声が返ってくる。
熱があるのか顔を赤らめ、息を切らしている彼女の姿に、オレは驚かされた。
アイツのことだからどうせこんな時でも笑ってるんだろうと思っていた。いや、そんなことよりも。
「あはは…ごめんね…?わざわざ家まで来てもらっちゃって…ありがと…」
消え入りそうな彼女の声に、鼓動がはやまるのを感じた。
自分の後ろをついてくるだけの不出来な弟のような存在だと思っていたアイツが、このとき、あまりにも「女の子」だったから。
俺を見上げる視線が、あまりにも頼りなく、あまりにも親愛に満ちたものだったから。
上気した顔を悟られないよう俯きながら、オレはひとこと、「はやく元気になれよ」と吐き捨てた。
数日後、完全に回復したアイツは、いつもと変わらずオレの後ろをついてきた。オレは、いつも通りではいられなかった。今までなんとも思わなかった仕草が、言葉が、オレの胸を貫いて止まない。そんな気持ちを誤魔化すために
「おいおい、元気になった途端それかよ。体調悪かった時はもうちょいかわいげあったのにな」
なんて虚勢を張った。この言葉が、彼女にとって、オレにとって、呪いになるとは知らずに。

彼女が倒れた、という話を聞いたのは、それから何年か経った、ある冬休みのことだった。我を忘れて病院へ駆け込んだオレを待っていたのは、以前とは似ても似つかない彼女の姿だった。やせ細り、病的に白くなった肌からはツヤが失われて、無数のチューブによってなんとか命を繋ぎ止められている。眼前の少女がアイツであると脳が理解するのに長い時間を要した。
そんな変わり果てた姿の彼女はしかし、オレの来訪に「えへへ」と笑った。
「きてくれたんだ…。しかもそんなに息きらしてさ…えへへ、私愛されてるなあ」
弱々しい声音とは裏腹に、彼女の言葉があまりにいつも通りだったから。
「うるせぇバカ。元気ねぇのは知ってんだ、病人はしっかり寝てろ」
あまりにいつも通りに、彼女に言葉を返した。

それからしばらく、学校帰りに彼女の見舞いをする生活が続く。
「ほほお、これが通い妻ってやつですか」
いつだったか、彼女がにまにま笑って言ってきた。
「うるせえ、誰が妻だ」
ふむふむ、なるほどと何かを考えるそぶりを見せた彼女は少しして
「んーたしかに。正確には…通い…夫?」
と、とんでもなく的外れな訂正を入れた。
「そういうことじゃねえよ…」
そんなくだらないやりとりをしていると、コイツが病人だなんてことも忘れてしまいそうになる。
…いや、目を逸らしていただけかもしれない。彼女の、日に日にやせていく体や、弱っていく声音から。

