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ユフィとスザク、時々ルルーシュの話(反逆のルルーシュ感想①)

※死別するまでセットでスザクとユフィの組み合わせが好きな人間が書いています。ルルーシュとスザクの関係については別途記事を書く予定なので、大幅に省略しました。
※個人的な感想です。テレビアニメ、総集編三部作、アキト、復活、小説版、ナナナを履修しています。

夢見るお姫様と被支配者階級の少年

『コードギアス 反逆のルルーシュ』は、主人公とライバル役の立ち位置を反転させたピカレスク物である。本来なら悪役だったルルーシュを主人公に据え、正統派主人公の要素を持ったスザクをライバル役にスライドさせて、物語は構成されている。
ルルーシュ側には多彩なヒロインが配置されているが、スザク側に配置されたヒロインはユフィだった。

国を滅ぼされたスザクは裏切り者とそしられながらも、国を滅ぼした支配者側のユフィに仕える。二人は心を通わせ、植民地化された国の自治を求めて手を取り合う。
かつては支配者側に属していたスザクと現在の支配者であるユフィは、共に高貴な血筋でありながら、兵士と皇女という真逆の立場に置かれる。過去の過ちの罰を求めてさまようスザク、お城を飛び出して無情な現実を直視しようとするユフィ――二人はキャラクターの背景設定としてもスタンダードだったように思う。

この二人はぴたりと噛み合っていて、『反逆のルルーシュ』がピカレスク物ではなかったならハッピーエンドを迎えただろう(残念ながらそうではなかったのだけれど、そういう変則的な構成がこの物語の面白さでもある)。
贖罪の果ての死を求めてさまようスザクに唯一まともな救いを与えられたであろうキャラクターがユフィだった。

深窓の姫君の苦悩

ユフィはブリタニアの第三皇女で、ルルーシュと違い、母親の家柄も十分のようである。年の離れた姉コーネリアからは可愛がられ、何の不自由もなく育っている。
小説版の方では「世界が平和になりますように」という作文を発表するという世間知らずなエピソードが披露されているが、事実、ユフィは絵に描いたような「世間知らずの心優しいお姫様」の側面があった。
しかしユフィは自分が「世間知らず」と揶揄されていることも知っており、なんとかしたいと思っていた。

テレビアニメはほぼずっとルルーシュ視点なので、ユフィの内心は小説版で大いに補完されていたが(ただし、小説版はあまりにも好き勝手しているので、あまり同一視するのもはばかられるが……)、彼女は自分が与えられる一方なのを心苦しく思っていたようである。
このような性格、境遇は「世間知らずの心優しいお姫様」として結構スタンダードだろう。彼女がスザクを連れ回し、シンジュク・ゲットーへ行こうと――せめて悲惨な現実を自分の目で見ようとするのも、割とありがちな言動である。

ユフィの行動はおままごとじみていて、「安全圏から悲惨な現実を見て知った気になろうとしている」という批判の対象になる。実際、ユフィは神根島で「黙ってろ! お人形の皇女が! 一人じゃ何もできないくせに!」とカレンに言われている。

彼女が世間知らずなのは事実だ。スザクをアッシュフォード学園へ編入させた件でも、その一端が見える。
もちろんユフィに悪意は全くない。だが、ブリタニア人向けの学校に被差別階級の人間を放り込むのは、「学校で普通の生活を体験してほしい」だけでは済まされないユフィのエゴだ。
自分は学生を辞めてしまったから、代わりにスザクに学校へ行って欲しいと願うのも、見方を変えればやはり彼女のエゴである。

アッシュフォード学園へ編入したスザクは、学園内で虐められる。これをユフィは想定していなかっただろう。よかれと思ってやったことが裏目に出てしまった一例だ。
しかしながら、アッシュフォード学園でスザクはルルーシュと再会できたのだから、その点ではユフィのお手柄でもある。
スザクが虐められることを予想できなかったのは、ユフィが世間知らずのお姫様だったからだ。でも世間知らずに権力を行使したから、スザクに日常が与えられ、ルルーシュと再会することもできた。スザクはどんなに虐められてもユフィに恨みなんて抱かないだろう(そういうところがスザクの悲しい性でもある)。

小説版のユフィは姉コーネリアと違って「まだ何も成し遂げていない」ことを気に病んでいた描写があった。何の不自由もない生活を享受するばかりで、義務を果たしていないからだ。その考えから、身の回りの世話をする侍女をつけず、自分だけで身支度をしていた。
コーネリアは武人として名を馳せ、シュナイゼルやクロヴィスも政治に携わっている。ユフィだけが学生で、守られて過ごして、可愛らしくあるだけで十分だと扱われる。
何かをしようとしても、何もしなくてもいいと優しく言われる。務めを果たそうとしても、それを取り上げられる――ユフィのそれも一種の不自由さであった。

裏切り者の葛藤

スザクはと言えば、ストーリー開始時から立場が非常に難しい。
彼はブリタニア側からは二級市民として蔑まれ、日本人からは裏切り者として蔑まれている。

ストーリー開始時のスザクはブリタニアに与している。
日本国最後の首相の息子であり、同時に旧支配者階級出身でありながら、ブリタニアに帰化している。あまつさえ、ブリタニア軍の名誉ブリタニア人部隊に所属し、日本人を弾圧する側に回っている。
ブリタニアの支配する国ではブリタニアこそが法だ。だからスザクのやっていることは間違いではない。だが、日本人の感情的には彼は「裏切り者」だった。
そこまでしてなお、ブリタニア側では純血主義が猛威を振るい、人種の違うイレヴンはたとえ帰化したとしても明確に区別される(小説版では軍の食堂も違う設定だったので、アパルトヘイト的な政策が行われているようだ)。

