ターミナル ターミナル【滲み】3500字
その人のさすり方は頭とおでこの間。おでこよりちょっと上で、産毛のちょっと下。親指でさするんです。
つまり、手のひらを横向きに頭部に置き、親指だけで、頭とおでこの間をさするんです。
それはすごく照れます。
顔が赤くなります。
「バイバイ。またね。」その人は私を見下ろしそう言って、帰っていきます。
その人が次いつ来るのか、パパに聞きます。
「また来て欲しいよな。」パパもそう言います。
中学1年生になった秋です。電車でその人を見つけました。数年ぶりに見たその顔に驚き固まった私が居ました。
「寒いん?」一緒に映画を見に行った月野ちゃんが心配してくれます。薄く冷房のついた電車内。秋と言ってもまだ半袖の秋です。
「大丈夫。寒くないよ。」答えた私ですが、目はその人からは逸らしません。
その人は扉の横の取手を掴まり立っている。
少し寄りかかりながら。
電車の外の川を見ているのだろうか。
その目に覇気が無いのは誰もがわかります。
「だれ?お父さん?」月野ちゃんがそう聞くのも仕方がありません。
その人と私は似ています。
聞くところによりますと、私のパパのお兄さんとの事。つまりおじさんです。
おじさんだから顔が似ているという事になります。
「話さないの?」私がその人を見つめ続けているため、月野ちゃんは不思議がってしまいました。
快速電車はちょうどいい塩梅の揺れのまましばらく停車する予定はありません。
「話すよ。今から。」私はその人に向かって歩き出しました。
吊り革に一度も触らずにその人の前に来ました。
その人はこちらを見ます。
親戚の集まりでよく会うおじさん2人がいます。
そのおじさん達とは何か雰囲気が違う。
外国人ぐらい違う。
小学校4年生の時に私の家に来た時は、
将棋のやり方を教えてくれました。
なんだか全然ルールはわからなかったけども、
優しく低い声で教えてくれるその人からは、
「この人はいい人だ」というオーラがムンムンと発散されていた。
その人がママが淹れた緑茶を、ゆっくりとすするのを見ているのが好きだった。
その人がこちらに気づきました。
目が合いました。
電車内のアナウンスが、
次の停車駅まであと6分だと告げる。
「どうしてたんですか。今まで。」
私とその人、同時に同じ文章を口から発しました。
後ろの方で月野ちゃんの「え?」という声が聞こえました。
小学校3年生の冬。
こたつの上のみかんを、
それはそれは丁寧に剥きました。その人がです。
私は、綺麗に剥けなくて半べそかいてました。
こたつにはパパもママもいます。
みんなニコニコしていましたが、パパがその人に泊まっていくように促しても、その人は丁寧に遠慮をし、分厚いコートを着て、大雪の中帰っていきました。
「このへんに住んでいらっしゃるのですか?」
先に口を開いたのは私です。
その人は目を逸らし窓の外を眺めます。
「どうでしょうね。」
小さい頃に聞いた印象とはだいぶ違うその人の声に、困惑して、そして、胸がズキっとしました。
必ず人と話すときは、人の目を見て、ゆっくりと力強く喋る人だった。
「パパにはあれから会ったんですか?」
「聞いてないの?」
「ええ、パパからは何も聞いておりません。」
「そう。。」
その人は、だらんとしていた腕を上げて、手をゆっくりと顔の近くまで上げて、そのまま私の頭部に手を置きました。
小学校2年生の夏には、
その人と一緒に区民プールにいきました。
流れるプールや、滑り台など、
きゃっきゃきゃっきゃ笑いながら、
これでもかと遊び楽しみました。
ワニのかたちの大きい浮き輪がぐるんとひっくり返って、あたまから水に沈んで、景色全部が水色のゆらゆらした世界になりました。
ゆらゆらしたその人の顔が現れて、私を水面へ引っ張ってくれました。
ぶはぁっと呼吸をした瞬間、その人は「本当の父親だよ」と言いました。私はポカンとしました。
「水鉄砲借りに行こっか!」その人はそう言って私を連れて、引き続き私たちはプールを楽しみました。
その人のさすり方は頭とおでこの間。おでこよりちょっと上で、産毛のちょっと下。
親指でさするんです。
私は自分の顔と後ろ首がカーッと赤くなるのがわかりました。
鉄橋に差し掛かり、
激しい音と、
陽の光と影が交互に押し寄せる。
「小さい間だけ。というか小学生の間だけ、会える。そんな約束を交わしたのですか?」
私は冷静に問えた。