その日は、いやに晴れていた。
「ねえ…。ほんと、ありがとね」
いつか聞いた、絞り出すような弱々しい声。
「急にどうしたんだよ」
やめてくれ。それじゃあまるで、『終わる』みたいじゃないか。
「ずっとさ、こんなところまでお見舞いにきてくれて…。さいしょね、倒れた時、こわかったの。独りで、冷たくて、しぬってこんなかんじなんだって、こわくてこわくてたまらなかった。でも、キミがきてくれたでしょ?どっちが病人かわからないくらい息切らしてさ。それがね、とっても嬉しかったの。それからも毎日のように来てくれて。私は独りじゃないんだって、そう思えた」
そうかよ。それなら、それなら何回だって。
「何回だって、見舞いくらいしてやるよ」
「えへへ。ありがと。それなら安心だあ〜…」
心からの安堵が、むしろオレの心を抉ってくる。
「見舞いならいくらでもするからさ。なあ…。はやく元気になれよ」
「あ、その言葉…。えへへ、私その言葉好きなんだ〜。いつだったか私が風邪ひいてたときさ、そうやって言ってくれたでしょ?あれもすっごく嬉しかった」
あんな投げやりな言葉を、ずっと覚えていたのか。
「そうかよ」
「あのときのキミはかつてないほど優しかったよね〜…元気になったらすぐいつもの感じに戻っちゃったけどさ。『体調悪かった時のほうがかわいげあった』、だっけ?そしたら今の私、超かわいいってことになるね?」
やめてくれ。あんなのただの照れ隠しでしかないんだ。
「あんなの…気にしてんじゃねえよ。元気になれって言ってんだろ」
「わかってるよお。でもさ、キミにかわいいって思われながら弱っていけるなら、それも幸せだな…って…」
彼女の目が閉じていく。微睡の中にいるように。重たい何かが瞼にのしかかるように。
「おい、どうした——ッ!?目を開けてくれ、おい…!!」
「だいじょぶ…きこえてるよ…。ねえ…私、ちゃんとかわいい、かな…?」
今にも消えそうな声で聞いてくる。
「何言ってんだよ…!最高にかわいいに決まってるだろ…!だから起きろって!おい——!」
必死になって叫ぶ。彼女は優しく微笑む。
「えへへ、そんなに想ってくれるなら、弱った甲斐があったなあ…」
ちがう。子どもの失言に、そんな呪いに、意味を持たせないでくれ。
「あんなのただの照れ隠しだ…!元気があってもなくても、元からずっと好きだって…!!」
だから、お願いだから、元気になってくれよ。嗚咽混じりに叫ぶ。
すると、彼女は一瞬間を空けて、また喋り出す。
「えへ…それならやっぱりキミは、私の…通い夫…だね…?」
「ああ…通い夫でいい、いいから、頼む…」
死なないでくれ。
「好きな人が私のこと好きだなんて、しあわせだなあ…。あ、でも、ほんとは、『通う側』も…やってみたかったな…。ずっと、必死に追いかけてばっかりだったから…キミのお世話も、してみたかった…」
みたかった。その過去形が、オレにとってはあまりに残酷なものだった。
「いくらでもしていいって…!元気になって、退院したらさ…好きなだけ世話してくれよ、な!?だから…」
それ以上、言葉が出ない。それでも彼女は話し続ける。
「でもね、私はまんぞくなんだ…。君と会えて、毎日病院デートしてさ。たくさんくだらないこと喋って、誰よりもたくさんの時間を、一緒に過ごせた…」
当たり前だ。誰よりも、好きなんだから。
「わたしは、ほんとにしあわせだったよ…。ねえ、最期に、やくそく、してほしいな」
最期なんて言うなよ。その言葉が出かかって、喉の手前で消えた。
「なんだよ、やくそくって」
かわりに、続きを促す。それがオレにしてやれる唯一のことだと思ったから。
「私は…ずっとキミの一番でいたいな…。わがままだけど…私がいなくなった世界でも、ずっと私のこと、考えててほしい…なんて…えへへ」
ああ。なるほど。
「そりゃあ…ほんとわがままだな…」
「あはは…ごめんね…」
「でも。約束してやるよ。お前のことを覚えてる人が他にいなくなっても、お前はオレの一番だ」
「えへへ、私、こんなにしあわせで…いいの…か…な…」
良いに決まってるだろ、ばーか。一人吐いた最後の強がりが空を切って、あとには静寂だけが残った。

あとがき

私の性癖詰め合わせセットみたいな文章でした。男の子視点の文章はあまり書いたことがないのでうまく書けてるか不安ですが、案ずるより産むが易し、何事も経験だしと書き出したら楽しくなってきちゃいました。この記事の内容は営利非営利問わず、好きに引用・朗読等してくださって大丈夫です。また、その際このURLをどこかに貼っておいてくださるととても嬉しいです。感想、連絡等はTwitter @ultra_alamodeまで。










???

憧れの人がいた。それはヒーローでもスポーツ選手でも芸能人でもなくて、近所に住んでる男の子だった。私と同い年のはずなのに、運動も勉強も、なんでもできちゃう。本当にすごいなって思って、私もそうなりたくて、私は彼の後ろをついていった。彼はすごくてすごいから、いっつも置いていかれそうになる。でもそのたびに、彼の凄さを再認識して嬉しくなった。正直、彼からしたら私は鬱陶しかっただろうなと思う。それでも、彼は優しいからはっきりと振り払うことはしなかった。
私が風邪をひいたある日、彼がプリントを届けに来てくれた。嬉しかったけど、こんな弱った姿を見せるのは恥ずかしくて、なるべくいつも通り振る舞おうとした。
「あはは…ごめんね…?わざわざ家まで来てもらっちゃって…ありがと…」
だめだ。全然いつも通りじゃない。声は掠れてるし、きっと目に見えるくらいふらふらしてた。彼はそんな私を見て驚いたのか、一瞬目をまんまるくして、そのあとすぐ帰っちゃった。でも、帰り際に言ってくれた、
「はやく元気になれよ」
という言葉があまりにも優しくて。私はそれを頭の中で何回も反芻した。
風邪はすぐに治って、いつも通りの毎日が戻ってきた。嬉しくていつも以上にはしゃいでいたら、
「おいおい、元気になった途端それかよ。体調悪かった時はもうちょいかわいげあったのにな」
と呆れられた。
「むぅ、元気になれって言ったのはそっちなのになあ!」
なんてふくれてみるけど、正直「かわいげあった」という部分が気になってしょうがなかった。彼が私にそんな風なことを言うのははじめてだったから。そう言ってもらえるなら、たまには体調悪くするのも悪くないなって、この時はそう思った。そうして、幸せな一日が、何回も過ぎていく。

