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シビュラシステム統治下の社会における言語政策と言語教育――移民への同化政策と日本語教育、あるいは鎖国体制下での外国語の維持

サイコパス3期が突如開国に舵を切った割に、作中で移民についてほとんど語られなかったので、個人的な考察メモ。

①公用語について

国の公用語を制定するということは、きわめて重要な意味を持つ。
例えば、現在の日本に公用語はない。その必要がないからだ。日本国内において、日本語の地位は圧倒的で、脅かすものは存在しない。だから公用語に制定する必要もない。

よく混同されているのを見るが、公用語(offitial language)と母語(mother tongue)、母国語(national language)、第一言語(first language)はいずれも全く意味が違う。

公用語は法律で定められるもの。その国の教育や行政で用いられる言語。

母語は言語学上の用語で、生まれて初めて接した言語で今も使用できる言語(バイリンガルの子どもにおいては母語を定義するのはとても難しく、母語交替という現象もあるがここでは割愛)。

母国語は頻繁に母語と混同されるが、これはより政治的な意味合いを含んでいる(個人的には、純粋な言語の話をしているのに母国語という言葉を使っている文章はすべて信用ならないとすら思っている)。

第一言語はその人が最も得意とする言語。日本国内では母語=第一言語のパターンが多いが、世界的に見れば母語と一致しない場合も多い。たいていの場合、教育を受けた言語が第一言語になる。

作中の公文書はすべて日本語だったので、公用語(もしくはそれに準ずる言語)は日本語のみだろう。
移民を入れたからといって英語やら中国語を公用語に制定するわけもなく、移民に日本語教育を施すのが筋というものだ。

アメリカは公用語を制定していないが(州ごとには制定されている)、Spanish系が増えたのに危機感を覚えて公用語に英語を制定しようとする動きがある、と聞いたことがある。
公用語がなかったので制定しようするというのは、そういうきっかけが必要だ。

今の日本では公用語は制定されていないが、小説版で日本語が公用語に制定されているらしき描写が確認できる。
本当に公用語を制定したとするなら、事実上の公用語として君臨する日本語を、開国政策に転じたのちに公用語に制定したのだと思う。
公用語に制定することで、増える移民たちに対してより厳しい日本語教育を受けさせる大義名分にし、移民にもその事実を突きつけることができる。つまり、移民が増えたことを契機に制定した可能性が高い。

②バイリンガル政策

小説版で炯が「公用語である日本語と英語の他に母語であるロシア語が話せる」というような記述があった。
ここから少なくとも日本語は公用語だろう。英語が公用語なのかは解釈が分かれるところだ(該当箇所の日本語が少し悪かっただけでたぶんないと思う)。
なので、一応日本でのバイリンガル政策を考察する。

現在、カナダやベルギーはバイリンガル政策を実施している。カナダは英語とフランス語、ベルギーはフラマン語(オランダ語系)とワロン語(フランス語系)。スイスに至っては4言語が公用語。

カナダやベルギー(あるいはスイスとか)を見れば一目瞭然だが、バイリンガル政策には莫大な予算と労力がかかる。
まず、公文書をすべてその言語で書く必要がある。また、義務教育で教えなければならない。これこそが公用語を制定する意味なので、当然と言えば当然だのだけど。

カナダのバイリンガル政策について少しやったことがあるので、以下はカナダを例にしていく。

カナダのバイリンガル政策はベルギーやスイスとは少し事情が違う。
歴史的に見れば、まずフランスの植民地であったところがイギリスの植民地になったので、追いやられてケベックに集まったフランス語系の人たちを保護するのが目的。
街中の看板は二言語併記を義務づけられ、ケベック州ではフランス語より英語の字を小さくしなければならないという決まりさえある。聞いたときは本気かよと思ったけど、実際にケベックに行った時に確認したので事実です。

教育でいえば、母語がどうであれ、英語とフランス語は全員が履修する。スイスは4言語とも履修するそうで、ものすごく大変そう。
ついでに言うとバイリンガルに育てるための学校もある。
なぜかと言えば、カナダの公務員試験は英語とフランス語で実施され、英語系の人でもフランス語の試験を通れないと昇進できないのである。大変ですね。

カナダにしろベルギーやスイスにしろ、歴史的に多言語を併用してきた地域だからこそ、バイリンガル政策をとっている。歴史的に他の言語を統合して日本語を確立した地域において、バイリンガル政策はきわめて強い反発を招くし、土壌がないから定着もしないだろう。
日本は明治期に始めた同化政策をほぼ完遂したので(方言札は苛烈だったし、アイヌ語は滅ぼされた)、たとえ100年後だろうと移民が少し入ってきたくらいでは方向転換しないと思う。
なので、日本で英語を公用語に制定する可能性はゼロ。そんなことをしても英語を学ぶ動機付けにはならない。というか、鎖国しているのなら一般人が英語ができる必要もない。
言語習得においては、動機付けがいちばん大変なんですよね。

そもそも、公用語に追加されるのが英語というのがちょっと疑問だ。
英語が世界共通語たる地位を確立したことは疑いようもないが、話者数で言えば圧倒的に中国。そしてスペイン語、アラビア語も引けを取らない。
日本に流入する移民(難民)は朝鮮半島と中国からが大部分を占めるはずだから、公用語を検討するなら中国語だろう。画面映えを優先してか、白人や黒人が多かったが、中国系とおぼしき移民もいた。