日本人(しかも最上流階級出身)でありながらブリタニアの走狗に成り下がり、同胞を弾圧するスザクは、ブリタニア人でありながらブリタニアと戦うルルーシュと対に置かれていた(ルルーシュとスザクの対比については別途記事を書く予定なので割愛します)。

スザクの内面はより複雑だ。
彼は意固地なまでにルールを遵守する。ルール=法に従おうとする一方で、彼の唱える正しさは奇妙に薄っぺらかった。一見して間違いではないのに、状況にそぐわないような、まるで借り物の正義を信じようとしているかのような印象があった。
物語が一貫してルルーシュ視点だったのもあいまって、何のために軍にいるのかもよくわからず、ますますスザクの内面は謎めいていた。ロイドに何故戦うのかを問われ、「死なせないため」と答える彼の真意はずっと見えなかった。
その上、彼はやたらと自分の命を粗末に扱う。第一話から自分ではなくルルーシュの命を優先したし、その後はルール(法)を守るために死んでも構わないと言う。

スザクは異常なほどに法的な正しさに固執していた。そして、その背後には自罰意識と希死念慮が隠れていた。
スザクは法を守るために人を傷つける。あるいは、人が傷つくのを見過ごさなければならない。罪を償いたいのに、罪を重ねる。
その矛盾を彼は常に抱えていた。

これは、スザクの信じる正しさが自分の中になく、外注せざるを得なかったからだ。
彼のねじれた行動原理は父親殺しが原因だ。マオによれば、徹底抗戦を唱えた父親を殺せば戦争が終わると考えたスザクは父親を殺した。
(なお、小説版だとゲンブがナナリーを殺そうとしたため、父親を殺したことになっている。本心と異なる振る舞いをして自分自身さえだまし続けているというキャラクター性と、媒体ごとに微妙に違う理由を与えられているせいで、スザクの内面は必要以上に複雑化している感は否めない)

その後、父の死は軍を諫めるための自決に偽装され、戦争は止まった。代わりに日本は敗戦し、植民地となった。
これによりスザクの性格は歪み、ひたすら罰を望んで死に向かい、本来望んでいたことと反対のことを行ってしまう自縄自縛に陥った。

今更後付けの言い訳か? この死にたがりが! 人を救いたいって? 救われたいのは自分の心だろ。それに準じて死にたいんだよねえ。だからいつも自分を死に追い込む!
お前の善意はただの自己満足なんだよ。罰が欲しいだけの甘えん坊め!

STAGE16 囚われのナナリー

間違ったことをして国を滅ぼしたから、これ以上間違ったことをしてはいけない。でも、自分の信じた正しさは間違っていたから、何が間違っているかも判断できない。だから、確固たる正しさに寄りかかるしかない。
万人にとっての正しさとは何か?――それは法である。
スザクの強迫観念にも等しい遵法精神は、そうして生まれた。

スザクが一人で死ぬのを許されないほどに強かったのは、とても不運だったのだと思う。
身体能力が飛び抜けているせいで、自分の命を粗末に扱ってもなかなか死なない。さりとて一人で自殺するには責任感が強く、何か社会に償いを行ってからでなければ死ねない。
(民主主義の国において、首相一人の死で社会が決定的に変わると解釈するには民意というものを無視しすぎている。父親を一人殺したくらいで死刑になることもない。それなのに、スザクが国が滅びた責任を勝手に一人で背負っているようにも見えたのは、おそらく枢木家の嫡男としてノブレス・オブリージュ的な価値観のもと育てられたせいではないかと思う)

実家を出奔し特派に拾われるまで、スザクには友達はおろか親しい同僚も見当たらない。それでも一人きりで生きていられるほどには強かったのも、不幸なことだと思う。
死にたいという気持ちと、それを裏切るほどに強者に生まれついた自分。社会的地位を失って自分自身を追い込んでなお、スザクは死ねなかった。

別人のように穏やかに振る舞うスザクには、ルルーシュも戸惑いを見せていた。マオの一件で性格の変貌の理由を知ったルルーシュは、けれどもスザクの内側に踏み込むことはなかった(ここで踏み込めたならハピエンもありえたかもしれないが、なにせこれはピカレスク物なので、バッドエンドが運命づけられている)。
たぶん、ルルーシュも怖かったのだろう。いつの間にか知らない人みたいになってしまったスザクが――ただ一人の親友が離れている間に自分の知らない人間に変貌してしまったことが。
スザクがルルーシュにさえ隠し事をして、心を閉ざしているのを知って、断絶を思い知ったのだろう。

ルルーシュは今のスザクが間違っていると否定するのに対して、ユフィは今のスザクを好きになると言った。
昔のスザクを知っていて、当時唯一の「ヒト」であって、不幸のどん底にいた時に無邪気に楽しかった記憶があるから、過去を大事に思うからこそ現在を否定したいのだろう。ルルーシュのそういう反応はおかしなことではない。

メタ的に言えば、ルルーシュが成功すれば日本も植民地から解放されるのだから、スザクが早く味方につけばいいのにという見る側の思いもあった。
侵略者の走狗に成り下がった今のスザクが間違っているのは明白だ。彼の内心がどうであれ、行動は日本独立を妨げることに他ならない。見る側としても、ルルーシュ側に感情移入するように作られている。

