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美しさというフィルターをとおして

本格的な夏もはじまり、全国的にもかなり危険な暑さだと警戒されるなか、今回から数回にわけて夏映画を紹介することにした。
私自身あまり季節ものや年中行事といったものに興味がないものの、好きな映画にはわりと季節が反映されていることに気がついたからだ。

最初に紹介するのは『君の名前で僕を呼んで』である。
あのポスターのなんときれいなことよ。
快晴を見上げる二人の青年、エリオとオリヴァー。

この映画に出会ったのは大学4年生のときだ。
当時劇場公開していたのにバイトか試験だったか、忙しくて観に行くことができなかった。
そもそも観に行きたいと思ったのは、坂本龍一の音楽が使われていたからだ。
3年生のときにドキュメンタリーの『CODA』が公開されたことがきっかけで私は坂本龍一にのめり込むようになって、ハイエナのように情報を漁っていた。

結局はじめてこの映画を観たのはレンタルショップにDVDが置かれるようになってからだった。
当時大学生だったこともあり、ティモシー・シャラメ演じるエリオの高等遊民さながらの生活には憧れた。
大学教授を父に持つエリオ一家は、毎年バカンスでイタリアの別荘へ行く。
すごくうらやましい。
別荘でなくても、ある程度の休みを取って日常とはちがう場所で暮らしてみたいものだ。
うらやましい思いと、この映画全体をとおして鮮やかできれいな映像が続いていることでフィルターがかかった視界には、放尿や嘔吐でさえ美しく見えてしまうから不思議なものである。

原作を読むとオリヴァーに対するエリオの心情が詳しく書かれている。
なんなんだあいつは、とはじめはちょっと疎ましく思っていたのに、一緒に過ごすうちにオリヴァーのことが気になって仕方がなくなっていた。
映画は画面越しに彼らの過ごすバカンスを見つめ、原作ではエリオの視点で感情移入できるのが実に楽しい。
エスパドリーユという単語ひとつでオリヴァーが歩く姿を思い浮かべたり、先に映画を観ていたことで原作の描写がすっと自分のなかに入ってくる。
あの美しい景色のなかで過ごすエリオはこんな感情を抱いていたのか、ともう一度映画を観たくなってしまうほどに、映画と原作の描写のバランスに感心した。

映画では彼らの内に秘めた思いは景色に溶け込むように描かれ、次第に抑えきれなくなったふたりはお互いの気持ちを確かめ合うのだった。
しかし、それも一夏の出来事。
イタリアでの生活はあっという間にすぎていき、オリヴァーが出発する日がきてしまう。
恋物語には甘酸っぱいという表現をよく聞くが、この作品をそういった味覚でたとえるなら、甘く透き通った飴を舐め終えたあとに残る口のなかの空虚感だ。

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