矢木羽研 様 「トムとライラの道中記 ~挫折ヒーラーとウェアウルフ少女の物語~」 の感想

作品URL: https://kakuyomu.jp/works/16817330652722918070


※以下は私の好みを反映した感想です。
 こうなればもっと良くなるのでは? という部分も書いていますが、この手のファンタジーの素養はあまり無いし、作者様の書きたい部分から外れた意見も多い可能性もあるし、正解とは思っていません。
 あくまで、「真面目に読んだ1読者の思ったこと」です。

 なお、感想の性質上、ネタバレだらけです。
 ネタバレを避けたい方は、今すぐに上のURLから作品を読んできてください。
 
【好きな部分・良い部分を列挙】
1) やはり一番は首輪。飛竜との戦いって、ライラが守ってくれたこと、巫女の力が聖剣として発現したこと。二人を象徴する絆なので。
記憶を失っても(=レーテ川を渡っても)切れない絆としてありつづけるのって凄い。討伐報酬からのアイテム作りに時間をかけていたので、何かあるとは思ったけど。最後の最後で出したのはとても良いです
 
2) 食事。おいしそうだし、文化、町の空気感、人の性格など、そういうのが見えてくる小道具としてすごく良く機能してる
 
3) 「追放もののアンチテーゼである」部分。トムと仲間たちが信頼しあってるのが見えるし、残された仲間だけでもトムだけでも世界は救えない。やはり仲間のために全力を尽くすって大事。あと、出てくる人物はみんな他人思いなのもいいなーと。
 
4) 文章が。素晴らしく読みやすい。ある程度説明が長くなる部分でも、ストレスなく読み進めることが出来る。情景描写が最小限だけど、周りの風景がイメージしやすいのも凄い。世界観が作者様の中で確固としてイメージ出来てるんだろうなと。12万文字も読んだ感じがしなかった。最初から最後まで一気に読める
 
5) 主役の二人のキャラがものすごく立ってる。完全にイメージ通りの動きや言葉で物語が展開するので、しっかり感情移入できる(これっていわゆるナーロッパ系の作品ではあまり見ない長所)。主人公を少しだけ俗っぽいイメージにしたのがハマってる気がします。
【読み手目線で感じること】
 
(1) 登場人物(トム&ライラ以外、登場順、24話まで)
 ① ゴルド卿
【序盤】 出来るリーダー。国の未来を考える力、領主としての能力と腕っぷし、こんな人が実際にいたら安心感が凄い
【終盤】 イメージに変化なし。やはり行く先々でゴルド卿の評判や功績が出てくるというのがキャラの印象をどんどん強固にしてる

 ② エル
【序盤】 いい奴。パーティーでの立ち位置はトムとかぶってる? 完治を使えるので、神官としての力はトムより上
【終盤】 神官としての力、経験、立ち居振る舞い、みたいなものはやはりトムよりも上に見える。

 ③ アラン
【序盤】 後輩キャラ。最前線で戦えるし治療も出来る。イメージは勇者
【終盤】 覚悟決まってるし、それでいて年長は立てようとするし、ものすごくいい若者、って感じ。オリバーの理想形って感じだけど、多分、オリバーはこうならない

 ④ エレナ
【序盤】 なんか凄そうな魔法使い。いじられキャラっぽい。でも200歳のエルフと恋仲って。エルフ側は一体どういう経緯で好きになったんだろ。
【終盤】思ったよりずっと凄い魔法使いだった。混沌の獣を倒せたのも無事に帰ってこれたのもエレナがいたから。序盤でこの凄さがもう少し伝わってたら、若手たちが目指す力の形がもっと具体的にイメージできたかも。とは思った

 ⑤ イザ
【序盤】 立ち居振る舞いが忍者っぽい。色々なアイテムを使えるのもFFの忍者だし。魔術学院中退で忍者って、なんかバックグラウンドが凄そうで、努力家に見える
【終盤】 イザしか出来ない仕事っていうのがあまり無かったので、最終的には便利屋みたいな印象になってしまってるかも。掘り下げようとすれば出来たキャラではあると思う