3人いる私のおじさんの内1人が、私の本当の父親かもしれない。
なんだか、すごく納得できる気もするのですが、どこか不思議な感情。怒るとか悲しいとか嬉しいとか、そういったこの場に似つかわしいありきたりな感情ではなく、なんかこう、騙されている気がするというか、騙している事をあえて私にバレさせようとしているというか。
快速はスピードのピークに達したのか、
吊り革を掴まないと
揺れに耐えられない程になりました。
「思春期になる前にね、
会わないようにしたかったんだけどね。」
その人は、親指と、手のひらを、頭というかおでこからどけて、
手を下ろし、
反対の手、つまり左手で吊り革を掴み、
私の目を見た、見つめた。
「パパは、じゃあパパは誰なの。」
「君のパパが君のパパでしょ。それよりママは元気かい?たしか入院してたんだよね。」
「ねぇ。紹介してよ。」月野ちゃんが痺れを切らして、いつの間にか私の後ろまで来て私の二の腕をちょいと摘みました。
『まもなく太刀山駅に到着致します。お降りの方は~~~~』
「あーもしもし。ごめんて、でけー川通ってる間や、電波わるぅてさ!」
不意にちらっと、電車内で携帯で電話をしている男性に目を奪われてしまった。
その人はスムーズに吊り革から左手を解き、
その勢いでターンをして一瞬で私の後ろに回り込み、
あっという間に月野ちゃんの首を
右腕で思いっきり絞め上げました。
「ママはずっと入院したままです。」
私は目の前の一瞬の出来事に驚きながらも、
冷静に答える事が出来ました。
「きゃああー!!」
「うわうわうわやばいやばい!」
『たちやまえきぃ〜、たちやまえきぃ〜、右側の扉が開きます〜』
「はやくにげろっ」
「だれか駅員よんでこいはやく!」
辺りは一瞬にして騒がしくなりました。
首を絞められている月野ちゃんは、
元々色白な上にもっと白くなっています。
「パパについて本物かどうかって話はしてくるけど、
ママは本物だと信じ込んでいないかい?」
「え、どういう事ですか。」
小学校5年生の時です。
お家に帰ると、
シンとしていて誰もいないのかと思ったら、
ママの部屋から
ママとその人が出てきました。
「居たんだ」私が言うと、
2人は聞こえてなかったのか、
唐突に【夕立がいかに困るか】の世間話をはじめました。とても長くて白熱した世間話でした。
家にその人が来たのはそれが最後でした。
そして今、その人は私の目の前で、
友達の首を絞めています。
「思い出せそうか?がんばれ」
その人は確かにそう言いました。
一体どういう意味なの。
「何してる!手を離しなさい」駅員や警察官らしき人が走ってきた。
「こっちおいで!」勇敢な青年が私を現場から遠ざけようと引っ張ってくれた。
「たす、けけ、」月野ちゃんの震える唇。
その人はあの頃の優しい顔を保ちつつ、
月野ちゃんをゆっくり離し手を挙げた。
押さえ込まれるその人。
うつ伏せに倒されて手を後ろに回されて
警察官に捕まる、
苦しそうな顔のその人。
その場にしゃがみ込む月野ちゃん。
駆け寄って抱き抱える私。
連れて行かれるその人と目が合い、
確かにその人はもう一回言った。
「思い出せるよ」
この太刀山駅は、
ママが入院している病院があります。
もう2年ぐらいでしょうか。
一見体調はいつも良いのですが、
何か腫瘍というものが脳にあるんだそう。
結構外出もできるらしいから、
病院へお見舞いには行った事がなく、
1ヶ月に一回ぐらい喫茶店で会っています。
連れて行かれてしまった、その人。
なんでこんな事したの?ママもパパも偽物なの?3人のおじさんは、誰の兄弟なの?叔父じゃなくパパの友人という意味のただのおじさんなの?その人とパパが一緒に居たところを見たのは、なぜ小学3年生の冬のコタツの時だけなの?養子とかそういう事なの?
駅の医務室で、月野ちゃんがようやく喋れるようになりました。
ベッドから起き上がり、私に抱きついてきました。
ブルブルと震える月野ちゃん。
ほんとうにごめんなさいという気持ちでいっぱいでした。私の首元でポロポロ泣く月野ちゃんの頭を撫でました。
鼻をすすりながら、月野ちゃんはゆっくりと私の耳元で喋ってくれました。
「もうこれでずっと一緒だね、
種違いのおねーちゃん。」
音が、口元がニヤッと動く音が聞こえました。
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