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カレー屋さんにて

半年くらい前の話です。
仕事でお世話になっている編集部の方と昼食をご一緒しました。

「ウイさん、カレー好きでしたよね。少し歩きますけど、ちょっと入りにくいカレー屋さんを見つけたんです。薬膳系のカレーらしいです。そこ行きませんか?」というご提案を受けました。
薬膳料理。なんか理屈っぽくてあまり好きじゃありません。でも、世界一好きな食べ物であるカレーと一緒になっています。薬膳カレー。いいじゃないですか。そもそもたくさんのスパイスが入っているカレーは薬膳寄りの料理ですよね。それをさらに薬膳に寄せたカレー。是非食べたい。

13時30分ごろお店に到着。雑居ビルの中にそのお店はありました。写真や店名は控えますが、店構えは確かに入りにくい雰囲気がありました。
入り口側には窓が無く、店内は一切見えないようになっています。注意しないとカレー屋さんと分からない佇まいです。壁に「NO WAR」と書いた張り紙があります。他にも「電子マネー・クレジットカード不可」「現金のみ」という張り紙もあります。政治家のポスターも貼られています。

店に入ると、店内はカウンターのみ。客は僕たちだけです。
店員さんに「いらっしゃいませ」よりも前に「うちは現金だけですが大丈夫ですか?」と確認をされました。たぶん何回もお会計時に「paypayで」「現金しか使えないんですよ」というやりとりをしているのでしょう。

メニューは1つのみ。日替わり薬膳カレー。
追加で選べるトッピング的なものは一切ありません。辛さを選べるとか、そういうシステムも一切なし。
お腹が空いていたのでごはんの大盛ができるか聞いてみると
「うちはそういうのやってないんですよ。ルーの量も具材の量もご飯の量も薬膳の考えで決めていて。そのバランスが崩れたら意味が無いんで」と回答が。

なるほど。
それならそれで良いです。郷に入っては郷に従え。店の流儀には素直に従いましょう。

そこから20分。全然出てこない。
時刻は13時50分。
繰り返しますが客は僕たちだけです。とんでもない空腹で期待値も爆上がりです。
まもなく14時になるかというとき、ようやくカレーが出てきます。
それが、めっちゃ少ないんです。
まるで宇宙を切り取ったような複雑な色のお皿に、ちょろっと盛り付けられています。
ご飯は雑穀米でたぶん150グラム以下。お茶碗の中盛ご飯と一緒くらいです。
そこに、うっすら生姜の香りがするスープみたないカレーがピシャっとかかっていて。メインの具材は鶏肉や豚肉ではなくサバだそうです。しかもそのサバ、かろうじて目視できるサイズ。目視できる野菜はなし。強いて言うなら千切りの生姜のみ。
見た目はカレー風味のサバの生姜スープです。

横にはほうれん草のおひたしといんげんの胡麻和えがちょこんと添えられています。
昔、漫画版「孤独のグルメ」で井之頭五郎さんがオーガニック系のお店で無添加のほうれん草のおひたしに「ほうれん草の味が…濃いっ」と感動するシーンがあります。それを思い出し、期待してほうれん草から食べてみたのですが、めっちゃ普通でした。
でも、僕の舌がバカなだけかもしれません。いや、確実に僕の舌はあまり賢くありません。世の中の食べ物は「うまい」か「超うまい」の二択です。
そして、これは僕だけではないと思うのですが、バカ舌の民の「超うまい」の基準は「味にパンチがあるかどうか」ですから。

これが……薬膳か……。身体にめっちゃいいに決まっている。もしくは食べれば食べるほどお腹が空いてまた食べたくなるに違いない。数日後に無性に無性に食べたくなるとか、そういうカレーに違いない。
そう考えながらカレーを食べ始めると同時に「あ、これ、今日のカレーの効能です」と店員さんに紙を渡されます。
その紙には「血圧を下げます」とか「皮膚が強くなります」とか「毒素を排出します」とか、薬事法的には完全アウトな文言がびっしり。
「コロナになりません」とか「ガンが消えます」とか「水素水」とか書いてたらどうしようかと思いましたがそれは書いてませんでした。
色々と考えながらも、つべこべ言わず全て平らげます。
なんせ量が少ない。5分以内に食べ終えてしまいます。

一緒に行った編集部の女性も僕とほぼ一緒のタイミングで完食しています。
そんで、小声で「足りないっすねぇ……おかわりしたら怒られますかね。この後ココイチ行きます?」とか言ってくるんです。思ったこと全部口にしちゃうタイプです。

そしたら「これ、14時からのサービスです」とクッキーとコーヒーが出てきます。
酸味が強めの薄めのコーヒーと、薄いクッキー。食べてみると、ほんのり甘いのですが、いわゆる普通のクッキーではありません。

