コンビニのオーバーオール

(雨の降る夜のこと。コンビニは雨の中で光を放つ。男はふらりと店に入る。雨はいまだに降っている。)

男は入ってきた

オーバーオール、メガネ、靴はニューバランスのスニーカー

傘を閉じて水を切り、入り口近くの傘立てに入れる。しっかり畳んで入れている

入ってすぐの雑誌コーナーに立ち、雑誌を眺めている

しかし、なぜだか動かない。何も手に取らない

店員はチラチラと見ていたが、立ち位置は変われど立っているのみ。痺れを切らして、話しかけることにする

…見ていても何も起こらないだろう。それにこの状況はそうそう体験できるものではない。この謎は解明せねばならぬ。何よりもこの時間は暇なのだ

「あのー、すいません」

「はい」

「何かお探しですか?こちらで在庫なども調べることができますよ」

「それでは、”は”を探してきてください」

「は?」

「今、僕は”き”み”が”よ”まで奏でることができました。しかし、”は”が見つかりません。僕は愛国者ですから」

手元をよく見ると、スポーツ新聞より、『期待の新人あらわる!』の”期”。

週刊誌より、『本誌独占スクープ!ほらがいアイドルみくの裏の顔』の”み”

チラシより、震災からの復興を目指してスローガン『がんばろうジッポン』の”が”。

広告より、『この荒れた世が終わる!新たな時代の到来は我ら使徒とともに』の”世”。

これらが握られていた

「買わずに破りやがって!何しやがる」

「見てください。これらの言葉の数々を。全ての言葉の裏に汚らしい思惑が渦巻いています。誰かの悪意がひらひら揺らいでいます。ひどいものじゃないですか」

「関係ないよ。俺からすれば。国がどうとか、言葉がどうとか。ただ明日を生きるので精一杯であと三年先も見えやしないんだ。そんな世界にしやがった大人は説教をべらべら垂れるがね」

「だからこそ、僕らはつながらなきゃいけない。醜い言葉の使い方を改めさせるために、醜い言葉でこの国の言葉の象徴を完成させるのです。明日の見えないあなたに明日の景色を見せてあげましょう」

店員は少し考えた

そして、店員は醜い言葉の中から”は”を拾い上げることにした


朝になる。交代の店員がやってくる。散らばった雑誌や新聞を見付けるが、二人の男の姿はなかった

防犯カメラには踊り狂う二人の男の姿が記録されていた。二人は踊りながら外へ出ていく。交代のために来た店員は一言

「この変なオーバーオールはまだしも、この店員をやってる奴は一体全体誰なんだ?」

まわりまわって、世の中が幸せになる使い方をします。