鬼畜ゲーム・ブラウザ三国志の話(その1)
1日5分で遊べる鬼畜ゲーム
「ブラウザ三国志」というゲームがあった。
ミクシィというSNSが流行っていた時代に、そのコンテンツの中で遊ぶことができた、三国志をモチーフにしたシミュレーションゲームである。
「1日5分のプレイでOK!」…そんな宣伝文句がバナーに光っていた。多くのミクシィユーザーが「そんな短い時間で遊べるなら、ちょっと遊んでみようかな?」と手を出した。
三国志ファンはもちろん、ヒマを持て余す学生さん、忙しい会社員、果ては三国志をよく知らない女の子や主婦まで。うっかり登録してゲームをスタートしてしまった。そして果ては、あの大企業の社長まで。
さらに麻雀界隈では、福地先生やウヒョ助まで。
「うっかり手を出してしまった」という表現が正しいかもしれない。危ない薬に手を出す時は、いつもそんなノリだ。のちのち地獄のような泥沼の日々の中でもがくことになるなんて、すべてのプレイヤーが知らずにいた。
このゲーム「1日5分で遊べるゲーム」なんて、そんな生易しいゆるいゲームなんかではなかった。
「48時間、寝てはいけない鬼畜ゲーム」だったのである!!
無理なくマイペースに、自分の領地をジワジワ広げて、城や村を育て、武将カードを集めるだけなら、確かに1日5分コマンドを打ち込んで放置するだけで、ゆったり遊べるのだ。
しかしこのブラウザ三国志、かなり本格的な戦争シュミレーションだったのである。一晩寝て翌朝目覚めると「誰かに侵略されて焼け野原、すべてを奪われている」…そんな非情すぎるゲームだったのである。
一人で遊んでいると、確実に狙われて潰される。なので個々のプレイヤーたちが「集まって強くなって、この乱世を生き残ろうぜ!」と固まり始める。そしていつしか数百人の大所帯。そんな大国があちこちで生まれ始める。
もうこの時点で、人類の文明の始まりがシミュレーションされているのである。大国がいくつもできれば、広大なマップの中とはいえ、次第に領地争いでモメ始める。
「おまえの国の兵士が、勝手にうちの領地で暴れたそうじゃのう。どう責任取ってくれるんだ、うちと戦争するかオウッ!? 詫びれやコラッ!」
「うちのバックには、あの大国がついておるんじゃ。同盟組んでおるからのう! やるんだったら、やったるでえ!」
ヤクザのシマ争いと1ミリも変わらない。
数百人のチームを束ねる、組長同士の外交書簡も白熱してくる。
同盟といっても、ヤクザとヤクザの形だけの契りと変わらない。お互いの国同士、いつでも裏切る気で満々である。戦争が始まる前の駆け引き、プライドのぶつかり合い、疑心暗鬼でバチバチしている。
チームメイトの大勢の兵士たちは、世界の情勢を眺めてハラハラしている。
なにせ天下統一を争い、1シーズン6ヶ月の長いゲームである。
その間にコツコツと、花壇の花を大事に育てるように、自分の城や村を育ててきた。さらにガチャで大金ぶっこんで、武将カードも育成してきた。
そのかけた時間と金と労力、いざ戦争で負ければすべて水の泡なのである。
しかも戦争で負ければ、自分の育てた村が、敵国の兵士の手に渡り。さらに「おい、おまえの育てた村、住み心地いいな。俺のために頑張って、こんな大きく育ててくれてありがとよ、ヒャッハー!」みたいなメールが届くのである。負けた方は、ガチで血の涙が出る。
なので、兵士たちはピリピリしている。
ピリピリが限界に達すると、同じ国の仲間同士でも争いが始まる。
「領地の配分がおかしい!」「あいつ敵国のスパイじゃないのか?」「俺ばかり働いている!」「ボス、ちゃんと外交してるのか!」「我慢できねえ、戦争しようぜ!」「バカ、戦争はまだ早い!」「あいつを役職から降ろせ!」
激しい国内の権力闘争である。
ボスの器が小さい国ほど、中身はグッダグダ、勝手に崩壊する国もある。
兵士それぞれは戦争に負けたくないので、どんどん金をつぎ込んで、強い武将カードを作る。敵国が奇襲してくる兆候はないかと、ギラギラした目で地図やログを眺める。空き地を敵より早く奪うため、1秒の遅れもないようにコマンドを打ち込む。
戦争が始まっていないうちから、もう寝てはいられないのである。
さらに戦争がいざ始まれば、もう大変である。
会社になんて行っていられない。
分単位、秒単位でコマンドを打ち込む。1秒の遅れが敗因になることが多いからだ。仲間と連携して攻防するために、たくさんの戦略指示のメールが矢のように飛んでくる。どんどんめくられていく領地を、地図で1分ごとに確認しなくちゃいけない。自分のミスで、仲間が死んだりするからだ。
「今、会社で大事な会議の最中ですが、トイレ行くふりして戦っています! ウンコを装って、あと10分粘れます! 指示ください!」
「お母さん、もうブラウザ三国志やめて!と、娘に泣かれました…」
「敵プレイヤーの中身を見つけました。実際に会ってきて脅します!」
もう地獄絵図である。
こんな人間を狂わせるゲームが今までにあったであろうか。
わしはハッキリ言う。
人生で、一番面白かったゲームは何か?
