死は悪いことなのか?part.3
どうもうじまるです。
今回も前回の続きで死が悪いとしたらどう悪いの?
というのを検証していきます。
前回は残された人たちにとって悪いのでは?という事でしたが、結論としては「それは死んだ人にとって死が悪かったから悪い」でしたね。
つまり死が悪いというには「本人にとって」どう悪いのかを検証していく必要があります。
なので今回は死は本人にとってどう悪いのかを検証していこうかと思います。
検証②(本人にとって)死ぬまでの過程が悪い?
早速本題に入っていきますが、その前に一つ質問です。
皆さんが自分の死について想像するときはどのようなことを想像しますか?
ちなみに私は病気だったり事故ですかね。夢では飛び降り自殺する夢なんかも稀に見ますね。
何が言いたいのかというと大抵の死には「痛み」が伴うということです。
その死の過程で発生する痛みが悪いのでは?というのが今回の検証内容になります。
確かにドラマや映画でみるような死の過程には見てるだけでつらいものやゾッとするものが多いですよね。映像作品だからそういうものなのかもしれませんが…。
つまり死に痛みはつきものなわけです。
それが悪いというのは経験がなくても納得できそうな内容ですね。
しかし本書ではこれも良しとはしません。
さて、じゃあ何に異議を示したかというと「死は痛みを伴う」という部分です。
実は世の中には痛みを伴わない死に方も存在するのです。
例えば、先ほどの飛び降り自殺というのも即死であれば痛みはないと聞きますし、致死量の睡眠薬であったり、真冬に酔っぱらって外で眠っている間に凍死しているかもしれません。
つまり死の痛みに必然性は無いのです。
このことから死が悪いという根拠としてはこれもちょっと弱そうですね。
って言うのが本書での主張です。
死に対して恐怖や苦悩、嫌悪を抱くのは死が悪いからです。
しかし、人は死ぬ過程でその感情を抱くことなく死ぬこともある。
つまりそれらの感情は死の過程の痛みだけからくるものではないということですね。
じゃあ死の「過程」ではなく「結果」が悪いというのは成り立つのでしょうか?
非存在になってしまうことが悪い。
皆さんはこれについてはどう思いますかね?
えっ?よくわかんね?って思った方は正解です笑
これについて本書では良し悪しのつけようがないと言っています。
どういうことか?
「死人に口なし」という言葉があるように死んでしまったら非存在なのだから死んだ本人に良し悪しの思考ができるはずもない。
つまり良し悪しの議論の余地すら無いわけですから良いとも悪いともいえるはずがないとの結論でした。
確かに「結果」は死後なので自分自身にとって良い悪いを自分が付けるのは不可能ですね。
当たり前と言えば当たり前なのですが、読んだとき妙に納得したのを覚えています笑
今回は少し短めでしたが、ここまでにしておきます。
次回で「死は悪いことなのか?」
シリーズはひとまず終わります!
ということは次回で死は本人にとって何が悪いのかいう結論を出します。
お楽しみにしていただければ幸いでございます。
それではまた次回お会いしましょう('ω')ノ
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