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中井英夫『とらんぷ譚』異本(補遺)



はじめに

中井英夫『とらんぷ譚』異本(1)~(4)を公表後、生前の中井と交流がおありで、1979年初版『とらんぷ譚』の献呈署名本を受贈されたというKさんから貴重な情報をご提供いただきましたので、その内容の一部を補遺として投稿します。

2種類の1979年初版本が存在する理由

Kさんが最初に中井とお会いになったのは1985年のことだそうで、それ以前、中井の手元には校正用に1979年初版『とらんぷ譚』の試し刷り本が数冊あったようです。1985年春、Kさんは、中井がつねに傍らに置いて朱入れをしていた試し刷り本の最後の1冊を献呈署名本として贈られたそうです。そして、その本の奥付には定価が印刷されていなっかたということです。

Kさんの証言から、1979年初版本に定価が印刷されているものと無いものの2種類が存在している理由が大凡判りました。

つまり、私は、1979年初版本には、村上裕徳氏や越沼正氏のいう回収本の1種類しか存在しないとばかり何となく思い込んでいた訣ですが、実際には、校正用の試し刷り本が何冊か作られており、回収本と試し刷り本の2種類が存在するということが判明したわけです。

試し刷り本であれば、定価が印刷されていなくても不思議はありません。出版や校正に関する知識があれば直ぐにでも判ったのでしょうが、Kさんのお話を伺うまで気づきませんでした。

なお、中井が1979年初版の試し刷り本を1985年の時点で校正用の朱入れ本として使用していたという事実から、1980年初版本については、束見本ぐらいは作られたかもしれませんが、試し刷り本は作られなかったと見てまず間違いなさそうです。

それにしても、1985年まで校正本に朱を入れ続けていたということは、中井は『とらんぷ譚』が再版される可能性を考えていたのでしょうか。

『とらんぷ譚』は3種類?

このことから、平凡社刊『とらんぷ譚』には、
(1)奥付に定価が印刷されていない1979年初版の試し刷り本
(2)奥付に定価が印刷されている1979年初版の回収本
(3)最終的に市販された1980年初版本
の3種類が存在すると考えればよさそうです。

因みに、私の所有する1979年初版本は、奥付に定価が印刷されていることから、回収本の1冊と考えられます。その上で、村上祐徳氏が金澤裕史氏から聞いたという、薔薇パーティで配られた13部限定本の1冊である可能性が今のところ最も高いように思われますが、この点については、「1979.12.」の日付の謎について、更に調べを進める必要があると考えています。

朱入れ本の後日譚

最後に、情報をご提供いただいたKさんに感謝申し上げるとともに、Kさんから教えていただいたエピソードをご紹介して本稿を終えたいと思います。

講談社文庫から新装版のとらんぷ譚シリーズ(講談社、2009~2010)が刊行されるに当たって、Kさんが中井から受け取った中井の朱入れ本も校正・校閲の資料として使用され、四半世紀を経て、それまで漏れていた一箇所の校正が反映されたということです。

講談社文庫 新装版とらんぷ譚シリーズ(講談社、2009~2010)

なお、講談社文庫の新装版とらんぷ譚シリーズ(講談社、2009~2010)は艶消し紙のカバーがデフォルトだったようですが、『人外境通信』のみ光沢紙のカバーが使用されています。Kさんのお話では、これも出版時の手違いだそうで、当時、希望すれば艶消しカバーと交換してくれたのだそうです。ただ、艶消しカバーとの交換を望んだ人が少なかったのか、中古市場では艶消しカバーと出会う確率はあまり高くないようです。