1位が「麻雀」である。これは揺るがない。
しかし「ブラウザ三国志」は殿堂入りである。
もうゲームではない。
人間の憎悪や欲を、国家が戦争に発展する様子を、そのままシミュレーションした、人類研究ツールである。
ドワンゴの最強チーム「ドワクエ」
「このゲームはやべえ!」とブラウザ三国志が噂され始めた頃、ある大企業の社長が「面白そうだな」と乗り込んできた。
ドワンゴのかわんご社長である。(当時)
その幹部社員たちも「俺もやります大将!」とゲームをプレイし始めた。まるで、曹操とまわりの豪傑たち…みたいな図である。
やはりエリート社員たち、お金をいっぱい持っているだけあって、一般プレイヤーでは信じられない大金を、武将カードに注ぎ込む。
戦争で大事なのは、経験とテクニック、そして何より持っている武将カードの強さである。その強さにまわりは追いつけなかった。
あの大企業ドワンゴが国を作り始めた、そして本気モードでかなり強い。そう知ると、大勢のプレイヤーが「ははーっ! 殿、自分も仲間に入れてください!」とワンサカ集まってきた。それはそうである。強い大国の一員になれば、戦争に負ける恐れもより少なく、安心して平和に6ヶ月後のゴールを迎えられる可能性が高いからである。
腕自慢の荒くれ共が、ドワンゴに忠誠を誓い、我も力を貸すぞと飛び込んでくる。そんな強い野武士の一人が、福地先生であった。
数百人の大きな国となった。それだけの人数を、モメゴトもなく治めるのはかなり難しい。しかしそこはさすが大企業の社長である。チームリーダーで、その国のトップの皇帝である「かわんご社長」は、そのカリスマ性で見事に平和に統治した。
「ピリピリ怒らない」「チームメイトに優しい」「つねに冷静で穏やか」「楽しい人柄で、楽しいムード作り」「敵国との交渉の仕方が大人」「なんか、とにかく頭良さそう」
大国のリーダーとして、教科書のような人だった。
強い荒くれ共が大勢集まっている上に、ちゃんと統率が取れているのである。国家としてパーフェクトであった。強い国の条件をフルで充してる。
かわんご社長は、その大国の名前を「ドワクエ」と名付けた。
ドワンゴが作り出した、大所帯の巨大帝国「ドワクエ」は、天下統一に最も近い、ブラウザ三国志史上で最も強大な国となった。
数万人がプレイできる広大なマップに、大きな城塞が7つある。洛陽や長安など、三国志の時代の大都市の城塞が7つ。
その7つをすべて攻略し、自国の所有とすれば「天下統一」である。
いまだそれを成し遂げられた国はいなかった。
戦争につぐ戦争、バタバタしてる間に6ヶ月のシーズンが終わってしまうからだ。お互いが持つ、城塞の奪い合いの最中でゲームが終了することが多かった。
しかし、史上最強のドワクエなら天下統一できるのではないか?