——暗い。怖い。寂しい。これが死ぬってことなのかな。死ぬのは嫌だな。薄れていく意識の中で、そんな風に思ったことを覚えている。
次に目が覚めた時には病院にいた。病院の先生が言うには、私はとても重い病気らしくて、今生きているのも奇跡のようなものだそうだ。意識がなかった期間はそんなに長くないはずなのに、私の体はもう立派に病人のそれだった。倒れた時の恐怖がまだ心を支配していたからだろう、鏡に映る自分の顔も、自分のものとは到底思えないほどに青ざめていた。それから何時間かして、急に病室の扉が開いた。息を切らして、私と同じくらい青ざめた顔でこっちを見る彼。もう、これじゃ、どっちが病人かわからないよ。
…でも、本当に嬉しかった。
「きてくれたんだ…。しかもそんなに息きらしてさ…えへへ、私愛されてるなあ」
心から出た言葉だった。彼が来てくれた。心配してくれていた。それだけで、私の不安や恐怖は、全部どこかへ消えていった。そういえば昔、弱ってる私はかわいげがある、って彼が言ってたっけ。えへへ、それならこの立場を利用して、たくさん可愛がってもらおう。私の未来予想はこの時からずっと、明るく幸せなものだった。
それから、彼は頻繁にお見舞いに来てくれた。会話が弾む日もあれば静かな日もあったけど、その全部があまりにもかけがえのない、素敵な時間だった。この部屋にいればしばらく彼を独り占めできるから、病室の空気も嫌いじゃなくなった。うちの『通い夫』は献身的ですなあ、なんてふざけて笑っているのが最高に楽しかった。

それでも、終わりはやってくる。知ってはいたけど、私の体は限界を迎えつつあった。

太陽が眩しすぎるある日。
ああ、私は今日『終わる』んだなって、そう直感した。彼は相変わらずお見舞いにきてくれていて、私が力なく笑うと、すぐに近くまで駆け寄ってきてくれた。
「ねえ…。ほんと、ありがとね」
お見舞いをたくさんしてくれたこと、優しい言葉をかけてくれたこと、あの日プリントを届けてくれたこと、私を振り払わないでいてくれたこと。たくさんの感謝をこめて声に出す。何かを察したのか、彼の表情が悲しみに歪んでいく。ああ、大好きな人。どうか泣かないで。私はちゃんと幸せだったよ。
それにしても、眠いなあ。もう少しだけ、彼とお話したいんだけどなあ…。重くなっていく瞼に抗えなくなって、目を閉じる。そうすると彼が大袈裟に心配して声をかけてくれる。ほんと、愛されてるんだな〜、私。大丈夫、まだちゃんと起きてるよ。そうだ、まだ、聞いておきたいことがあるんだった。正直、どんな言葉が返ってくるか、わかってるんだけどね。ちゃんと聞いて、安心したかった。
「ねえ…私、ちゃんとかわいい、かな…?」
かわいい、って。すぐにそんな返事が返ってくる。いつもなら適当にあしらわれるような言葉に、真剣な言葉で返してくれる。
こんなに優しくしてもらえるなら、弱った甲斐があったな。
そんなふうにまた言葉を漏らしたら、今度は予想外の答えが返ってきた。
「元気があってもなくても、元からずっと好きだって…!!」
え。瞬間、私の脳がフリーズする。
えへへ。そうなんだ。私は正直、病人っていう自分の立場に甘えていた。弱っていれば彼に優しくしてもらえるって、そんなよこしまな考えがあった。心配してくれる彼の優しさにつけ込んで、恋人ごっこをしていれば満足だった。でも、彼が私のことを本当に愛してくれていたなら。幸せで幸せで、幸せすぎて、何もわからなくなってしまう。もっと、もっと…。たくさんのわがままが浮かぶ。彼のお世話もしてみたかった、一緒に暮らしてみたかった、恋人らしいことも、してみたかった。でも、それ以上に。愛されてるのって、幸せだなあ。ずっと愛されていたいなあ。そう、思った。だから、一つだけわがままを言うことにした。
「私は…ずっとキミの一番でいたいな…。わがままだけど…私がいなくなった世界でも、ずっと私のこと考えててほしい…なんて…えへへ」
それが、彼にとって呪いになることは、わかっていた。でも、今は。愛し合っていると知った今は、彼の優しさに、心から甘えたかったんだ。
「約束してやるよ…。お前のことを覚えてる人が他にいなくなっても、お前はオレの一番だ」
ああ、私は世界で一番の幸せ者だ。それなら、怖くない。寂しくないよ。大好きなあなたに想われながら、あなたの涙で濡れながら逝けるんだから。
「私、こんなにしあわせで…いいの…か…な…」

「良いに決まってるだろ、ばーか」

震えた声で、いつもみたいな言葉を彼が言う。安心して、あたたかな気持ちに包まれる。

「——愛してる」

どっちの言葉か、本当に言ったのかもわからないけど、私の頭には、最後までその音が響いていた。


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