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恋愛未満

「恋までいかなかった恋」という謎のメモが残っていたので、それをもとに短編を書いてみました。

「恋までいかなかった恋」


 スマホを木のテーブルに放り投げる。ごとん、という音が狭い店内に思いの外響いた。何事かと眉を吊り上げて振り向いた隣の席のご婦人にひょこっと首をすくめて頭を下げる。

 もう一度手に取ったスマホを見てため息をつく。さっき見ていた投稿が表示されたままだ。もう一度投げ捨てたくなったが、ぐっと堪えた。泣きたい気分だったが涙は一滴も出てこない。どっと虚しさに襲われて目を閉じる。

 そりゃそうだ。私には失恋する権利もない。失恋できるのは、きちんと恋した勇気ある人だけ。私は弱虫だったから、恋することもできなかった。その気持ちが恋になる前に自分で捨てた。だから泣くこともできないんだ。

 仕方ない、最初から勝敗は決まっていた。仕方ない、恋愛するのは体力がいる。仕方ない、無謀な恋をするほどもう若くない。負け戦をするほど私は馬鹿じゃない。賢明な選択をしただけ。あのまま恋していたら、きっと今よりずっと辛かった。これで良かったんだ。正しかったんだ。私は間違っていない。

 それならどうして、こんなに苦しいのか。

 店を出る。雨が降っている。傘も差さずに歩く私にナンパが声をかける。愛想笑いをつくる余裕もなくて無視して歩く。馬鹿馬鹿しいと思いながら「もしも」を考える。

 私があのまま恋していたら、結果は変わっただろうか。私が告白していたら、あの人の隣にいたのは私だったのだろうか。私にもっと勇気があったら、あの子に勝てたのだろうか。一人夢想する。

 賢い私にはわかっている。きっと結果は変わらなかった。私はあの子にはなれなかった。私はあの子のように素直になれないし、あの子のように笑えない。

 駅に着く。タイミングよく電車が来る。運が良い。

 賢い?違う。これはきっと小賢しいと言うんだ。自分の頭の中だけで考えて、分かった気になって、勝敗なんて言葉を使って、自分の気持ちに嘘をついて、正面から向き合わずに逃げて。きっとあの子は真っ直ぐ真っ直ぐ正直にぶつかっていったんだろう。あの人にも、自分にも、嘘ひとつつかずに。

 扉の横に立つ。手すりに寄りかかり、目の前にある結婚情報誌の広告を眺める。

 真っ直ぐに恋をして、支え合って、結ばれた主人公たちはめでたしめでたし。皆に祝福されて笑っている。両想いになった二人を、「友達」として側で笑って見守り続けなきゃいけないのは、馬鹿な私の罪と罰。これ以上ない自業自得。

  好きだった。多分恋だった。でももうおしまい。馬鹿な脇役のスピンオフなんて誰も求めてない。

 だからこれでこの話はおしまい。

 これは、「めでたしめでたし」に取り残された馬鹿な私の話。

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