でも、中国のバブル経済崩壊を契機とする第三次世界大戦(うろ覚え)で世界情勢が混乱しているから、外に打って出るなら世界共通語たる英語が第一の選択に上がる可能性は否定できない。
seaUnは東南アジアだったけど、東南アジアなら中国語、フランス語も必要ではないかと思ったりもする。シンガポールやマレーシアは華僑が多かったはず。とは言うものの、英語の通じる地域でもある。大英帝国様とんでもない。

こうして書いてみると、中国語って使用話者数のこともあるけど、地域で見ても強い。それ以上に大英帝国が強すぎるけど。

③鎖国体制下での英語教育

朱が英語を話せていたので、鎖国体制下でも英語教育は生きている。
シェイクスピアが桜霜学園で教材になっているから、少なくとも英文学は滅びていない。漢文みたいな感じで文化的遺産として残されているのかもしれない。
(今気づいたけど、漢文の授業もあるんでしょうか)

言語政策としては日本語一強の立場を堅持するはずなので、外国語の授業が消滅していてもおかしくない。
ただ、鎖国しつつも政府高官は海外の情報収集を欠かさないはずなので、中学校での英語教育は残っていそう。シビュラ判定に従って進学した幹部候補生にだけ高度な英語教育を施しているとか。

一般人には不要なのは間違いないので、特別に優秀でサイコパスのクリアな幹部候補生のみに英語を教えていた線が濃厚だと思う。
桜霜学園くらいしか学校が出てこないので想像だが、シビュラによって子ども一人一人に最適化された教育が施されているような気もする。朱は将来有望だから、一人だけカリキュラムが違っていてもおかしくはない。

ここで問題になるのは、鎖国体制下での教員の確保だ。
なにせ鎖国しているので、日本人ばかりである。英語を母語としない人間が英語を継承していくとなると、世界で通用する英語とかけ離れてしまう(詳しくは「継承語」で検索してほしい)。
考えられるのは、英語系の移民を教師にしている可能性だ。母語話者が自ら日本に亡命してくるのだから、供給には事欠かない。金持ちを優先して準日本人にしているような描写もあったし、母国で高等教育を受けた優秀な人材を語学教師にしているのはありうる。

となると、語学教師はシビュラに選ばれた者だけがなれる、移民たちの憧れの職業になっていそう。出島に閉じ込められることもない、社会的地位も高い、ある意味でトップクラスの就職口。
日本語は堪能だろうが、母語を捨てさせられることもない(それはそれで別の苦しみがあるけど)。

もしバイリンガル政策を施行するなら、公務員は全員バイリンガルでなければならないから、キャリア公務員向けの語学学校の需要が生じる。それに伴い、英語母語話者の移民の働き口も生じる。

バイリンガル政策はともかく、シビュラシステムの輸出を考えているなら、外国語教育は必須であることに変わりはない。
英語、中国語、スペイン語、フランス語、アラビア語、ロシア語あたりの教員は確保していると思う。一度教育を途絶えさせると大変だから、細々と出島から移民を見繕って維持していたかもしれない。

軽い読み書き中心で一般人に教えて、幹部候補生には会話やより高度な教育を。為しうる者が為すのだから、そんな風にカリキュラムが区別されているかもしれない。
言語教育には非常に長い時間がかかるし、鎖国体制下での教員の確保もかなり大変だから、途切れないように続ける判断をしていると考えるとそう不自然でもない。

④移民への日本語教育と同化政策

シビュラシステムは基本的に同化政策をとる。これが大前提。
しかしながら、日本に帰化した移民を「準日本人」と呼ぶことで、同化させても異邦人扱い。1期のときから感じていたが、これはとても残酷だと思う。
サイコパスがすべてなので、生活の仲ではあまり問題にならないのかもしれない。1期やスピンオフだとあんまり差別されているような描写は見られなかったが(話の本筋ではないし)、3期では準日本人の炯が差別されているので、なかなかにきつい設定だ。

シビュラシステムの敷く同化政策は、移民を日本人になるよう徹底的に「教育する」。
となれば、かなり厳しい日本語試験が課されているのではないだろうか。他にもおそらく日本の風習を叩き込んで、名前以外は皇民化政策レベルでやっているはず。

クリアなサイコパスは最低条件で、それに加えて日本語試験をクリアしなければ日本国籍は得られず、そうまでして帰化を認められても「準日本人」と呼称される。
同化政策というのは(少なくとも1世は)同化させず、2世からが本番なので、そんなものかもしれない。血統主義が根強く、日本生まれの2世を名実ともに日本人に「育てる」のが目的。
これは戦前、広く行われてきた同化政策そのものだ。自国の公用語を学ばせる以上に、移民の子どもの母語を捨てさせるのが最終目標。成人してから母語を捨てることはできないから、その子どもたちを対象にする。

母語を維持したまま高い地位を得る(だろう)移民の語学教師の立場は複雑そうだ。きっと「裏切り者」扱いされて心を病む人はいると思う。それはそれで見てみたい気もする。

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