でも、ルルーシュではスザクの凝り固まった心を開けることはできなかった。
ユフィがスザクの固い殻を打ち破って引きずり出すことができたのは、彼女に先入観が少なかったからなのだと思う。

命令という名の救い

自分が無力だと思っているけれど、一方で自分に力があるのも知っていて、だから何もしないで生きていることを許せない――その一点でスザクとユフィは奇跡的に噛み合っていた。

スザクからユフィへのアクションはほとんどない。いつもユフィが先だ。
最初に出会った時も、『ローマの休日』よろしく町中を連れ回されたのも、シンジュク・ゲットーへ向かった時も、アッシュフォード学園へ編入になった時も、ユフィの専任騎士に任命された時も、行政特区『日本』を設立することになった時も。
行動を起こすのは、いつだってユフィだった。

スザクは状況に流されるところがある。自らの選択が致命的な事態(日本敗戦)を引き起こしたトラウマから、彼は自分の意思で選択できない。
敗戦と共に被支配者階級に転落したスザクは、そもそも選べる立場にもない。ランスロットに乗ったのだって、たまたま人種に興味のないロイドがスザクの才覚を見込んで探し出したからだ(脱出装置のないナイトメアに乗ってくれるブリタニア人はいないだろうから、スザクはまさしく「選ばれた」のだと思う)。

ユフィはスザクに「私を好きになりなさい」と命令した。いつまでも自分を好きになれないスザクに、ユフィは自分への好意を強制した。
これは、命令するのに慣れている、いい意味でのお姫様っぷりがぴたりとスザクの壊れた心に嵌まったシーンだったと思う。

「私を好きになりなさい」はユフィからスザクへの初めての命令ではない。
チョウフでの戦いで正体が露見し窮地に陥ったスザクを助けるため、ユフィはスザクを専任騎士に任命した。皇族であるユフィにはその権限があり、軍人であるスザクにはそれに従う義務があった(命令され慣れていて、状況に流されるスザクの悪癖でもある)。
でもここでは、スザクはまだ心を閉ざしていた。だからスザクは一度、騎士の地位を返上しようとして、ユフィも迷惑だったのではないかと悩む様子を見せた。
(本人の許諾なしに騎士へ任命したユフィと同じく、ルルーシュもスザクへろくに確認せずにナナリーの騎士に任命しようとする。このあたり、二人は皇族としての傲慢さを共有している側面もあったと思うし、その強引さがスザクに必要だったのも事実だろう)

ユフィの命令で強引に成立した二人の関係が変わるのがキュウシュウ戦役だ。
ニーナからユフィへ受け渡された想いは、ユフィからスザクへ渡された。ここで初めて、二人は対等になったのだと思う。
(この想いの連鎖はとてもいいシーンだが、ユフィのためを思ってかけたニーナの言葉がニーナに戻らずスザクへ渡されたのは「君の運命の人は僕じゃない」そのものでもある)

スザクが自分で考えることを放棄している(忌避している)のを見抜き、「これは命令だから従え、何も考えるな」と言うように、ユフィは命令した。
一人で勝手に地獄に落ちてゆくのを引っ張り上げるために強引さが必要なのを、自分にはそのための力があるのを箱入りのお姫様は知っていた。
そして、ためらうことなくその力を行使した。

「私を好きになりなさい」は、一見すればなかなかに奇妙な命令である。まかり間違っても死にそうな(というかスザクは死を覚悟している)戦闘中に行われるべき会話ではない。セシルは突然始まったラブコメ的会話に普通に困惑していたし、わたしも同じく戸惑った。
でも、これはユフィにしかできないことだった。互いの過去に囚われているルルーシュには――スザクと完全に対等な(対等でいたいと思っている)ルルーシュにはできないことだった。

ユフィに求められていたのは、愛くるしい慈悲深き姫君としていつも笑っている姿だった。とりわけ年の離れた姉コーネリアは過保護で、ユフィに危険な真似は一切させなかった。
ユフィは皇族としてそういう政治的役割には割と積極的であったが(小説版に明記されている)、自分の立場に甘んじるつもりはなかったのだろう。むしろ姉と同じく身分に付随する義務を果たさんと、部屋を抜け出してシンジュクに向かう。

お飾りのお姫様はお飾りであることの必要性を承知しているけれど、でもやはりお飾りのまま終わりたくなくて、汚い現実を見ようとお城を抜け出し、どうせおままごとだと非難されながらも自分の目で見て判断したい――そういう心を持ち続けたいという強い意思を、ユフィは持ち合わせていた。

コーネリアやその他周囲から愛されて育ったユフィは一方的に愛を与えられている(と感じている)ものの、その愛に報いるすべを知らず、与える好意が余っていたのではないかと思う。与える先を探して見つけたのがスザクだ。

ユフィにとってスザク(騎士)は、初めて自分で選んで自分を与えるものになる。
スザクは自己肯定感というべきものがひどく低かった。そこがユフィと少し似ていたのだと思う。
もちろん、ユフィは自分を卑下しているわけではない。だけど、ユフィも守られるばかりの自分が好きになれないところがあった。「自分が嫌い」という点で似ているスザクを好きになれば、自分も好きになれるかもしれないと思ったのかもしれない。

だから、キュウシュウ戦役でたぶん初めて、ユフィは愛(と自分自身)を自ら与えることができたのだと思う。
ユフィはスザク自身を要求する代わりに自分自身を差し出した。ナナリーが一番のルルーシュには――同性の友達にはできない芸当だ。