 ⑥ オリバー
【序盤】 「少年」っていう呼ばれ方も相まって、とても若そう。実力差が見えないところも、一度倒されても何度も向かってくるところも。だけど酒場でエール飲んでいいの?
【終盤】 農村にいる気のいい兄ちゃんみたいになってて、そっちに成長したか!! って印象を持った。しかし、少年は短時間で随分成長するのね。時間経過を印象付ける舞台装置みたいになってる。良くも悪くも。

 ⑦ メリナ
【序盤】 オリバーと比べて落ち着いてるので、ちょっとお姉さんっぽい。オリバーとの比較で、なんか出来る人っぽく見える
【終盤】 何だかんだ、オリバーのこと好きなんやね

 ⑧ ジャック
【序盤】 なんだか存在感が凄い。「出来る弓使い」枠の人が他にいなかったし、なんかアメリカンなハンターっぽいし、キャラが物凄く立ってる
【終盤】 イメージに変化なし

 ⑨ ポール
【序盤】 真面目そうな魔術師。なんかメガネかけてそうなキャラ。こういう真面目少年もこれまで出てきてないし、インパクトが凄い
【終盤】 最強の付与術師では? 激レア能力みたいだし、何なら最終版でもゴルド卿パーティの力になれたのではないか、というイメージがある
 
序盤と終盤でイメージが乖離してるキャラはいなかった。メリナは終始、オリバーとセットなイメージであまり表に出てはこなかった
 
トム&ライラ除く登場人物の中で登場段階からキャラが立っていたのは、
・ゴルド卿 →この手のパーティにはあまりいないからと思う
・エレナ  →逆に、これ系のファンタジーでいそうなキャラだから?
・オリバー →生意気っぽいし努力家だし、あってほしい少年の姿
・ジャック →明確にトムを導いてくれそうだし、キャラとして目立つ
・ポール  →この人好き。真面目な魔術師っていいよね
 
「最初からパーティー5人を一気に出す + パーティーを抜ける」って、やっぱりパーティーメンバーを立たせるのがすごく難しいと思う。通常の勇者パーティーなら、道中で戦いながらキャラを紹介していく手法が使えるけど。
 時々出てきた「回想でキャラ紹介」を、もっとしつこいくらいに、エピソードも濃くやるとキャラが立ってくるのかな。と思った。特にイザ
 最初に書いてあったように、1話に戻りながら読んでも良いかもしれないけど。私は海外ミステリーでもあまりそういう読み方しないです。イメージがごちゃつくので
 
 
(2) 読みながら、読者はどんなストーリーだと想定したか?
【3話】トロルとの戦い
めっちゃ書き込まれてる。バトルしながら強くなっていく話?
 多分、チートスキル持ちとかではないだろうけれど

【4~6話】ライラと町を回ったり、服を買ったり。デート回。
馬に乗るためのキュロットを仕立てる話まであるので、二人でイチャイチャしながら進んでいく感じ? 恋愛メインのファンタジーになるのだろうか
ライラの好意がどんどん増してる感じも見えるし

【7~9話】色々な説明がある。
異変の話、冒険者ギルドとパーティーの役割分担の話。
異変は確かにストーリーに関わってきそう。
冒険者ギルドの話も並行してるってことは、異変と同程度に重要なのかな

