故郷に帰り、再び海に対峙した。かんかん照りの青空の下、厳しく鍛えられた肉体が弾けた。海を渡り、都会に出て何者かになろうとした彼は、顔を隠した者たちが強かに生きる姿を呆然と眺めることしかできなかった。彼らの心の強さ(あるいは鈍さ)を彼は持っていなかった。
 道着に身を包み、白砂に根を張って拳を突く。彼が海と対話する唯一の方法だった。波が引くのに合わせて海を突く。潮騒と両腕が風を切る音だけが彼の耳に届く。
 長い対峙の中で不意に訪れる一瞬の静寂。身を翻し、見えない敵に蹴りを放つ。海は静かに受け止める。目を閉じ、霧に包まれた世界を想う。闇を突く。波は誠実に返ってくる。純粋な信頼はやがて祈りに変わっていく。

(300字ショートショート『海』)

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