実のところ、「私を好きになりなさい」は命令とは少し違う趣である。
言葉上は命令の形を取っているが、後に続く「私もあなたを好きになります」は、「あなたと対等になりたい」というユフィの望みだ。
初めてユフィが正体を明かした時にそれまでのフランクな態度を改め、敬礼したスザクへ悲しげな顔をしたユフィの、対等の関係になりたいという切なる願いだ。

「私を好きになりなさい、私もあなたを好きになります」でようやく、命じられ、奪われる側のスザクに対等な愛が与えられる。
あらゆるしがらみを無視する権力を持ったお姫様が、一人の人間のために差し出した手を、ようやくスザクが握り返す。
それこそが、昔にただ一人の友達と築いた友情だけがよすがだったスザクへ与えられた完璧な「救い」だった。


余談だが、ここでは、本来はルルーシュとスザクで対等な友人関係を新たに築けるはずだったのに、立場が入れ替わってねじれてしまったせいでユフィに取られた側面も見え隠れする。
というか『反逆のルルーシュ』がピカレスクでなければ、ユフィに救われたスザクがルルーシュを救ってハッピーエンドを迎えただろう。そういう意味ではスザクの「君はユフィの手を取るべきだった」は割と正解だと思う。

訪れない救いの果て、果てのない贖罪

しかし、スザクに救いは訪れなかった。
ユフィが伸ばした手をスザクが握り返した瞬間に、二人の関係は断ち切られた。
ユフィがスザクに与えた愛がどのような形にたどり着くのか、スザクがユフィにどういう形で返すのか――この結末は永遠に訪れないまま、二人は死別した。

自分がお飾りの皇女で、姉にさえそう在るよう求められていることをもどかしく思っていたユフィが初めて自分で選んで犠牲を払って為そうとしたのがスザクの専任騎士への任命であり、行政特区『日本』の設立だった。
そのユフィの初めての「自分の意思」がギアスに捻じ曲げられたのは、最高に悲劇だろう。

そもそも、スザクは「ユフィに救われた」とは言えない。このまま順調に進めば救われたかもしれないところで、ユフィは死んだ。
いわば、ハッピーエンドの予感がしたところで、二人の物語は無残に終わった。

身も蓋もないことを言えば、救えるのは救う余力がある者だけだ。
廃嫡され、ろくに権力もなく暗殺に怯えるルルーシュにその余力はなく、何不自由なく暮らしていたユフィはむしろ、ノブレス・オブリージュ的に救わなければならない。
『ナイトメアオブナナリー』の比較的ねじ曲がっていないスザクは、父親殺しという原罪を除かれている。つまり、父親を殺してしまえば、スザクに救いをもたらすのは非常に困難になるということだ。その困難さを可能にしかけたのはユフィだけだった。
だから、ユフィを失ったスザクに救いは永劫訪れない。

ストーリー開始時から人間関係が孤立状態のスザクは、最後まで孤立したままだった。
唯一の友達を売って立身出世する一方で人間関係はほとんど改善せず、親しい相手ができたかと思えば、死んだり自ら関係を切ってしまう。ロイドもセシルも傍観者的な立ち位置から近づけず、ジノは一方的にじゃれているだけだ。
スザクは本当のところ、誰にも心を開いていなかった。ルルーシュとユフィ以外には。

R2で追加されたジノはユフィと似たところがあった。冷淡な反応しか返さないスザクに飽きもせずじゃれついて、強引に手を引っ張って、外に連れ出す役目だ。小説版だと家に連れ込んで服まで貸してパーティに出席しているので、その強引さはユフィに勝るとも劣らない(金髪もあいまってゴールデンレトリバーにしか見えなかった)。
同じくR2で追加されたアーニャも人種や経歴には無頓着で、もの珍しさからスザクの側にいた。
スリーとシックスとセブンは、人懐こいスリーを要として奇跡的なバランスで親しくしていた。

でも、その人間関係も無意味だった。
ジノはあんなに強引にスザクに近づいていって、アーニャは他人に興味がないからスザクを差別しないで黙って隣に立ってあげるのに、当のスザクはその頑なな精神性がどこも緩まなかった。
ジノとアーニャに仲良く挟まれている間もずっと、スザクは独りで煉獄の炎に焼かれ続けていた。

ユフィを失ったスザクにはルルーシュしかいない。
ユフィの死後、紆余曲折を経てルルーシュの手を取ったスザクは、その他すべての人間関係を断ち切った。スザクの感情は始終ルルーシュにしか向かない。
ルルーシュ以外のすべてを投げ捨て、スザクはルルーシュの手を握って一緒に地獄へ堕ちた。

自罰意識と揺れる正しさの指針

奇しくも権力でスザクを救おうとしたユフィと同じように、ルルーシュはスザクにギアスをかけた。
どこまでも頑なに耳をふさいでいるスザクには、命令という形でしか声が届かなかった。

もともとスザクは、コミュニケーションを諦めてゆるやかに他者からの好意を拒否しているところがあった。自分からは他人に好意を向けるのに、自分は好意を向けられるに値しないと思っているように、常に死に向かおうとしていた。
だから、ユフィほどの強引さが必要だった。

スザクは喋らない。彼の悲惨な境遇は、本人が自罰意識で口を閉ざしているせいでほとんど知られることはなく、周囲から詰られる一方だった。
もっと素直に話せていれば、味方もできたかもしれない。でも、自分が罰を受けるのが当然と思い、同情なんてもってのほかと思っていたスザクは、そういう行動が取れなかった。
正しさの指針が本当はずっとぐらぐらしていたように、自分の内心も語れるほど整理できていなかったのもあるだろう。自分に言い聞かせるように、父を殺したことを「仕方がなかった」と言うのはその最たる台詞だ。

