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時間があればよい仕事ができるのか

ここ数日は、年度末年度はじめの書類作成に追われ、ほとんど現場に入ることができず申し訳ないなあと思いながらも、自分自身がやらなければならないという話で、協力しながら、なんとか形にすることができ、

ホッとしたいなあ

と思いながら、もうすぐ次の計画やら何やらが迫っており、休む暇が無いというほど、考え方によれば、まあ、

誰かのためになっている

こと自体は間違いではなく、日々進むほかないという心境です。

昔からつくづく思うのは、時間があれば、完璧な仕事ができるというのではなく、時間がなくても効率的にやっていけば、それ以上の成果もあるんじゃないのかなあと思ったりしながら、そういうことが普遍的とまでは言わないまでも、実際のところ「世の常」なのかとぼんやりと考えています。

まあ、しかし、ちょっと「腰を下ろして」じっくり考える、あるいはじっくりと文章を書く暇がちょっとだければ「幸甚」だなあと思いながらも、そういうわけにもいきませんね。

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氏家法雄/独立研究者(組織神学/宗教学)。最近、地域再生の仕事にデビューしました。