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自然農の田んぼで感じたこと

自然農の師匠、山岡さんの田んぼで田植えをした。
今日は島を飛び出して、砥部市の山のなかの田んぼへ。自然農の田植えは初めての体験で、感情に身を任せながら田植えがしたいと思い、あえて下調べをせずこの日を迎えた。

一般的な慣行栽培の田植えは、経験がある。
耕した田んぼに水を入れ、土と水を攪拌する作業、いわゆる代掻きをして、田んぼの均平を取り、後は機械で植えていく。
肥料や除草剤も撒きながらの効率的な田植えは、作業でしかなく、つまらなさを感じていたように思う。

さて。
では自然農の田植えとはどういうものかというと、色々とやり方はあるものの、まずは耕さない。これは自然農だから当たり前なのだけれど、慣行のやり方しか知らなかった自分はこの時点ですでに意味不明である。

耕さず、草を生やし、その草を押し倒す。(または刈る)そして、土に穴を開けて、苗を植えていく。苗数を見て、条間や株間を決め、紐を張り、等間隔に定植していく。
そんな自然農の田植えは全てが新しい体験だった。

もちろん時間はかかる。
ひとつずつ丁寧に植えていく作業は、最初こそもたついたものの、慣れるほどに楽しくなる。
過去のこと、未来のことを考えず今この瞬間を楽しむ自分に気づくとき、あ、この感覚、そうそうこの感覚なんだよ、と思う。

この日は、研修仲間やお手伝いに来られた方たち総勢10人ほどでの作業。途中休憩を挟みながら、7畝の田んぼの半分ぐらいを終わらせた。
和気藹々と日々の出来事を話しながらの田植えは本当に心地よい時間。
雨も降らず、でも陽も差さない最高のお天気。
街での生活から切り離された空間を、共有できる仲間。
これは何にも替えがたいものだろう。
その証拠に、等間隔に並ぶ稲が夕陽を浴びてキラキラと輝いている。その光景に息を呑む。

体の疲れを少しだけ上回る「楽しさ」。
生きていく中で何度も経験してきた夢中になれる時間。便利さがもたらす楽しさではない。
身体性を伴った心地よい充実感。

ここに、自然農の真髄を見た。

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