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「2900ベクレルの内部被曝と生きる」という現実

 福島県飯舘村出身の公務員・愛澤卓見さん(44)と私は、3・11以来ずっと連絡を取り続けている。福島第一原発から高濃度の放射性物質の雲(プルーム)が流れ出た2011年3月15日、愛澤さんは住んでいた飯舘村にいて、そのプルームの直撃を浴びることになった。英語でいう”Downwinder”(核施設の風下にいた人)、日本語でいう「被曝者」である。

 愛澤さんはその後、ホールボディ・カウンター(WBC)で内部被曝量の測定を自発的に受け、セシウムが検出されたことを私に教えてくれた。県の大規模なWBC調査が始まるずっと前である。それから5年。「被曝を抱えて生きる」というのはどんな現実なのか、愛沢さんの話を聞いてみることにした。

(2015年11月、福島市内の避難先住宅で)


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「2900ベクレルの内部被曝と生きる」という現実

烏賀陽(うがや)弘道/Hiro Ugaya

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ジャーナリスト・フォトグラファー 1963年京都市生まれ。京都大学経済学部卒。 コロンビア大学修士課程(軍事学)終了。 朝日新聞社記者を経て2003年からフリーの報道記者。 アマゾン著者セントラル:https://www.amazon.co.jp/-/e/B01MF8GG1A

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