スザクは自己完結していて(悪く言えば諦めていて)、言い訳する言葉を持たない。そういう意味では、恐ろしく弁が立つせいか、誠実さを表すためかあえて言い訳しないルルーシュとは反対だった(ルルーシュは独りよがりで偽善で詭弁まみれだが、よく喋るから喋らないスザクより好かれやすいところがあった)。

スザクの自罰意識は空回りするばかりだった。暴力を否定するあまり、彼の行動は日本独立を妨げていて、取る行動は適切とは言いがたかった。そのくせ本人はナイトメアに乗って戦うし、生身でも相当に強い(アニメではなかったことにされた設定だが、コードやギアス関連で特別な血筋であることを考えれば、たぶん生身では作中でいちばん強い)。

そして当然ながら、スザクは行動を作中で非難される。でもその非難でさえ、浴びせられるのが当然と思っているかのようだった。
スザクはずっと「間違った方法で得られた結果に意味はない」と言う。それ自体は間違いではないが、そのためにスザクも法の下で暴力をふるう。

自分がどうすべきだったかと考えるシーンが皆無だったのが、スザクの屈折の深さを物語っている。「間違った方法」が父親殺しだとして、では正しい方法が何だったのかと考えたことがない。罰ばかり欲しているから。
スザクは「父親を殺した自分は相応の罰を受けなければならない」という考えであって、「父親を殺さなければよかった」とは思わず「仕方がなかった」と言う。「自分を否定している自分」を肯定しているようにも見えた。

スザクはそもそも、父親への謝罪を一度たりとも口にしていない。自分の行動が間違っていると思うのに、その結末を肯定せざるを得なくなったように。自分が罰せられない世界が正しくないと信じたくないかのように。
本当の望みを抑圧し、体よくすり替えたせいで、バグが発生しているみたいに。

父を殺し、その罰を受けなかったことで正しさの指針が壊れてしまったスザクには、法しかない。
罪に対応する罰がない世界の正しさを信じられなくなったから、やたらと法的な正しさに固執する。圧政者の敷く法であっても、それしか確たるものがないからだ。

スザクは軍に入ったのは「この国を中から変えるため」と言う。だが、これは後付けの理由で、本当は罵倒されて、恨まれて、蔑まれて、憎まれたくて、責められたかったからではないかと思う。
与えられるはずだった罰の代わりとして最も困難な道をあえて選ぶように、法的に正しい行いをしつつ、同時に罰を受ける――スザクの自罰的思考と、罪の埋め合わせとして正しい行いをして人を助けたいという欲求の両方を満たす選択だ。
ただこの場合に問題になるのは、従っているのが悪法であるという点である。「悪法もまた法なり」を差別される側に肯定させるのはなかなかにひどい構図だ。

ユフィの騎士に任命されただけでは、スザクの希死念慮は微塵も揺らがなかった。身体能力も完全に仇になっている。もっと弱かったなら、お望み通り誰かの代わりにすぐ死ねただろう。
ルルーシュの願いは呪いとして作用し続け、呪われたスザクは死を望むことすら許されなくなった。

「死にたい」と思うのに戦場で生き残り、生き続けてしまうバグ。父親殺しは間違った方法だと認めているのに代わりの方法を考えられないバグ。差別されるイレヴンに心を痛めながらもゼロを激しく嫌い、独立を求めるイレヴンの敵として立ち塞がるバグ。
生きたい、生きていいと思わせてくれたユフィが死んだ後に生き続けなければならないバグ。生きたいと思えないのに死んではいけないバグ。
バグまみれでなお稼働し続けるスザクの頑丈さは、端的に言って哀れだった。

ルルーシュはスザクへ生きる理由として「ナナリーの騎士」という役割を与えようとした。これはユフィに「横取り」されて失敗するが、たとえ持ちかけたとしても成功したかはわからない。
ルルーシュもユフィも強引にスザクに与えようとした点では同じだが、与えるものがスザクの欲しがっていたものと奇跡的に一致していたのがユフィで、致命的なほどにずれていたのがルルーシュではないかと思う。

ルルーシュは自分が絶対的に正しいと思うところがあり、同じくスザクも自分の信じる正しさに固執していた。
二人はとても似ていて、だからこそ過去の自分の行いを彷彿とさせるゼロを、スザクは激しく嫌った。早く手を取り合えば日本独立へ動き出せるのに、見ている側がやきもきするほど彼らは反目しあった。

ユフィがもう少し長生きしてスザクが自己肯定感を育てられていれば、ルルーシュが非道な手段を選ぼうとした時に引っ叩いて止めてやれただろうし、ルルーシュが無理だと思った方法を実現できただろう。
「二人いれば不可能なことはない」とルルーシュの無茶振りに応えてやれたのはスザクだけだった。
それが叶わないから物語はバッドエンドへ直行した(逆に言えば、ハッピーエンドにしてはいけないので、スザクとユフィが手を取り合うことは許されなかった)。

スザクには誰かが強引に許しを与えてやるしかないが、ジノやアーニャは知り合った時点で同僚だから、「上から与える」ことはできない。
そもそもスザクはユフィと知り合う前に逆戻りしたように口を閉ざし、自分の事情をほとんど話していないようだ。

結果としてそれが可能だったのは、作中を通してユフィだけだった。
犯した罪に対して与えられるはずたった罰(とその果ての許し)を求めて煉獄の炎に焼かれ続けるスザクには、ユフィが「もういいんです」と言ってやらなければならなかった。

