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届け!就活生に(#3) - できることをやっても評価されないんだ、コンサルは。

(記事をお引越しして再掲しています-2021/3/7)

『#コーチングを学生に』という活動を、2021年2月から本格的にスタートし、学生のべ20人にコーチングセッションを体験してもらい、自分だけじゃなく、みんなにとってもコーチングは有用なものだと確信に変わってきています。

これから新しく出会う学生のみんなに、「なぜ転職したんですか?」と質問されたときに、きちんと正しい記憶で話せるように、noteで綴っておこうと思います。

(↓↓↓第一弾:就職活動編はこちら↓↓↓)

(↓↓↓第二弾:新社会人編はこちら↓↓↓)


プロジェクト初アサイン

アビームコンサルティング時代、いわゆるプロジェクトにアサインされたのは2回だけです。2009年4月ー2014年6月の5年2ヶ月という長くない在籍期間と捉えたときに、その2回が少ないのか多いのか、受け手次第かと思いますが、ぼくにとっては少ないのかなと。(まぁタイミングとかもあったりするからね、こればっかりはなんともいえない)

ぼくにとっての初プロジェクトは、最初から最後まで在籍することとなり、かなーり密度濃く過ごすこととなりました。キーワードは、英語・連携・後輩って感じです。

前回の文章を読んでくださった方はおわかりいただいているとおり、無茶ぶられがすぎるプロジェクトでした。(下記リンクの中にアサインプロジェクトもあります)

https://www.abeam.com/jp/ja/case_study?field_industry_target_id=61&field_service_line_target_id=42


ひとりロジチーム

ぼくの所属は、SCMセクター。モノを買う・作る・売る・管理するという、サプライチェーンに関わる業務システムが専門です。そして、研修期間にチーム分けされたのは、買う・作る・管理する部分です。(管理するは全部に関わるので、売るチームも研修してます)

今回のプロジェクトは、財務会計・管理会計・予算会計・ちょびっと販売管理が対象範囲です。そうですね、またまた研修で学んだことは活かされそうにないですw

初アサインされたアウトソーシング事業部で、ちょこっと販売管理には触れてたかな。いずれにしても、初プロジェクトで右も左もわかりませんが、担当分野も右も左もわかりません。

そして、SCMセクターからのアサインはぼくひとりだけ。ほかのメンバーは、
FMCセクターの人たち。そりゃそうだよな、なんたって会計メインのプロジェクトだもん。(ロジチームのロジは、ロジスティックスのロジです)


英語はできないけど、使えます

キーワードのひとつめ『英語』です。今回のプロジェクトルームは、東京にもちろんあって、クライアント側の担当者さんも日本人ですが、リアルなクライアントは海外現地法人です。

当時の流行だったようにも思うのですが、日本で導入した業務システムを海外子会社にロールアウト(=展開)するプロジェクトは多かったです。このプロジェクトもそのひとつ。なので、成果物となる資料も英語が多かったです。

少し余談にはなるのですが、このプロジェクトへのアサインが決まってすぐに、ベルリッツに通い始めました。学生時代に英語学習なんてまったくしてこなかったので、すぐに身につくわけはないのですが、英語への耐性と耳だけは慣れさせておきたかったということで、会社の福利厚生サービスも活用しながら通ってました。

記憶が定かではないのですが、タイ・オランダ・イタリア・ドイツ・アメリカ・ブラジルとかだったかな?っていう展開先国があって、ぼくはほとんどをタイチームで過ごすことになりました。タイの方は、日本と同じく第二言語としての英語なのと、親日国であったため、自分レベルの英語でもギリギリOKでした。

またまた余談だけど、プロジェクト前後でTOEICを受検していて、見事に同じ点数でした。でも、Readingの点数が下がって、Listeningが上がっていました。要はそういうことです。(書く・話すでいうと、幼稚園児が親に必死でオモチャ買ってっていうときくらいの英語力です、文法ぐちゃぐちゃだけど、伝えたいことは明確みたいな感じw)


いろんなことはつながるんだな

ひとりロジチームとしてスタートするものの、別にひとりぼっちという訳ではありません。当然プロジェクトルームは同じだし、仕事としてもつながりがないわけではなく、むしろつながりまくりです。

モノを買えば、お金も減るし、資産も増える。作れば、資産形態も変わるし、人件費や資産も減る、資産も使う。売れば、お金も増えるし、資産も減る。ってざーっくり言えばそういうことなんですが、モノとお金は切っても切れない関係だということです。