【10~13話】駆け出し冒険者に指導する回
冒険者ギルドの説明もしてたし、むしろトムは教える側?
勇者みたいなのを育てて、一緒に異変に立ち向かうのかな

【14~15話】新必殺技的なやつ
トムも当然強くなるよね。じゃあやっぱり、駆け出し冒険者を育てて一緒に旅立つ感じかな

【16~21話】装備を揃えて、修行をして
駆け出し冒険者3人とも強くなってる。全員で飛竜を倒す流れだよね

【22~23話】飛竜とのバトル回

【24話~】 仲間たちと再合流
何だかんだ、初期パーティーの完成度って最強だったよね

 
(3) 食事がおいしそう
 ・モツ入り麦粥
 モツのおいしさはかけた手間そのもの。宿屋のマスターはいい奴
 ・寒村の朝食
 後で言及されるけど、チーズが出てきたら良い朝食。
 ソーセージを持たせてくれることからも、マスターも息子もいい奴
 ・羊の串焼き
 材料が無いなりに工夫してるなら、おいしいに違いない。こういう屋台が出てる町って、すごく賑やかそう。夏祭りとか、ビアガーデンとか、台湾の夜市とか。そういう楽しい空気を感じる
 ・途中の町の朝食
 焼きたてのパンっておいしいよね。
 でも確かに、狼は豆食べないね……
 ・冒険者ギルドの朝食
 バターやらベーコンやら。ギルドは儲かってるのが分かる
 ・ゴルド卿の質実剛健料理
 畑の作物がいっぱいとは言うけど、トム、肉しか見てないね……この辺の俗っぽさがトムなのでしょう。
 
 
【気になったことを列挙】
・14話「回復術の反転」
 ジャックは当たり前に回復術の反転を飛ばせると疑ってなかったけど、素人目には風刃とか聖炎のほうがよっぽど飛ばせそうに見える。ジャックは弓使い的な視点で、「反転回復は飛ばせる」って分かったのだろうか。でも見るのは初めてらしいし。
 
 (これだけでした)
 
 
【この作品の構造は】
 ① 1~23話: トムと仲間たちの成長
パーティーメンバーとしてのトムが実力不足を痛感してから、仲間を得て、一緒に強くなっていく部分。
 
 ② 24話~: 仲間たちと再合流して、《異変》に立ち向かう
巫女と聖剣の力を得て強くなったトムが、最強パーティーに欠けていたラストピースになって世界を救う部分。
 
(1) トムとはどういう人物?
 聖印を返還はしたけれど、「誇らしいのは、飛竜討伐よりもむしろ誰も死なせなかったこと」→やはり精神性は神官のまま。それは24話以前も以後も変わっていない
 
(2) トムが成した功績は?
 ・飛竜討伐、よりも、「誰も死なせなかったこと」
→冒険者を鍛えたこと。特に新入り3人
 ・混沌の獣を葬ったこと
 
(3) トムの成長とは?
 ライラの好意を正面から受け止められるようになったこと。
 →最も成長に寄与したのはオリバーとメリナ。彼らの仲の良さ、結婚するという決意、のようなもの
 すなわち、この物語は、
 1) 一度、天職である神官職を形の上で辞したこと
 2) 一度、力を認め合ったパーティーを抜けたこと
 で、知らなかった世界に一度入ることで、
 1') 神官職として、さらに(人間的に)レベルアップできた
 2') さらに力を付けて、パーティーに戻ることが出来た
 
 というもの。
 やはり決意を持って何かをやるって力になるよね。というメッセージを感じる。
 
 
【構造を踏まえて、好みの話】
 
 私の好みを書くと、気になるポイントが二つ。
 
1) 1~23話の展開スピード
 
 飛竜撃退まではトムの迷いが作品に反映されてる。
 それは感じます。
 読み手目線で感じること(2) に書いたように、トム自身が何したいかを分かっていないので、読者的にも、あれ? 何の話? って迷ってしまうかも。追うべきはトムの戦闘力強化なのか、ライラとの関係なのか、新入りの教育なのか。
 でも、それはそれでトムへの感情移入(=長所)でもあり、一概にダメなわけではありません。劇場版のエヴァQみたいなもの。
 問題なのは、ここで世界観の説明が多く入りすぎることで。ここで集中が途切れる可能性があるなーと思いました。
 読者はトムに感情移入してるはずなので、この部分をトムがライラに教える形にするとか(ライラとの仲を深めるイベントにもできる気がします)、冒険者ギルドの成り立ちはオリバー&メリナに教える形にするとか(メリナのキャラをもっと強く出来る気がします)。何なら学院に関連してイザのエピソード回想とか入れたい気もします。
 トムの口から教えることで、トムの教育者としての側面(=功績)部分に強くスポットを当てられるかも。
 
