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漫画とうごめき#9

漫画家・吉田はくさんの作品『鱗』を独自の視点で読み解きながらご紹介を独自の視点で読み解きながら紹介していきます。

※このnoteは全力でネタバレをします。漫画『鱗』をまだ読まれていない方は、まず先に『鱗』を読まれてから、本エピソードをお楽しみください。
【第二回八咫烏杯 受賞作品】鱗 | ハルタ(Harta)【公式サイト】

https://www.harta.jp/articles/002025.html


あらすじ

漫画の舞台は、おそらく江戸時代ごろの日本。
饅頭屋をやっている老人と、饅頭を毎日食いにくる女の子の話ですね。
老人が、店の前で打ち水をしているんですね。
その時にあやまって、通りすがりの女の子に水をかけちゃうんですよね。ばしゃーって。
そしたらこの女の子、どうも身分の高い人のようで、きている着物、これがかなり高級品だったんですよね。
で、ゾッとする老人に、その女の子は「1日ひとつタダで饅頭くれたら許す」つって、饅頭をセビるようになるんですよね。毎日。
ただ、女の子自体は、非常に明るい性格で、だんだん店になじんでいくんですよね。「お嬢ちゃん、抹茶もどうぞー」とか言われたりして。
ただ、この子には、言わんともし難い秘密があって、で、その秘密が後に明かされていく。といった感じのお話です。

ストーリー解釈

毎日饅頭を食べにくる、この女の子が何者なのかていうと、
正体は神様、なんですよね。

身体中に鱗が生えていて、徐々に鱗の範囲が広がっていくと。
やがて魚になるんですよね。 で、魚になった年は豊作になる、と言われています。

なので、屋敷では神様として、大事に扱われているわけなんですよね。 欲しいものはなんでも揃うし、周りの世話役みたいな人たちも、黙って言うこと聞くし。 もう、ピシッと一列に並んでね、神のために尽くします、みたいな感じで。

ただ、本人的には、腫れ物みたいに、扱われているような感じがして、自分がこの世に本当に存在してるのか、分からなくなっていくわけなんですよね。

そんな時に、饅頭屋から水をかけられるんですよね。
しかも、この老人もいかにも職人気質の頑固オヤジみたいな感じで、謝るどころか、「邪魔だ」っつってキレてくるわけです。
ただそれが、逆に「自分はこの世に存在しているんだ」って感じるきっかけになるんですよね。

人は、自分の存在を他者を通して認識するわけですけど、 それはお互いに交わっている感じが重要なんですよね。
神として大事にされている時は、交わってる感じはしなかった。
なので、自分の存在が見えなくなっていた。
で、この交わりを感じるって言うのは、摩擦なんですよね。

異なる存在同士が交わるから、コンフリクトが起きて摩擦が発生するわけですね。
対立したり分かり合えなかったり、その一方で笑いあったり同じ時を過ごしたり、するわけです。
ここに情動が生まれる。

で、これって、精神学者のジャック・ラカンの言っていた、鏡像段階の世界観ですよね。
これは、幼児が自分を認識しだす段階のことを言ってる概念ですよね。 鏡に映る像に自分を見出す、ということで鏡像段階。
大体1歳ぐらいの時に、鏡に映っている自分の姿を見て、それが自分の身体の全体像だと幼児は発見するんだと。 なので、自分だと認識しているのは、自分自身ではなくて、鏡に映った鏡像、他者なんだ、ということですね。
目の前の鏡像に自己同一化して、自分の存在を認識する。

ただ、これは幼児に限った話ではないと思っていて、 この他者から自分を見出す、と言うのは、大人になっても存在する構造であると。
なので、この女の子も、水をぶっかけられて、「邪魔だ」って言われるような、ある種理不尽とも取れる理解し難い他者との交わりによって、自分の存在を認識したと思うんですよね。

そいで女の子は、自分には鱗が生えていて、最後には魚になるんだ、って言うのを、老人に打ち明ける、わけなんですよね。
で、それは次の新月の時だ、と言うわけです。

そっから、老人の中でその女の子の存在がうごめきだすわけなんですよね。 「自分がどうにかできるのか」「いや、俺は饅頭焼くだけしかできない」「そもそも魚になるのは嘘で、どっかで普通に生き続けるかもしれない」
みたいな感じで、ぼんやり葛藤するんですよね。

で、あるとき、名前を持たないこの女の子に名前をつけようってなって、老人が名前をつけることになるんですね。
で、「春」て言う名前を付けます。
ちなみにこの時、ちょうど花火大会とかもあってるので季節は夏ぐらい、かと思うんですよね。 なので、春まで生きてほしい、みたいな意図があったんですかね。分かんないですけど。