ユフィはスザクの父親殺しを知らないまま死んだが、知っても許せたのではないかと思う。なぜならユフィは、クロヴィスを殺したルルーシュだって許せたのだから。
でも、このルートは潰えている。物語的に言ってあり得ない展開だ。

物語の終盤、ナイトオブワンはスザクに「お前の弱さこそが優しさという強さの裏付けであったものを」と言う。これは、自分にはないものこそが良いものだと思って自分を変えてゆくうちに、自分の良さを失ってゆく構図の話でもあったと思う。
ユフィが好きになったスザクの「悲しげな瞳」は、彼の優しさであり弱さであった。スザクの「弱さ」は生来の暴力的な性格と高い身体能力を律して優しい人として在らせるものでもあったのに、スザクはそれを自ら投げ捨てようとした。ユフィはスザクのそこを好きになったのに。

スザクは殻に閉じこもって自縄自縛で地獄にどんどん落ちていくタイプだから、ユフィやジノのような強引に手を掴んで引っ張るタイプを側に配置される。
なのに、ユフィとは手が離れてしまって、ジノの手は振り解いてしまった。
スザクは自ら救いを拒否した。

この世全ての悲劇の頂点に立つ、孤独で孤高の存在としてゼロは完成しているから、スザクが救われなくてもわたしは構わなかった。罪の意識を手放さないのが彼の一貫した性格だったからだ。
だから期待したのは救い(心の持ちよう)ではなく報いであり感謝であり、すなわち彼の贖罪の行為が承認されることだった。
(『復活のルルーシュ』で仮面の下の彼が生きていたにも関わらず、これが一切与えられなかったことには大いに悲しんだ)

スザクの贖罪は、ルルーシュからの最後のギアスで決定される。死ぬその瞬間まで世界に尽くすこと――ルルーシュの呪いを願いと受け止め、スザクはゼロに殉じる。
贖罪として他人を演じ続けるということは、スザク本人の成した「功績」も他人のものになるという意味だ。スザク自身の贖罪は永遠に認められることはない。
それが、彼に課せられた罰だ。

彼は老衰で死ぬ間際まで、仮面の下で炎に焼かれ続ける。無数の死者の声を聴き、屍を踏みしめ、その上に築かれた平和を守り続ける。嘘のない世界を目指していたのに、世界に嘘をつき続ける。
その悲壮な決意はとてもむごたらしくて、美しくて、最高のバッドエンドだった。

『永遠の女神』と化すユフィ

スザクとユフィの関係はユフィの死で幕を閉じる。
ユフィが死ぬことによって、スザクとユフィの関係は完成する。死は断絶であり、不変だからだ。生き続ける限り関係性は変わりうるが、死んでしまえばもう変わらない。

早々に失われてしまったユフィの遺影を、スザクはずっと胸に抱いていた。何度も主を変えながらも、心に秘めた忠誠をスザクは大切に持ち続けていた。

総集編2作目『叛逆』のラスト、自室に飾らせた巨大なユフィの肖像画の前で、スザクは上着を放り出して身体を椅子に投げ出していた。
楽しげなユフィの声を反芻しながら、彼女を殺したルルーシュを激しく憎悪しながら、それでも憎しみに振り切ることができず。
頑健すぎる肉体は少しも損なわれていないのに、心を何度も叩き壊されて、ユフィが死んだ時点で時が止まっているようで、そして、ユフィはスザクの中で永遠の女神になってしまったようだった。

作中でスザクの私物はほとんど出てこない。父の形見の懐中時計、ユフィの遺品の羽根ペンと騎士章、誰かの形見だけが――誰かに置いて行かれた証だけがスザクの持ち物だった。
(小説版の櫻井さんのコメントでスザクの生活感のなさに言及されているが、「ランスロットのコクピットがスザクの私室」説まで唱えられているのにはちょっと笑った後、真顔になった)

総集編でスザクの私物にユフィの肖像画が加わったのは、とても好きだけれど、とても悲しいシーンだった。
おそらくあの肖像画はスザクが金と権力を自分のために使った唯一の例であり、同時にスザクの大切なものは過去にしかないという描写でもあった。
(ルルーシュを売って出世したスザクにとって、大切だったルルーシュも過去のものであるが、過去にしきれていないところがスザクの優しさであり弱さである)

シャーリーはスザクに「許せないことなんてない、許したくないだけ」と言う。
シャーリーがルルーシュを許せたとしても、シャーリーにとってのルルーシュはスザクにとってのユフィであってお父さんではないから、イコールにならない。
だから、スザクがルルーシュを許さなくても別に構わないと思っていた。

でも、スザクは途方もなく優しかった。
ルルーシュは今に至るまでスザクのたった一人の友達だったから(逆もまたしかり)、許せないと思わなければ許してしまいそうになる。それでは忠義を誓ったユフィへの背信になるから、スザクはその板挟みで苦悩する。
スザクはルルーシュへの憎しみを維持するには優しすぎて弱すぎた。

「土の味」では、ユフィとスザクの構図がスザクとルルーシュにスライドしたようにも見えた。
ユフィは与えられる愛を返す相手を探してスザクに巡り合い、それを与えられたスザクが今度はルルーシュに与えようとする。
結果としてこれは失敗したが、父を殺した自分に罰がなくて許されるなら、ルルーシュも許さなければいけないと思っているようでもあった。

自分だけが救われてはいけないとでも言うように、公平さを求めるように、自分を許したユフィを否定しないためにルルーシュを許そうとした。
ユフィは死んだが、ユフィはスザクに何も残さなかったのではない。スザクは変わりきることはできなかったが、まったく変わらなかったわけではない。
そして、ユフィに与えられた許しに似たそれを、今度はスザクはルルーシュに与えようとした。

