お花火

(花がなぜ鮮やかなのかを人類はいまだ解明していない。だから、人類はもしかしたら花の本質に気づいていないのかもしれない。無職の男はある晴れた春の日に川沿いの土手にやってくる。そして一つ思いつく。)

いいなあ、春ってのは

鳥も息を吹き返してはしゃいでいるし、太陽も心なしか近くにきた気がする

足元の芝生は初々しいキミドリだなあ、はじめまして

何より、花だ。桜の激しさは焼酎を飲んだ時みたいにガツンとくるなあ

まあ、焼酎は喉にくるけど、桜は脳に来るものだ

僕みたいに上手くいってないやつも、春になるとなんだか上手くいきそうな気がしてしまう。春ってのは罪な季節だねえ

お、たんぽぽじゃないか。上には桜。下にはたんぽぽ。両手に花とはまさしくこのことだろう

ここにお酒があればお花見と洒落込みたいなあ

まあ、そのお金があればこの時間家で寝ていられただろう

なんで花って綺麗なんだろう。

色の派手さもあるけれど、どれも基本構造は一緒じゃないか

葉があり、見えないが根がある。そこから茎が伸びて花弁を何枚か携えた花が咲いている。花も大体が一点を中心にして傘のように開く形状

思えば人間ってのもそうと言えるかな

美醜の違いはあるにせよ基本構造は同じだ。本来差なんてないはずなのだ

厄介なのは、人間に「同じでなければならない」という強迫感情があることだろう

花だけいいなあ。楽に生きれて。それに腹が立つんだよ


男はタバコを吸うために持っていたライターでたんぽぽを焼く


次に桜の木に火をつける


文字通り花火というわけか。お花見ならぬお花火だ

それなのにどうして君たちは美しいのだ。僕も同じ美しさに浸りたい


男は家に戻ると、文句を言いかけた母親を思いっきり殴りつけて、台所に進む。ガスの元栓を開き、小麦粉をばら撒き、火をつける。家は男もろとも破裂した。


なるほど

花は悲しみをこの世から減らすという効用もあるようだ

花に嫉妬する悲しい男も、働かない息子の世話をする悲しい女も、不良債権になるだけの家も、いずれ死ぬ隣人も

おや、花に殺されないで済む人間などいないではないか

まわりまわって、世の中が幸せになる使い方をします。