ei yo,shit yo

 一昨日の夜あたりからきゅうに目が見えづらくなった。そもそもが近視と乱視のハイブリッドであるところに、これはついに老眼まで分け入ってきたのか。分け入っても分け入っても青と白と赤との三権分立か。とおののの……きながらラ・マルセイエーズなど歌ううち気づいた。

 これ、栄養失調だ。

 なにひとつもみっつも誇れたものではないが、わたしといえば栄養失調、なんならそれを通り越して飢餓状態のプロといえる。現代日本において、こういった理由で何度も入院した若者(ぎりぎり)はそうそういないはずで、「うへえ、こんな数値、医師になってはじめて見ました!誰々くーん!ちょっとこれおもしろいから見に来て!」と言われるまでが芸だ。いや、そんなところで薄い胸を張るな。178cm、50kgあればいいほう。三点倒立したら一瞬で物理的にも精神的にも複雑骨折します。菊地です。

 栄養失調というののややこしいところは、一朝一夕(おっ、この前の記事をご覧の方には懐かしいことばですね)でどうこうなるものではなく、たとえばこれが急性アルコール中毒であれば、どれだけ盛大にぶっ倒れたとて、ちゃんと病院で血中アルコール濃度を薄めれば数時間でケロッと治る(もちろん迅速に運ばれたうえでという注釈はつくにせよ)のだけど、投薬や点滴ではいかんともしがたい点にあり、するとしたら1週間なり10日なりは覚悟の入院となる。

 しかし、わたしはこの道のプロだ。この道はいつか来た道。ぼくの前にも道はある。月に一度は吠えている。何に?

 そもそもなぜこんなにも栄養失調に陥るかというと、いくつかの切実(おっ、これも前の記事を……)な理由といくつかのどうでもいい歴史がある。そこで、すこしばかり昔語りにおつきあいいただきたい。


 いまを遡ること約四半世紀。中学2年生の菊地……いや、当時は苗字がちがったのでchoriでいいや、少年は自他共に認める上京区のマシュマロだった。165cmくらいで80kg近くあった。あれ?別にそこまでおかしくはなくない?野球部とか柔道部とかでその身長体重なら、豆タンク感はあるにせよ、特段の肥ま……健康優良児といえるほどではなかろうとお思いの方もいらっしゃるだろうけど、残念ながら、わたしに筋肉は皆無で、ただの色白でぽわんぽわんと弾む、三点倒立などした日には身体の形に世界が溶けてゆくような、ただの脂肪である。

 ところがどっこいそのころ幸か不幸かchori少年は詩人を名乗りはじめた。「中原中也とか(顔が)かっこいいしモテそう!」が動機だ。笑わば笑え。笑うと表情筋が仕事してくれてポジティブになるぅ!的な言説は当時まだなかったので、だいたいジアスターゼみたいなものを畑に置いてきた青首大根のような顔をしていた。心のうちを循環する血涙とともに。

 しかし、14歳、リアル中二病でもわかる。これではいくらイケメンでもモテない。プラスサイズモデルとかそういう概念がない、昭和の大人と、昭和の教育を受けた子どもたちなのだ。あっ、このご時世、自虐としても語弊があるといけないので、おもってもいないことをいちおう書いておくと、個人の感想です。

 そこでわたしが分け入ったのは「食べない」という山だった。うすうす「山なしオチなし意味なし……?」勘づいてしまったあなたは昭和ですね。さておき、長くなるので突然早送りすると、半年で20kg瘦せた。おっ、おれにも自分がなにを言ってるかわかんねえけど、瘦せた。これは摂食障害等でなく、純粋に1日多くて2食とか、お米を食べないとかそういうのと、あとはライブでめっちゃモッシュとかダイブしてた。ミドルティーンの基礎代謝ってほんとうにすごい。とはいえ、それだけなら「辿り来て、いまだ山麓」なのかもしれないが、その間に背も10cm伸びたので、出来すぎくんである。「これが別れのカレーライスです」の気持ちがわかった。なわけない。


 話を戻すと、つまり、そこそこ自我も芽生えた思春期真っ只中にそうした体験をしたものだから、わたしにとってそこからまた「太る」という状況は死の宣告に近い。30歳ちょっとまでは56kgくらいをずっとキープしていたのだけど、ときどき2kgくらい健康優良青年になるタイミングもあるわけで、それだって178cmの58kgなんてどんな辛口評価でも「瘦せ気味」だ。とはいえ心ないひとはいるわけで、「あれっ?肥えた?」と、BMIでいえばあきらかに手合い違いから放たれるそのあいさつ代わりめいたことばが折節に精神を折る。そう言われることより、「あなたはよくいえば平均体型だよね」と言えない、リテラシー的に言えないポイズンが表情筋を苛むんだ。自己憐憫と自己防衛本能と自己愛のトリコロール。

 そこからどんどん、わたしは食べなくなった。摂食障害ではない。ただ、食べないだけだ(と薄い胸を張るな)。気がつけば、ひどいときは47kgとかになる。ともさかりえかよ。カプチーノ飲めよ。わたしの温度を許してよ。しまった、「長い話」という曲があるくらいchoriは話が長いことを失念していた。戻そう。お東場じゃないところで。尾籠ノーマル。


 そんなこんなで、というのは非常に便利なことばである。とっぴんぱらりのぷう、とか、てっぺんぐらりん、くらい。

 おそらく読者諸兄姉も長話にそろそろ忘れているような気がするけれど、栄養失調のプロたるわたしは、そこからとにかく食べた。アスリートと一緒にするとアスリートに失礼だけれど、とにかくちょっとずつを常に食べた。マクドナルドを、ラーメンを、菓子パンを、梅干しを、海苔を、チーズを、ゼリー飲料を、アイスを、あと記憶がさだかでないけれど、とにかく訓練のように。バカオロカだとおもうでしょう?しかし、1日半やっているうち、なんと目はちゃんと復活した。そうしてこの箸にも棒にもひっかからぬ雑文をものしている。

 問題は、目が見えるようになったので、鏡で見る自分の顔が「やっぱりかっこいいなあ」とおもえて仕方がないことだ。

 ぼくの前に行き先行方不明の道はあるが、おあとはよろしくないようで。ああん。とっぴんぱらりの、ぷう。


  

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