 
2) 新入り冒険者3人の、24話以降の扱い
 
 完全に私の好みですが。
 
 この作品、実は、24話以前と以後で全然別の話になってるんですよね。
 前半: 冒険者を鍛えました。
 後半: 混沌の獣を倒しました。
 
 前半は、トムの功績。
 後半は、トム&ライラ含めたパーティーメンバー全員の功績。
 
 それとは別に、最初から最後まで1本の線として繋がっているのがライラとの関係。
 前半: 好意を寄せてくれるライラを受け止める覚悟ができた。
    (オリバー&メリナとの関係が影響)
 後半: 聖剣の勇者&巫女として、ともに世界を救う役割
    (世界から与えられた運命として)
 
 前半は間違いなく、トムが能動的に動いた結果得た強さだけど、後半はどちらかというと受動的。既にある関係を補強するくらいの感覚。
 ということは。
 トムの功績、努力、成長、を象徴的に示しているのって、じつは前半。この前半の凄さを私ならもう少し印象的に使いたいと思いました。
 RPG的なレベルアップの面を見ても、最終的には反転回復も(外法だからということもあり)使わないし。
 
 物語的に、トムの功績と成長を見せるならば。やはり象徴的な3人の冒険者を使うと印象的になるのではないかと。
 
(A) 何らかの形でゴルド卿パーティーの力になるパターン
 
 ・ポールの永続付与魔法
 アランはともかく、ゴルド卿とイザの武器を強化しておいて、「攻撃力が上がった!!」とか、「危機的状況で救ってくれた」とか。
 
 ・オリバー
 何ならオリバーが聖剣の勇者二人目でも良かったのではないかと思います。
 飛竜戦の最終盤、ライラがトムを助ける → トムがライラに一瞬気を取られる → 危ないと思った瞬間にオリバーが飛んでくる
 みたいな流れでオリバーの剣が強化されるわけですね。
 別に、勇者と巫女は繋がってなければいけないわけでもないし……アランの犬もゴルド邸で飼われてたし……
 でもNTRみたいで微妙なのかな。とも思いつつ。ライラは「勇者なんかよりもご主人様のほうがいい!」とか言いそうだし。
 ただ、オリバーはやはり、トムの成長・功績の一番の象徴として、何らかの役割を担わせたい感じがします。
 
(B) 別動隊として村とか中央都市を救うパターン
 
 るろうに剣心の10本刀に弥彦とかが立ち向かうみたいな……?
 混沌の獣の意思でモンスターが攻めてきて、という感じ。
 
 いずれにしても、「トムが残したもの」にフォーカスを当てることで、神官としてのトムが元々持っていた力を読者にも、パーティーメンバーにも印象付けておきたいと思いました。
 飛竜戦は、トム自身が否定した「バトル面での自分の強さ」が表れただけだし。それは神官としての力ではないし。勇者になったのは運命を受け入れただけで、トム自身の強さではないし。
 
 
【最後に】
 
 色々書きましたが、とても面白かったです。
 自分の好みで、こうやりたい! とか思いはじめるのって、もはやファンアートの領域だし。そんなふうに思わせるくらいに力を持った話だと思いました。
 あまり私はこの手の作品を読まないのですが、最後までストレスなく読めたのは驚異的。どれもこれも、トムとライラの性格が魅力的だからかと思います。
 何だかんだ、この作品を支えているのって、ライラの前向きな性格だと思うのです……主役を愛せる物語って良いですよね。

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