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浮世絵の絵の具ーベロ藍ー


追記
鶴田榮一「顔料の歴史」によると、ベロ藍は18世紀初頭にドイツのDiesbachによって発見され、その後フランスのMiroliらによって改良され、1774年イギリスのWilkinson社によって工業生産化されます。
日本への初めての輸入は長崎貿易において、1747年にオランダ船によるものが確認されていますが、その名目は「日本人への手当」などの私物用途的なものであり、市場向けの売買取引商品としてではありません。
国内で初めてベロ藍を取り上げた文献は平賀源内の「物類品隲」(1763)と言われています。
同書内ではオランダ語"Berlijns blaauw"(ベルリンの青) に由来する「ベレインブラーウ」の表記で言及されており、以後江戸時代の史料において、この省略形である「ヘルレン」、「ベレンス」、「ベル」、「ベロ」、「ベロリン」(他「唐藍」「紺青」)などの名称表記が見られます。一般に馴染みのある名称、故にここでは「ベロ藍」を用いていますが、「ベロ藍」という名称は明治時代になってから発生したものといわれています。(追記:「ベロ藍」の名称の発生については少なくとも弘化年間まで遡れるかもしれません。詳細はいづれお伝えします。)
さて、長崎貿易においてベロ藍の売買取引が行われ出すのは、1782年が早い記録として確認されています。この取引は中国との間で行われており、以後散発的に行われ、1798年からはオランダとの売買取引も確認されます。
中国及びオランダとの取引の推移をみると、1826年から中国との取引量は激増し、それに伴いベロ藍の取引価格は大きく下落します。
それ以降、その量と価格から国内市場へのベロ藍の供給体制は、中国からの輸入品を基盤として完成したことが伺えます。

1855年頃に編纂されたと推定される、青葱堂冬圃「真佐喜のかつら」には「唐藍は蘭名をベロリンといい、摺物に用いられ出したのは文政12年(1829)のことである。未だ錦絵には用いられていなかったが、その翌年、溪斎英泉の唐土山水の図に用いられ、大いに流行する」、という旨のことが書かれています。
ここで言及されている英泉の作品が以下といわれています。

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出典https://www.brooklynmuseum.org/opencollection/objects/53586     
同書内では1830年に刊行されたと述べられていますが、実際は作品の検印から1829年の刊行であることが判明しており、現代ではその記述の誤りが指摘されています。

「浮世絵の名品に見る「青」の変遷」には、科学的分析調査において1828年以前の作品からはベロ藍の検出例はなく、また1829年からベロ藍が使われだしたのは確実だが、(摺物・版本等の対象も含め)その使用例は例外的に少ないということが述べられています。
1829年以降、ベロ藍の使用率は短期間で上昇し、天保2年(1831年)をもって主に使用される青絵の具は、本藍からベロ藍へとその転換を完了します。但し、それは完全に本藍が使われなくなったということではなく、数年間は本藍はベロ藍とは"異なる青絵の青"として、ベロ藍との同時使用が見受けられます。

(なおこれらのことは江戸で刊行された浮世絵に焦点を当てた場合のことであり、上方浮世絵においては少なくとも文化年間(1804~17)後期にまで遡ってベロ藍は検出されています。)

葛飾北斎「絵本彩色通」(1848)には「べろにいろいろあり、こいべろ・そらいろべろ・あさぎへろ也」とあり、また武雄市歴史資料館の史料からは、3種類の「ベロ藍」が確認出来ます。
作品の観察においても、江戸時代には何種類かのベロ藍が存在していたことは伺え、今後オリジナルに使用されたベロ藍の種類、及びそれらに対応する色の同定について解明出来たらと思っています。

現在もベロ藍は「ベロ藍」、「ベレンス」、「アイレーキ」、「金ベロ」、「プルシャンブルー」などの品名で市場で販売されており、摺師の間で使用されていますが、その品質や色は工業技術の進歩と共に、当然の如く変更・改良を経ており、江戸時代のものとは違うと思われるので、いずれ江戸時代における製法の解明含め、オリジナルの絵の具を復元出来たらと思っています。

参考資料

葛飾北斎「絵本彩色通」(1848・復刻版1964)

ヘンリースミス「浮世絵における「ブルー革命」」(1998)

鶴田榮一「顔料の歴史」(2002)

石田千尋「江戸時代の紺青輸入についてーオランダ船の舶載品を中心としてー」(2008)

武雄市歴史資料館企画展「青へのあこがれ」(2012)http://www.city.takeo.lg.jp/rekisi/kikaku/2012/ao/ao.html

松井英男・南由紀子編「浮世絵の名品に見る「青」の変遷」(2012)

目黒区美術館「色の博物誌」(2016)



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