会社だったり、市役所だったり、いろんな組織はあると思いますが、元々目指していることがいっしょなんだから、つながりがないなんてことはありえなくて、でもそこを理解せずに淡々と仕事をこなしていると、あまり意味がないとぼんやり思っていたことが、コンサル時代を通して、確信に変わったって感じです。

ぼくたちはひとつのポイントだけを注視しがちだけれど、ほかの視点からもしっかり見ておかないと、後々大きな問題が出て来てどうにもならないことが出てくるかもしれないし、思わぬことで足元をすくわれるかもしれません。

いまこの文章を読んでいる人とも、もしかしたらどこかでつながって関わることになるかもしれないと思うと、この作文も気が抜けませんw

いずれにしても、そういうことを体感して、「SCMもFMCもざっくり知っていることはきっと何かのプラスになるに違いない」と思っていて、やっぱり自分自身はできる仕事を与えられるよりも、できないけどできそうな仕事を与えてもらったほうがイキイキするなと思ってました。

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戦友ともいえる後輩

この間も5年ぶりくらい久しぶりに話した子がいて、当時を懐かしく思いました。ぼくにとっては初めての後輩が、結局何人だろう5人くらいはアサインされたのかな。ぼくの下で長くやってくれたのは、2人かな。(いま文字にしてても懐かしい)

ぼくは性格上、先輩・後輩とかあまり意識することってのは、今も昔も全然なくて(笑)けっこう平気で、自分が好きな無茶振りをしてました。自分がされてることは、そのまましていいのかなって思ってた。(いまこれはパワハラになるのかな?)

後輩だけど同い年の♂、2個下で面白すぎる♀。どっちも、気がつけばプロジェクトのムードメーカーだった気がする。どちらも順応性・適応能力がとても高くて、いまもし一緒に仕事をしたとしても、信頼して仕事を任せられる2人な気がする。

退社してからというか、関西に戻って来てからほとんど会えてもないし、コンタクトも取れていないんだけど、あの2人ならいまも変わらず元気にやっているはず。(って、ひとりはこの前話したばっかだ、その子がいま取り組んでいるのはこの事業)


第4弾へ転職話は持ち越し

このプロジェクトのこと、大変だったこと・学んだことを思い返すといろいろありすぎて、気がつけばけっこうな長文になってる。なんなら、まだまだ書ききれていない。

タイ出張、大雨で洪水したタイミングで、行ってその日に帰国したとか。タイ現地メンバーに気に入られてたとか(性別はご想像にお任せ)。オランダ出張はほぼほぼマネージャーのお守りだったから何にもせず遊んでたとか。気づけばタイ語マスターしてたとか。

ただ、いちばん大きかったのは、最後のプロジェクト終了報告まで、プロジェクトに在籍できたこと。正直、ひとりロジチームで始まったけれど、最後のメンバーまでまさか自分が残るとは思ってもみなかった。

最後は、ひとつ上の方とふたりだったけれど、全分野・各国のことをなんとなく頭に入ってたし、なんならマネージャーが作成するはずのプロジェクト報告書を担当することになって、シニアマネージャー(いや、もうプリンシパルだったかな?)のレビューは、24時から始まって、しごかれたとか。

最初から最後までいることで、プロジェクト運営・管理なんかもなんとなく頭に入れることもできた。そして、いろんな分野のことを広く浅く知ることもできて、なんとなくの勘もできてきたって感じ。

この作文中に、何度も思い返したけれど、とてもいいプロジェクトだった。社内も社外も、良い人に恵まれたのがいちばん大きかったかな。


次回予告:新幹線通勤が最終プロジェクト

ということで、転職話は次回に持ち越し。2つ目でもあり、最後のプロジェクトは、提案フェーズ。かなりたくさんの事業所にヒアリングに行き、それは国内も国外も。膨大な情報を整理整頓し、提案資料に落とし込む。

資料の作り方はひとつじゃないんだな、年齢・経験年数では人の能力は図れないんだな、大きい会社は組織づくりも大変だなと、かなーり負荷の高いプロジェクトでした。

でもここも素敵な人たちに囲まれて仕事ができて、特にキャラクターがバラバラな上司に囲まれて、これまたいろんな経験をさせてもらいました。

それでは次回もお楽しみに(書いている自分がいちばん楽しんでいます)


2021年2月23日
大野祐一








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