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【創作いい話】忘れられない光景

コロナが蔓延する前の出来事。
私は入院してる母の元へ足繁くお見舞いに通っていた。母は四人部屋にいた。
そこでよく見かけた光景に今も胸が高鳴る。
母のベッドから斜向かいのベッドの患者さんの所へ私と同じくお見舞いによく来ている男性がいた。
母が言うには入院してる方の旦那様だとの事。
そこで更に素敵な話を聞いた。

仕事熱心だった旦那様はしゃにむに働いて家庭を大事にする事がなかなか出来なかった。
でも、それも家族の為を思えばと働き続け、ある日いきなり奥さんが道端で倒れて意識不明だと連絡が入る。
緊急入院、診断結果は脳卒中。脳内出血が大量で広範囲の為、大きく麻痺が出るだろうと医師から宣告された。

意識が戻らないとなんとも言えないが、恐らく話も出来ないだろうと告げられ、彼は自分のしてきた生活を今更ながらに振り返る。
仕事、仕事で彼女と最後にまともに話したのはいつだ?何処かへ出掛けたのもいつだ?彼女は僕に寂しいとは言わなかった。言わなかったが、大きなストレスを抱えていたのではないか?僕がそれを家族の為だからと正論掲げておざなりに葬っていたのではないか?
彼女ともう一度、話がしたい。彼女に言っていない言葉がいっぱい僕の中にはある!

そうだ!これから毎日、1日1本、彼女へ恋文を書こう。恋文が無理なら小説でも詩でも何でも良い。僕の言葉を彼女に毎日伝えよう。
彼女の為だけに紡ぐ僕の中にある君への思いを形にして届けよう。
「そう決めて、毎日、奥さんの所へお見舞いに来るそうよ!ロマンチックねぇ」
「素敵ねぇ❤うちのお父ちゃんには絶対出来ないわよねぇ」
「奥さんが眠ってると手紙をそっと置いて帰るのよ?」
「そんな手紙、貰ってみたいわ」
「毎日って凄いわよね?」
滞在時間はいつも短いそうで、手紙を手渡して、直接、彼女に囁いて告げる事もあるそうだ。
そうする彼の気持ちが私にもわかる。
だから、私も時間があれば母のお見舞いに日参する。流石に手紙は書かないけど、生きててくれて良かった、と強く思う。
母の場合は脳梗塞による左半身麻痺だ。言語に問題はなく、もう普通に話せるが声に張りがない。病院ではどうしても小声になるから、そのクセが付いてしまったと言う(笑)
そんな母との他愛も無い会話よりも、私は手紙の内容が気になって仕方なかった。
毎日どんな事をしたためて書いているのだろう。プロの作家なら造作もないかもしれないが、仕事人間だった旦那さんはそういう事が得意だったのだろうか?仮に得意でも毎日ってとんでもなく凄い事だ。

【継続は力なり】

奥さんの姿はカーテンの向こうで見えないが、母の見舞いで訪れる時に軽く会釈は交わす。
穏やかな笑顔の印象を持つが、本当は大輪の向日葵のような笑顔の人なのではなかろうかと思わせる風情がある。旦那さんは枯れないでくれとせっせと水を毎日注いでるかのように奥さんに言葉を届けているのではなかろうか?
手入れを怠って枯れてしまう鉢植えのように
寂しい思いをさせたことを悔いる為に
彼女のしたがってた事を今度があるなら叶える為に

ただ

ただ

今は言葉を届ける
不器用でも拙くても下手くそでも
ありったけの想いを伝える為に毎日毎日
彼女へと届けに来るのだ。

奥さんに伝わってるのかどうかはわからない。
受け取った手紙を読んでるのかもわからない。母曰くカーテンはいつも閉められてるから、そこはわからないと言う。

ただ、耳をすませて聞いていたら、旦那さんの囁き声が少し聞こえたと言う。

また二人で出掛けよう。
まだ九州も北海道も二人では行ってないよ?
ほら、君、福島で焼き魚食べたいって言ってたでしょ?お店、移転してるみたいだから探さなくちゃ!
貧乏旅行だけど二人なら楽しいよ
僕を忘れないでね
そんな言葉が聞こえてきたらしい

胸が熱くなる❤
母にも早く良くなってほしいが、その奥さんにも早く良くなって、貴方の為に毎日ラブレターを書き続けている素敵な旦那様と笑顔で目的の場所へ旅立ってほしいと強く強くお祈りした。



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