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逃亡


電話が切れて頬をくすぐる涙を拭う。普段心の内に秘めていたことを全て言ったのか?自信ありげに意見を言うことができたのか?いや、むしろ否定され、反駁され、嘲笑を買っただけだった。その言葉の前で私は罪人のように扱われるだけだった。しかしプライドとメンツという名のもとでギリギリ耐えてきた膝が地面についた瞬間、不思議と心が軽くなった。何の心配事もなかった半年前よりもずっと、心が軽くなっている。もうこれ以上言い訳を準備しなくても済むし、いつ電話が鳴るかの心配や、メッセージが来てすぐに返信しないといけない焦りや、疑われることに対してヒヤヒヤすることも無くなったのだ。今では携帯を確認する時の気が楽になった。

産んでくれた恩、限りない愛情、笑って泣いて一緒に過ごした長い時間から生まれる安心感。だけどまるで井の中の蛙のように、家庭という塀の中だけでしか注いでもらえない優しさ。その列から少しでも離れそうになると愛と言う名の暴力で乱暴に腕を掴まれる。そんな私たち家族はみんな園の中から出られない羊の群れでありながら、外に出られないようにお互いのことを監視し合う牧羊犬でもある。そうした園の中はいつまでも平和のように思えるが、実際は苦しくて不自由だ。

しかし生まれてから長い間首を締め付けていた首輪がついに緩くなり、小さく開いたヒビの向こうから新しい世界が見える。このまま走り出すと、きっと犬達は私の後ろを追ってくるはずで、もしかするともう逃げられないように足を千切られるかもしれない。だがチャンスは2度も来ない。逃亡とはそういうものだ。後ろから城が崩れる音が聞こえたとしても、絶対に振り返ってはならない。きっと迷いが足を引っ張った瞬間に首筋を掴まれ、また園の中で無垢な羊に逆戻りするのだ。

私は彼らが望む通り自分を押さえて園の中で黙々と生きていける忍耐の徳も持っていないし、お互いのことがこの世の全てのように持っている愛情と興味を注ぎながら閉鎖的に暮らす気はさらさら無い。そうだ。全ては私の罪だ。塀を抜け出し自分勝手に生きていきたい自分の欲望は、嘘で汚れたカインの足跡になって坂道を登る。



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