そんな噂でザワザワし始めた、シーズンの序盤であった。
盗賊ウヒョ助、捕まる。
ブラウザ三国志をスタートすると、広大なマップのどこかにランダムで、小さな城の所有者として生まれ落ちる。そこが自分自身の本拠地である。
基本、近くに生まれた者同士で「仲間にならない?」「身近な大きいチームに一緒に入らない?」などと、すぐに固まり始める。いつまでも一人でいることは、いつかは大国に潰され滅亡することを意味するからだ。
そしてある程度、人が固まり、各地で小国が完成しはじめると。
次は、世界各地にある「7つの城塞」…そこに隣接する領地を奪いにいく「スピードバトル」が始まる。
天下統一に必要な城塞を攻略するには、その城塞に隣接する、まわりの8つの領地のどれかを持っていないとダメなのだ。すぐ隣に領地がないと、攻撃できないシステムなのだ。
やがて国が大きくなって、兵力をかなり持ったゲーム終盤。チーム全員での総攻撃でやっと倒せる城塞。攻略はまだまだ先、数ヶ月後だが、その「攻略する権利」となる領地は、早いうちからゲットしたい。
それを急いで各国が奪い合うのが、序盤の盛り上がりだ。
そこをどこよりも先にゲットできた兵士は、仲間内でもヒーローとなる。
各国の早足のエース「最速城塞タッチ部隊」が、連携しあってライバルと競争をしている。仲間と連携したほうが、スピードが段違いに早いからだ。
ある城塞に向かって、3国くらいが一番乗りを目指し競争している中。
どこの国にも属さず、たった一人で、その競争に混ざってるキチガイがいた。たった一人なのに、めちゃくちゃ足が早い。下手するとコイツに奪われそうだ。何者だアイツ、意味がわからないとまわりの国々がザワつき始めた。なにせ城塞はたった一人では、攻略できないのである。
各国が欲しがっている領地を、奪おうとしている一匹の謎の盗賊。
ウヒョ助である。
チンチン丸出しで馬で駆けてく盗賊を、まわりの国々は「どうせ1匹だから、殺して領地を奪ってしまおうぜ」と半笑いで眺めていた。
しかしその時「あの子、面白いな。誘って仲間にしちゃおうか」と言っていた、小さな国のボスが一人いた。まわりの幹部も「いいですねえ」と笑っていた。
そのボスは「タン爺」と名乗る、某大手メーカーのエリート社員であった。
たいがいチームリーダー、国のボスには、誰よりも経済力のある、カードの強い男がなる。金持ってるヤツは仕事もできる…の理屈だ。
社長、一流企業の社員、医者、時にはガチモンのヤクザ。肩書きがごっついヤツらばかりである。
タン爺からの書簡がウヒョ助に届いた。
「うちの国に来ませんか? ボクらと一緒に楽しく遊びませんか?」
盗賊ウヒョ助は、焚き火で鹿肉を炙りながら、脂まみれの指で
「わしはどこにも頭を下げる気はない、フーハハハ」と返信。
ゲラゲラ笑って、さらに馬を走らせる盗賊。
ただの嫌がらせである。
しかし、やはりチームで連携してる国々には、個人では叶わない。
ギリギリのところで、城塞の隣接地8つを各国にキープされてしまった。
盗賊ウヒョ助、すなわち、わしの負けである。
チンコをぶら下げたまま、途方にくれていたウヒョ助。
しかしそこに一通の書簡が届いた。
「ナイスファイトでした。もうこのへんで、ボクらの仲間になりませんか。みんな歓迎します!」
タン爺からである。
殺されてもおかしくなかったのに、三顧の礼のような丁寧さである。
「少し考えさせてくれい…」
しかし、わしはその時、ゲームとはいえ、ちょっぴり感動していた。
(おうし、わかった。このウヒョ助の力で、あのタン爺とやらに、天下を取らせてくれようぞ…!)
この時はまだ、のちに最強のドワクエを倒し、天下統一を成し遂げることになる「土佐藩」という巨大ライバル大国。
その2代目の皇帝の座に、タン爺が座る日が来ることを。
そして最後の皇帝の座に、あの日、馬を一人で走らせていたフリチンの盗賊が就くことは、誰も想像していなかったのである。
(つづく)↓
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