死してなお、ユフィは二人の間に横たわっている。まるで永遠の女神のように。

ゼロの黒い衣装と仮面は喪服でもあるのだと思う。
素顔を隠してゼロを演じ続けるスザクは、平和のために死んでいった人たちのことを忘れないだろう。ルルーシュのことも、ユフィのことも。世界の平和のために都合の悪い真実を闇に葬った世界で、彼らの真意を覚えているのはスザクだけになった。
「枢木スザク」としての私物をすべて処分した彼に残されたものは、数少ない思い出とルルーシュにかけられたギアスだけだ。

それだけで生きてゆかねばならない――それだけで生きてゆけるほどに強いスザクにとって、ユフィは永遠の女神であってほしいと思う。
願わくば、ユフィの与えた光が――10歳からずっと暗闇を這いずっていたスザクに差した細い光が、これからも孤独に生きなければならない彼のゆく道を、せめて少しばかりでも照らしてほしいと思う。
ユフィの遺影を胸に抱き、個人の幸せを完全に放棄して老衰で死ぬその瞬間まで世界に隷属するゼロ=スザクの道しるべとして。


行政特区『日本』の行く末

ところでユフィの提案した行政特区『日本』だが、仮にルルーシュのギアスが暴走せずに設立できたとしたら、どうなっていただろうか。

結論から先に言うと、行政特区『日本』に明るい未来はないだろう。仮に実現したとしても、ほぼ必ず行き詰まる。
作中で非難されている通り、これは独立ではなく、お姫様の気まぐれで作られた「箱庭」だからだ。

専任騎士の件で揉めていたコーネリアに話を通さず、シュナイゼルの援助を取り付けてユフィは実現にこぎつけた。
ルルーシュがユフィに対して「俺にはできないことをこんなに簡単に!」と憤慨していた様子は、皇族としての特権を剥奪された自分とユフィを比較して嫉妬した部分もあったように見えたが、こんな無茶が許されたのはユフィがブリタニア皇族だからだ。
つまり、行政特区『日本』はユフィの「わがまま」でもあった。

仮初めの『日本』

発案者であるユーフェミア皇女殿下の慈悲深さによって成立されようとした『日本』の立場は、非常に不安定だ。
ユフィ本人にはさほど権力はなく、後ろ盾のシュナイゼルの意向が反映されている。そのシュナイゼルといえば、情に薄く、優しさとはほど遠い。
現実的には、行政特区『日本』は差別の消滅した楽園ではなく、単純に暮らし向きの改善した隔離施設である(そしてこれが、実質スラムであるシンジュク・ゲットーと違い、少数民族を隔離し押し込めるという原義通りのゲットーでもある)。

スザクとユフィの取り合わせは、植民地の懐柔策として非常に都合がいい。これは同時に、ルルーシュ=ゼロにとって非常に都合が悪い。
ユフィはもとより人種差別をしない「優しいお姫様」であるし、スザクは最後の日本国首相の一人息子だ。民主主義の国とはいえ、長らく国を動かしてきた旧家の出身で、身分で言えばスザクはユフィと完璧に釣り合っている。
そのスザクをユフィが傍に取り立てたことは、純血主義の根強いブリタニアでは大きな意味を持つ。
作中でも、スザクがいるから特区へ参加を表明したイレヴンがいると描写されている。

もし行政特区が成功したとして、ユフィは実権のないお飾りのトップに据えられ、スザクと合わせてブリタニアと日本の融和の象徴としてシュナイゼルに飼い殺しにされるだろう。
しかし、単に生活面を見ればそこまで悪くないかもしれない。

スザクは、もはやブリタニアから独立することへの興味を失い、国としての形態がどうであれ日本人が安らかに暮らせればいいと思っている。これはゼロからも「人道主義」と揶揄されている。
(祖国を蹂躙され、今まさに凄惨な迫害を受ける人間としては、やや現実味を感じない発想だ。小説版では終戦後に軍民屯田政策で隔離目的とはいえ開拓に送り込まれた設定があるが、この時にスザクは洗脳教育でもされたのではないかとみている。自分が先陣を切ってブリタニアに帰化すれば他の日本人の暮らし向きも向上するなどと言われれば、10歳の子どもなら騙されるかもしれない)

ユフィの方は広告塔としての役割に前向きで、皇族らしく割り切っている。
この二人の作る『日本』は「家畜の安寧」に他ならないが、日本人の待遇が改善するという意味では描写次第ではハッピーエンドにもなりうる。
メリバ寄りのハピエンというか、ハッピーエンド面したメリーバッドエンドといったところだろう。

少なくとも、箱庭の中ではあからさまな差別はない。
戦前から裕福で、すぐに名誉ブリタニア人になった層はともかく、社会で貧しい生活を強いられる多くにとっては、それだけでも待遇の改善になる。

さらに言えば、小説版の描写によると日本は経済格差のひどい国だったらしい(アニメはとかくモブのイレヴンや旧「日本」の具体的な描写が薄いので、小説版の描写に頼るしかないが)。
最下層で底辺の生活をしていた日本人にとっては、支配者が上流階級の日本人からブリタニア人に入れ替わっただけと捉えられていてもおかしくないだろう。
ユフィの理想にのっとれば、箱庭の中では日本人同士の格差も抑えられるはずなので、戦前より暮らし向きが改善する人もいるかもしれない。

