【日記】イカになるらしい

健康診断で「あなたは、イカになります。」と診断されてしまった。

「イカって、あの"イカ"ですか?」

「ええ、あのイカです。心臓が三つに分裂しています。」

お医者さまは、キョトンする私に

①イカにはメインの心臓とは別に、二つエラ部分に血液を送る心臓があること
②イカは水中を最大時速四十キロほどで泳ぎ、人類相当だと、ウサイン・ボルトより速くてお得なこと
③私の体は既にエラ呼吸を獲得しはじめていること

以上の三点を、今にも吹き出しそうに説明した。

「エラいこっちゃ。」

私が漏らすと、看護師はクスクスと笑い始めた。

「『後天性烏賊化症候群』と言って、日本では四年に一人だけ発症します。砕けた言い方をしますと、おめでとうございます!あなたは一億二千万人の中から、唯一選ばれました!エラだけに!いかがですか?」

お医者さまが告げると、看護師たちはゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。

「そうは言われても・・・。治る見込みはあるのでしょうか?そもそも、何が原因なのでしょうか?」

「原因は不明ですが、人間に食べられてきたイカの呪いという説もあります。日本国政府はこの病気を一切公表していません。『初代総理大臣が実はこの病気を発症して解脱し、今なお関門海峡を回遊している』なんて、口外できませんから。ただ、心配することはないですよ。日本国政府はあなたをイカとしてきちんと世話をするし、家族の方々の生活も生涯保証されますし、娘さんの奨学金も捻出します。」

「そんなの信じられるか!!!」

刹那、血気盛んに立ち上がった私の鼻から黒い液体が溢れた。

お医者さまはパスタを茹でながら言った。

「イカ墨です。」

遂に、諦めてしまった。
そうかあ、イカになるのかあ、確かにイカ、食べてきたもんなあ。
なんで私が選ばれたのかは分からないけれど、『感謝』の心が足りなかったのかもしれない。イカにも、人にも。

温子(妻)
亜美(娘)
父さん、イカになるよ。

覚悟を決めた私は、お医者さまに遺言を託した。

半年後の美人局会小学生書道コンクール。
トロフィーを持ち笑顔の娘と、傍で頭を撫でる妻。
そして、中央に一筆された『感謝の心』。

これが最後の家族写真となりました。