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ここが私の帰る場所

1年以上待ってついに『STOP MAKING SENSE 4K レストア版』を観てきた。
しかし、辿りつくまでにわりと、けっこう、マジで大変な思いをした。
それはそうとして、どうして4K版の公開を観に行くことになったのかというと、あれは去年のいまごろだっただろうか、たまたまYouTubeで予告映像を見つけたのだ。
クリーニング店に行ったデイヴィッド・バーンが品物を引き取る。
店員が持ってきたのは、なんとあのドデカスーツではないか!
『STOP MAKING SENSE』のジャケットにも出ているあのグレーの肩幅ドデカスーツ……!
それを持ち帰って鏡の前で着たバーンは身体を揺らし「This Must Be the Place」が流れ、画面はあのライブ映像にかわる。
え、リマスター版ですか?! そんなの観に行くしかないじゃん!! とひとり興奮した私は定期的に「stop making sense 4k」と検索して情報を漁っていた。
だがしかし、先にアメリカで公開されていつ日本に入ってくるかの情報が全くないまま半年以上すぎる。
そしてやっと日本公開が2月だという情報をゲットした。
だが、そこでもまたちょっとした問題が起きた。
2月のいつなのか? 何日から公開なんだ?
私がそこまで公開日を正確に知りたいのは公開初日の朝イチに行きたいガチ勢だから、というわけではなく、地元の映画館ではぜっっっっっっっっったいに公開しなくて遠征になるからである。
そう、地元の映画館はイオンシネマのみなのだ。
だから確実に売り上げの取れる映画しか上映しないし、洋画の字幕は公開から1週間すぎるとレイトショーに回され、そのレイトショーも1週間もてば上出来なくらい一瞬で終わってしまう。
というわけでこういうコアなファンがいそうな映画は遠征して観に行かなければいけない(試される大地すぎんか?)。
そこから私は上映する映画館を探して毎日のように公式サイトと映画館のサイトをのぞいて公開日が発表されるのを待ち、決まってからは高速バスの予約とスケジュール調整をして準備を整えていた。
のだが、準備万端で行くはずだったのだが、なんと上映スケジュールが突然かわり、行く予定日の前日に公開終了という大絶望エンドをむかえてしまった。
あいにく仕事でそれ以上の調整はできず、あれだけ楽しみにしていたこの高揚感とひたすら情報を漁りつづけていたあの時間ともうバス会社に払ってしまった金はどうすればいいんだ???? 私はなんのために生きてきたんだ?
まるで生きる糧を失って突然の公開終了という文字を叩きつけられてトドメを刺された屍同然の私は、じゃあ東京行くしかないか、せめてあと数日でもはやく終了日がわかれば飛行機代もちょっと安くできたかもしれないけど……とりあえず予約だけしておいて気が変われば流してしまおう、と最後の力を振り絞って飛行機を予約して力つきた。
ハハ、私はもう、いつ出るかもわからない円盤にすがってこのまま朽ち果てていくんだ……

と思っていたのだが、最後の砦、シアターキノで上映するとの情報が!
しかもSNSをやっているのにそこには載せず、しれっとホームページの公開予定作品のなかにあるというなんとも憎いやり方(いい意味です)!!
偶然上映の2週間まえにホームページをのぞくことができた自分のタイミングのよさに、やっぱり私はデイヴィッド・バーンと縁があるのね、と都合のいい解釈をして無事に生き返ることができたのだ。
そして今度はちゃんと余裕を持って仕事を休んで、余韻に浸れるくらいのゆとりを持って行こうと決めたのだった。
しかもなんと、同じ週にタルコフスキーの『ノスタルジア』も4Kで上映しているだと?!
シアターキノ、本気すぎるぜ……
だが、余韻に浸れるようにといっていたくせに弾丸遠征にした私は上映時間が被ってトーキングヘッズかタルコフスキーか、という究極の2択をすることになってしまった。
いや、もともとトーキングヘッズが目当てというか、そのために準備していたんだし、でもタルコフスキーを劇場で観られるという貴重体験もしたいけど、いや待て、トーキングヘッズが今後劇場で観ることができる日なんてくるだろうか、ライブ映像だぞ、タルコフスキーなら何年かまえに早稲田松竹がどこかでオールナイト上映やってたとか聞いたぞ、タルコフスキーのほうがまだ未来はあるな、Blu-ray持ってるし、うん、Blu-rayあるからいっか……
いやこれね、時間が被っていなければ両方観たんだよ、被ってさえいなければね……