滅ぼした国の王女と結婚する話は枚挙に暇がない。
亡国の旧支配者階級出身であり、最後の国家元首の息子と、圧政を強いる宗主国の慈悲深き姫君――性別は逆だが、ユフィとスザクの組み合わせはあまりにも都合がよかった。
この二人は、植民地の段階的開放の旗頭として百点満点の組み合わせだ。ユフィがスザクを重用すればするほどに。
それゆえに、ブリタニアを「壊す」ためには何としてでも崩さないといけない。

だから、この物語がルルーシュのものであり続ける限り、二人の幸せは訪れない(正統派主人公の要素を与えられたスザクが真に主人公であったなら、あるいは幸せになったかもしれないが)。

皇籍離脱の影響

ところが、ユフィは皇位継承権を放棄するつもりだった。皇籍奉還特権を使い、自分の継承権と引き換えにゼロ=ルルーシュの罪を許そうとするのが、その目的だった。
ルルーシュのギアスの暴走がなくても、この計画には暗雲が立ち込めている。

図らずも、ルルーシュの言う「大事なものは一つにしておくべきだ」は、ユフィにも降りかかる。
ユフィが皇籍を返上した場合、ゼロ=ルルーシュの罪は許される。しかし、スザクは専任騎士としての立場を失う。
二兎を追うものは一兎も得られないように、ルルーシュを守ろうとするとスザクを守れない。ユフィはルルーシュかスザク、どちらかしか救えない。

そもそもが皇族の地位、特権という守る力を失えば、守られる一方に再び陥る。
この事実にユフィが気づいていたのかはわからない。たとえ一般人になったユフィをコーネリアは放っておかないだろうが、場合によっては更に負担が増えるのは想像に難くない。

皇族でなくなったユフィが特区のトップに座り続けることはかなり難しいだろう。しかし、ゼロの求心力を弱めてイレヴンを懐柔しようとするなら、悪くない策だ。そのあたりをシュナイゼルが見越していないはずがない。
「一般人になったユフィをスザクともども飼い殺し状態にして、特区『日本』という甘い餌でイレヴンを大人しくさせる」というシュナイゼルの策である可能性の方が高いように思う。

特区『日本』にユフィがどのような展望を描いていたかは、正直に言えばよくわからない。というより、目的がとっちらかっているような印象を受ける。
日本人が日本人という名前を取り戻す場所として用意したらしいが、そうなるとルルーシュやナナリーは住めないだろう。ユフィはルルーシュとナナリーにも特区へ参加してほしいと言ったが、初回視聴時でも少々無理を感じた部分である。

おそらくユフィは、政治とは無縁の場所を作りたかったのだと思う。
彼女が差別されるイレヴンに心を痛めているのは嘘ではない。その一方でルルーシュを慕っているのは明白で、妹ナナリーともども安全な場所で暮らしてほしいと思っている。そして、スザクにも幸せになってほしいと思っているのも本心だ。
そんないくつもの願望を織り交ぜて形にしたのが、行政特区『日本』だった。

特区に参加を表明したのはイレヴンだった。そもそもユフィもイレヴンにしか参加を呼びかけていない。
限定的ながら「日本人の国」としてブリタニアの支配から解放される場所に、ブリタニア人が自発的に参加するはずもない。むしろ特区にブリタニア人がいたら、今度はブリタニア人が迫害される側に回る。
人口で勝るイレヴンが入植したブリタニア人の支配を受け入れている(おそらく都市部だけがあからさまに差別されて、地方ではあまり変わらない生活をしているとは思うが…)のは、背景に武力があるからだ。
武装解除されて日本人ばかりが住む特区では、ブリタニア人への報復が始まりかねない。

「日本の解放」を掲げるゼロはともかく、ルルーシュとナナリーが特区へ参加する意味はほとんどない。
それなのにユフィがルルーシュとナナリーにも参加してほしかったのは、彼女の中で「日本を植民地にしている」ことが政治と深く結びついているからなのだろう。
ルルーシュとナナリーが人質として送り込まれ、死んだ地を平和にできれば、あの頃に戻れるのではないか――そういう発想もあったかもしれない。
(ルルーシュとナナリーの居場所を作るために特区を設立したと見れば、日本人をダシにしている部分は否めないだろう)

『ナイトメアオブナナリー』がひとつの答えを出していたが、真にルルーシュとナナリーの安全を確保したいなら、ユフィ(かせめてコーネリア)が皇帝にならなければならない。
(対外的には)派閥争いで脱落したルルーシュたちを表舞台へ戻すには、ユフィが政治の実権を握る他ないのだ。

ユフィは心優しい。親しい人に対して優しく、そして万人に優しい(赤の他人には冷酷なルルーシュとは反対である)。しかし、本人が政治から遠ざけられて育てられたせいもあって、楽天的にすぎる。
長所と短所は裏表であるように、ユフィの優しさは壊れたスザクの心を癒やしたが、同時にその優しさが仇となる。

特区『日本』は潰えた夢物語だが、ルルーシュの物語がバッドエンドを宿命づけられていることを差し引いても、成功させるわけにはいかなかっただろう。
武力に頼らず穏便にエリア11を独立させようとするなら、ユフィの地位は必須だった。皇帝と同じフィールドで戦うなら、皇帝と同じ力で対抗しなければならない。でなければ武力をもって体制に抗うしかないのだ。

救いたいものすべてを救うには権力を握らなければならない。それなのに皇帝になるどころか皇籍を返上しようとしたユフィは、選択を誤った。
そこが無垢で無邪気なお姫様の限界だったのかもしれない。

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