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プロフィール 遺影を撮影すること

最近よく自分自身を撮影をしています。


もちろんプロフィール写真で使うつもりです。

でも最近なぜよく撮るようになったのか。

こんなアホな顔しているおっさんのお話ですが読んでやってください。

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(旅撮影の温泉上がりの後 定番ソフトクリーム   iPhone11撮影)


昔々、まだ自動車学校で働いていた頃からのお話です。

そのころのは普通に風景を撮影していました。そしてそれが野生動物になり、舞台撮影へと広がっていきました。

人より少し撮れるから(撮れる機会を周りの方から頂けただけ)勘違いしていい気になっていました。

そんなある日大きな転機がおとずれました。

それは

『長く患っていた母親の突然死です。』

死に目にもあえず、病院に着いた時には冷たくなっていました。

本当に単純に、ただただ悲しかったです。そんな中でも淡々と時間は流れていき、お葬式の準備になった時に遺影の話が出てきました。

母親は長く患っていたので、そんなに写真はのこっていませんでした。その時父親が一枚の写真を出してきました。それは亡くなる少し前に撮影したものでオレンジ色のジャージを着ていました。

『和服に合成しますか?』

と業者の方が聞いてきた時に一言父は

『このままでええです。これが和子さんらしい』

と答えました。この時はじめて父親が私の前で母親を名前で呼びました。
亡くなった母親に想いを寄せていることがよく感じられる一言でした。(実はこのジャージは母親が人工透析を受けるときに楽だから好んで着ていたものです。)

初めて一枚の写真にかけた父の言葉に母への想いが分かった気がしました。

そのころから漠然とですが、いつか人物撮影をしていきたいと考え始めていました。

その後、紆余曲折あって本当にカメラマンとしてスタートしました。しかし、最初からバリバリに仕事で撮影できたわけではないです。まず最初の壁がでてきました。



『ライティングの組み方』

です。今みたいに沢山の情報に溢れているわけでもなく、撮影系の専門学校を出ているわけでもなく、コネもなく。撮影講習会を見つけては受講して一人で四苦八苦していました。

当たり前ですが、今までライティングは舞台照明さんがカッコよくしてくれていたのです。

『よくそれでスタートしたね?ライティングもできなかったの?』



普通そう思いますよね。

その頃は簡単なライティングは組めていたのでこれでいけると思っていたのです。

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(練習で撮影していた頃の画像です。今考えると。。。甘いなぁ〜。。。)



でも実際はその組み方って、馬鹿の一つ覚えで自分の好きな組み方だったんですね。クライアントから言われても、自分のイメージと違っても組み直すバリエーションもなく、被写体の方を輝かせることもできず。。。

そこで自分のスキルアップするために登録制の商業撮影を始めました。そこでは病院関係、ブツ撮り、料理、運動会、七五三、そしてお願いされてウェディング、成人式なんでもトライさせてもらいました。編集の手直しの連絡が来るたびに落ち込みながら。。。
時間があれば雪の中ライティングを組んでみたりもしました。そして続けていくとコツを掴み始めたのか撮れ始めたんですね。。。



まさに

『継続は力なり』



なんでしょうね。おかげでなんとか撮れるようにはなってきたのかな?と考えるようになってきました。

そんな時にプロフィール撮影のご依頼を頂きました。撮影しているときにふと聞いてみました。



『次はいつ撮り直しをされるんですか?』



そうすると


『いや、別に今は考えてないよ』


と言われました。もしかしたら


『こいつもう次の営業か?』



と思われたかもしれませんね。でも今まで撮影をお受けした方々を見てみると定期的にプロフィール写真を変えている方はほぼおられません。おられても新しい従業員の方が入ったからついでにお願いされるぐらいです。

ましてや遺影撮影は知り合いのお年寄りに聞いてみると



『縁起が悪い』

『撮影したら早死にする』



と言われました。

聞いてみて

『へぇ〜、そんな感覚なんだ』


と思い妻に話をしてみると



『プロフィール写真て季節ごとに撮影し直しとかせんし、遺影とか毎年とかまずないよな。なんでじゃろ?』



『確かになぁ。。。でも私はいきなり亡くなって全然違う時の写真使われてたら嫌じゃな。今度撮って』


『そりゃええよ』


『でもあんたも自分のプロフィール写真を長い間変えてねぇ〜からな。人の事言えんよ。』

『だって。。。誰も撮ってくれんもん』



『設定出してくれるなら私が撮るから』



そして最近、自分のプロフィール写真が変わっています。最近はこう考えています。



遺影って生きている時は自分のため

亡くなったら残された家族のため


プロフィール写真はお客様に会ったときに驚かれないこと

季節ごとに、衣替えをするように変えていくこと

ようやくそんなふうに思えるようになりました。

しかしこの考えになるまで長かったな。。。そしてそこまで考えないと動かないこの性格。。。



皆さんも今をしっかり残してくださいね。
さて、それではまた

次は何を書こうかな



追申

今までもしっかり、これからも今できることよりもさらに上を目指して撮影しています。それは今後も変わりません。

誰が撮っても同じ

モデルの方が変わっても同じライティング

流れ作業の撮影

ではない、その人の魅力を最大限表現できるように撮れる自信ができてきたのでこの文章を書いています。

そして無意味に派手なバックライト当てたり、本人がわからなくなるような加工はしません。
その人の人となり、空気感がわかる写真を目指して撮影しています。

父親が言った




『このままでええです。これが和子さんらしい』


これが私の人物撮影の原点の言葉です。

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