クーポンを握りしめて…

家の郵便受けにクーポン券付きのチラシが入っていた。チラシは大体捨ててしまうものの、近所のまぜそば屋のクーポン券だったので一度食べてみたいと思っていて、クーポンを捨てずに取っておいた。1030円のまぜそばが800円になるクーポンだ。休日、クーポンを思い出して、ちょっとした買い物帰りにまぜそば屋へ向かった。休日の昼飯は、いつも悩んだ末、だいたいカップ焼きそばになっていた時期だったので、もう少しちゃんとしたものを食べようと思ったのかもしれない。しかし、ここ最近、なんだかわからないけど、魂が弱っていて、あんまり人と喋りたくない時期だった。波があるのだけど、ちょうどその喋りたくない波が来ていた。そういう時期は、コンビニの店員さんにすら上手く話せなくなり、「袋入りますか?」と聞かれても、「大丈夫です」と答え、帰り道に両手が塞がることになってしまう。元来の人見知りが、出てしまうのだ。波が来てないときは「袋ください」を「温めますか」とか全然関係ない事を聴かれていても、「袋ください」と強めに言える。「袋ください。あ、温めなくていいです」とか付け加えることも出来る。調子がいいと。そんな喋りたくないビッグウェーブの最中にまぜそば屋に行くことにした。そして、その波を忘れて、テイクアウトにしようとなぜか心に決めていた。カップ焼きそばを買う気持ちと同じ気持ちでいたのかもしれない。
店の前に着き、2~3度入ろうかどうしようかで、店の前を不審人物のごとく歩き、店内に入った。入って、左側に券売機があり、ここで買うのかな?と思いつつ、券売機にお金を入れた後に、クーポンを握りしめた手が、寄生獣のミギーのように「僕を使わないの?」と私の脳内に話しかけてきた。この場合、ミギーではなくクーポンだから、クポーだろうか。しかし、お金を入れてしまった手前、「クーポンって使えますか?」と言うのもなんだか悪いし、後ろに人、並び始めちゃったしで、1030円のまぜそばのテイクアウト用のボタンを押した。クポーが「食券、渡すついでにクーポン使えるか聞いてみたら?800円になって200円お得ですよ」と、話しかけている気はしたものの、なにせ魂が弱っている。若いあまりやる気のなさげなバイト風の男性店員がこちらへ来たので、かろうじて「テイクアウトで」という声を発した。すると、その店員はぶっきらぼう(に聴こえた)に「あ~テイクアウトだと生卵つけれないんすよ」と言って「ああ大丈夫です。テイクアウトで」と答えた。帰ってから、冷蔵庫に入っている生卵をかけようかな、と考えているとクポーが「ねぇオイラの出番はいつになるの?」と話しかけてきた。ああ、まだ、ちょっと待ってくれ、タイミングがあるから。俺のタイミングで行くから。と頭の中で会話していると席を促された。なぜか女性の一人客の隣に促され、その女性にまるで変質者かのように睨まれ、「なんで隣?」と言わんばかりにこちらをじっと見てきた。こちらもなんだか申し訳なくなり、イヤホンを耳に入れ、ラジオを聴きながら、スマホでスイカゲームに没入していた。しばらくすると、そういえば大きめのリュックをしょっている事を忘れていて、さっきの店員さんが後ろを通るたびに当たっている感じがして、リュックを前にしょった。肩身が狭い。クポーの声もまるで聴こえなくなった。汗ばんだ掌の中でクポーはもう息をしていないようだった…。突然の別れ。やがて、まぜそばを入れたビニール袋がやってきて、そそくさとしかいいようがないスピードで、手に取り、片手でそっと、くしゃくしゃになったクポーを座席に置いて、店を出た。墓標はそこだ、クポー。帰って、生卵とマヨネーズをかけて、1030円のまぜそばを食べた。

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