ただ、この名づけをする、とう行為が重要だと僕は思っていて、これによって、別世界の住民だった女の子を、自分達の世界に引き入れたとも捉えられますよね。
毎日饅頭を食べにくるこの女の子、という記号を「春」と名づけることで、自分達の文脈が流れる世界においては、「春」という存在として認識、記憶できる、ていう。

でそっから、いよいよ春が魚になるとき、が訪れるんですよね。 桶に水を張って、鱗だらけの足を入れて、で、老人と話すわけです。
春は「自分が魚になったら川に放ってくれないか?」って老人にお願いするんですよね。閉ざされた世界ではなくて、広い自由な世界で生きたい、みたいな感じで。
で、ここからのセリフが重要なんですよね。
「この前花火を見たときに、花火を見上げている人たちを見て、自分もみんなをこんな表情にできる存在なのだろうか」
「町が豊かになって、住む人の表情も豊かになって、そんな力を私自身が持っているのなら、私は私で生まれたことを誇りに思う」
と言うわけなんですよね。

これは、#4でも話した、ミシェル・フーコーの「自己への配慮」ですよね。
周りから与えられた環境、権力にただ何も感じず過ごすのではなく、自己の存在を追求する。

春は饅頭屋との関わりによって、その自己への配慮ができる状態に至ったんじゃないかな、と思うんですよね。
だからこそ魚になった未来には、自由な世界を展望できる。 また、自己への配慮ができる人は、他者への配慮もできるようになるわけですね。
この他者への配慮というのは、他者が自己への配慮をできるように配慮するということですね。
なので、見方によっては自己犠牲的にも見える、人々を豊かにする神としての力というものを受け入れたわけですよね。
ただ本人の中では、自己犠牲でもなんでもなくて、自分自身の存在を認めた、ということですよね。

で、それは他者の中で、自分が生き続けるイメージにもつながってるわけですよね。

でその後、春は魚になります。 老人は、それを泣きながら見届けるんですよね。


で、言われた通り、桶に春を入れて、川に連れて行きます。
「自分には饅頭を焼いてやる以外にできることはあったじゃないか」とか「一緒に過ごして笑顔を作ることができたじゃないか」とかって、悲しむわけなんですよね。
すると、春が桶の中で飛び跳ねて、老人に水を引っ掛けるんですね。
ここが、春が自分の存在を認識した時と繋がってますよね。

で、老人はスッと笑顔になって、春を川に流すんですよね。
で、冬になって、豊かな春が来て、で桜が咲きほこるわけですよね。 そいで、老人は川を眺めながら饅頭を食って「春だなあ」と言って、話が終わるんですよね。

老人の存在が春の存在を証明していて、春の存在が老人の存在を証明している。 自然や人の営みに根づく季節としての春と老人にとっての春。
この二重の意味が、この世に存在するワタシ、を象徴していると思うんですよね。
それと、この自分の存在と世界との関係性に、現代的な問い、というのも感じますね。
今の時代って、世界は急激に近くなっていっていて、で多様性が表に出てきているわけじゃないですか。
ちょっと前の時代だったら、中央集権的に人は画一的な存在として、生産されていたわけですよね。
まあそういうと、めっちゃ最悪に聞こえますけど、
その一方で迷いが生まれにくくなっているわけで。

絶対的な社会の中心、みたいなのがイメージできていて、その中心との距離感によって、自分が成功しているとか、逆にうまくいってないとか、自分の立ち位置を認識しやすかった、わけですよね。
もちろん今より認識しやすかっただけで、迷っている人は多くいたと思いますけどね。

ただ、実はその中心だと思っていたのが、どうも虚像であると、共同幻想なんじゃないのか、というのが浸透してきているのが今の時代で。
ひとつの価値観では語れないような、オルタナティブな世界が、表に出てきていると思うんですよね。

例えば、メディアとかが分かりやすいですよね。 テレビとか新聞に集権化されていた、情報というものが、WEBなどを通して分散化してく。
その中でみんな同じ世界を見る、ということがなくなってきているわけですよね。
このこと自体は僕はポジティブに捉えているんですけど、その一方で、自己の存在を認識しにくくなったとも言えるんですよね。
だからこそ、自分の存在を、また自分がこの世に存在する、ということはどういうことなんだ。ていうのを、自分なりに見出しておく。

これを今の時代においては、迫られていると。
例えば、自分の存在を世の中に認められたい、と思う人も多いと思うんですけど、そもそも、その世の中というのは自分にとって何を指しているのか? また、どうなったら認められているといえるのか? とかをいちいち考えさせられるわけですよね。別にネガティブな意味じゃなくてですね。

自分の存在と、自分が存在している世界、これを感覚でつかめておくことが、結果的に自分の社会的存在欲求を満たすというかですね。

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