編集「これ、何のクッキーですかね。あまり甘くない。豆乳ですかね」
僕「おからとかじゃないすか」
そんな話をしていたら、店員さんが

「ふふふ、それ、何のクッキーだと思いますか」って。
急に機嫌良さそうで。
しかもクイズ形式です。
正直、この時点でちょっと嫌な予感したんですよ。
クイズ形式でコミュニケーションしてくる奴、だいたいヤバイです。
僕の「おからですか?」の回答には「違います」というそっけない返事。

「正解は、コオロギです。今、世界的な食糧危機でしょ。それで昆虫食が見直されているじゃないですか。無印良品とかにもコオロギのせんべいが売ってたりして。僕はね、このお店を通じて食糧危機の改善に貢献したいんですよ。それで、お客さんが少ないときはサービスでコオロギクッキーを食後にお出ししてるんです」
って言うんですよ。
あれ。
もしかして、これ、NGじゃないですか?え?どっち?セーフ?アウト寄りのセーフ?

「いやいやいやいや。無い無い。絶対ナシです。コオロギはNGじゃないですか?昆虫食を否定するつもりはないし、食糧危機を問題視するのは立派だと思います。でも、昆虫ってその姿形から苦手な人多いですよね。クッキー状にしても無理な人はたくさんいると思います。それを黙って出して、客が食べてからか『それ昆虫なんですよ。コオロギです』っていうのは絶対にやっちゃいけないと思うんです。確かに昆虫食は日本国内でも見直されています。無印良品のコオロギせんべいもニュースになっていたので知っています。そのニュースにより、昆虫の栄養素が非常に高いという認識もあります。でも、昆虫食は、昆虫だと分かっていて食べるものなんです」
って言ってやったんですよ。
編集部の子が。
12歳も年上の僕はその流暢な喋りの前に何も言えなくなってしまいました。

店員さん「いや、でもね、こういうきっかけがないといけないと思うんですよ。食べてみて、あ、割と食えるね、地球のために今後は買ってみようかなってならないと皆食べないでしょ」
って言うから、言い返してやったんですよ。
「それは、お客さんに『こんなのありますよ。試しに食べてみますか』って提案すればいいだけじゃないですか」って正論をぶつけてやりました。
僕じゃなくて、編集部の子が。

店員さん「うんうん、なるほどね~。そうだね。それもいいかもね」で急なタメ語を発し、後はダンマリです。明らかに機嫌が悪そうです。
店内の空気は最悪なのでお会計をすることに。

経費が出るんで、とのことでごちそうになることになったのですが、編集部の子が2400円の会計に対して1万円札を出したら

「すいません、うち、万券取り扱ってないんで。千円札でお願いします」って言うんですよ。
これ、完全にNGじゃないですか。
だって、どこにも書いてないんですよ。
「現金のみ」とは書いてますが、「お札は千円札のみ」って。そんなこと書いてない。
「おつりが不足しております」的な理由で一万円での会計嫌がれるときありますけど。たぶんコオロギクッキー論破へのあてつけなんですよ。だって、決済は現金のみ・1食1200円のカレー屋さんでおつりがないことありますかね。考えられないですよね。
そこで僕が「3000円からお願いします」とお支払いしまして。
チラッと見えたレジには1000円札あったけど、それには触れず。
「領収書お願いします」ってお願いしたら「領収書すか?いいでけど、ちょっと時間かかるかな。うち、領収書ないんですよ。15時にランチタイム終わるんで、それからでもいいですか」とか言うんですよ。

もうめちゃくちゃ。
この場における僕って、ワンピースで言うとジンベエ的なポジションじゃないですか。スラムダンクで言うと小暮君。いつも冷静で、すぐに熱くなるルフィや桜木の暴走を止めたり助言するタイプ。一緒に熱くなってはいけないのです。
だから、いったん「あ、じゃあ領収書いいです!レシートだけください。ごちそうさまでした!」と伝え、すごい不服そうな編集部とココ壱に行きました。チキン煮込みほうれん草カレー・チーズトッピング。めちゃくちゃおいしかったです。

人間だし、いつも機嫌よくいるのは難しいけど、少なくても客商売である彼は商売人として失格だなぁと感じたのですが、今回僕がそれ以上に考えたのは、コオロギのくだりでこの編集部の子が先に喋り出さなかったら、僕はどうしてたんだろうなということです。
咄嗟の場で、この子が喋り出さなかったら一回り以上年上の僕は、何を言うべきだったのか。

そして、このシークレット昆虫色ですが、管理栄養士の友人に聞いたら本当にいけないやつでした。
その店のSNSアカウントに「昆虫クッキーですが、どうやら甲殻類アレルギーにとっては非常に危険らしいです。黙って食べさせたら最悪死にます。サプライズ提供はよした方がいいです」という旨を考え得る最も丁寧な言葉でDMしたら「いいね!」だけ返ってきました。

あれから数ヵ月経過。お店は閉店したのか分かりませんがずっと開いてないそうです。
突然いなくなるカレー屋さん、時々いますよね。

ありがとうございました
おしまい


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