というわけでついに当日、私は憧れの『STOP MAKING SENSE』を観られるという実感もまだわかないまま、足早にキノへ向かった。
ちなみに夕方に上映するのにお昼に一度行ってチケットを買い、整理番号1番をゲットして壁に貼られているポスターの写真をたくさん撮ってきた。
夕方キノに戻ってから入場の案内まで椅子に座って待っていたのだが、すごく懐かしい気持ちになった。
じつは学生のとき通っていたのだ。
大学3年生のとき、坂本龍一のドキュメンタリーを観に行ってミニシアターの魅力にとりつかれた私は4年生になってから学生会員になって1年間通っていた。
学生時代にしかできないお得になんでもできる特権、感謝しかない。
『CODA』と『async』を観に行ったとき、キノのロビーは人であふれていて、あっちこっちで「〜さんも教授を観にきたんですね」「もう何回か観たんです」「この日を楽しみにしてたんですよ」などせまい空間が教授もとい坂本龍一一色になっていたのを思い出した。
ミーハー気分で気になったから観にきた、というのも映画館に足を運ぶ立派な理由であるが、やはり“本当に好きな人たちが集まる場所”はミニシアター独特の感覚である気がする。
そういう空気感がとても居心地がいいのだ。
いよいよ入場のアナウンスがあってスクリーンに入って席に座ってから、あることに気がついた。
次々にスクリーンに入ってきて座っていく人たちの衣擦れの音に混ざって、聞き覚えのある音楽が流れている。
それは坂本龍一の「aqua」だった。
私は勝手にこの曲と縁があると思っていて、東北ユースオーケストラを観に行ったとき、ロビーでオーケストラのうちの数名が開演まえにこの曲を披露していたし、是枝監督の『怪物』ではエンディングで使われていて泣いた。
偶然触れる機会の多い曲な気がする。
ちなみにアルバムで曲のはじめから聞くとより「aqua」の魅力がわかる。
水が流れる音のサンプリングからピアノの音へとつながるのだ。
私はこの水のサンプリングが気に入っている。
タルコフスキーを観て以来、水への解像度が高い作品に触れると嬉しくなってたまらない。坂本龍一もまたしかり。
というわけで、キノでは作品の入れ替えのときにスクリーンのなかで坂本龍一の「aqua」がかかっていたのだ。
なんと素晴らしい空間なのだろうか! 最高空間すぎる……

映画本編の内容だが、1曲ごとにここに感想を書いていくと2万字になる気がしてきた(卒論か?)。
『American Utopia』でデイヴィッド・バーンと出会って以来、トーキングヘッズを聞きつづけてきた私には一曲ごとに感動して観ることができた。
去年ライブアルバムのデラックス版が出てからはひたすら聞いていたので、実際に映像と合わせて観ると鳥肌ものだったのだ。
あたりまえを承知でいうが、家で観るのとはやはりちがう。
画面のなかの世界への没入感のレベルがちがうのだ。そして映画館という特別な空間で体験するのは最高の瞬間である。
観ているあいだはほかのことなんて考えられず、ただ「カッコいい」しか思わなかった。
リマスターする以前の映像については、大学の先生から借りて観たことがあったのだが字幕がなかったので今回字幕と合わせて聞くと曲の内容がより理解できた。
これまでまったく英語ができず、なぜか学生を終えてから英語力が伸びてしまった(海外ドラマと洋画を見まくった結果)私は、あきらかにリスニング力が増したと自負している。
それでもマイペースに英語に触れているだけなので、曲の半分聞き取れたらスタンディングオベーションのレベルなのだが、それでもアルバムを聞きつづけていると少しずつ単語を拾って聞けるようになってきて、映像と字幕によってより英語や曲自体にたいする理解を深めることができた。
こういう経験を大事にしたいと思うし、つづけていきたい。
そしてやはり「ここが私の帰る場所」なのだ。
これを書いているいまも「This Must Be the Place」を聞いている。
『American Utopia』の演出をカメラワークに感銘を受けた私は、今回の『STOP MAKING SENSE』でもときどきデイヴィッド・バーンに語りかけられるようなカメラワークが気に入った。
観客席でライブを見るのを追体験すると同時に、マイクをこちらに向けられたり、まっすぐカメラを見つめる彼になにかをたずねられたような“実際にそこにいるのではないか”という錯覚をしてしまうくらいに入りこんで、一緒に曲を口ずさむところだった。
これ、『American Utopia』もそうだけど家で一緒に踊って歌いながら観たらもっと楽しいんだろうな……
4Kの円盤が日本では販売されないとかいう情報も見たが、誰かの勘違いだと信じて家で観られるようになるのを待つことにする。
このあたりで『STOP MAKING SENSE 4K レストア版』の記録とする。
まって、3900字越えだと……? 軽いレポートじゃん……
あと100字書いたら切れがいいけど、蛇足になりそうなのでやめておこう。

追記:8月に円盤出るってよ、ツイッターで見た販売しない情報はガセでした

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