シミになったツレ。
ある人は言う。
ある人は言う。
また、ある人は言う。
そう言われても仕方がない。
だが、わたしは間違えてはいない。
シミであっている。
シミーズではない。
トミーズでもない。
メリーズはおむつ。(おぼえた)
ジミー大西は画家。(と呼ぶべきか)
まわり道をしたが、
シミで、いいのだ。
これで、いいのだ。
ツレは、シミに、なった、のである。
シェーーーーーーッ‼︎
などとツッコんでくれる前歯の長いおじさんは、ここにいない。
期待もしてない。
(まったくしてないといえば、嘘になる)
(ちなみにわたしのUTはおそ松くんです)
(もし街中で見かけたらシェーしてね♡)
わたしは断言する。
シミになったツレの話は、
名作として語り継がれることはない。
岩波少年文庫に名を連ねることもない。
アンデルセン賞を授与されることもないだろう。
だが、しかし、この話が、夜空に輝く何千億の星のひかりにぼやけて見えない六等星に過ぎないとしても、わたしは語り継がねばならない。
シミになったツレのために。
(明転)
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
(暗転)
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ある日、買い物に出かけたツレ。
炎天下、陽炎さえも、生まれたそばから蒸発する。行方不明者が続出する。命の儚さを知る。そんな夏の日のことだ。
ツレが帰ってこない。
そのことに気づいたのは、「買い物がてら散歩する」と言って出かけて2〜3時間が経ったころだった。
メッセージを送るも、なしのつぶて。
ケイタイに電話するも、音沙汰なし。
うーむ。
みみずも土から逃げだして、アスファルトという名の鉄板のうえで焼かれ、干からびるこの炎天下だ。
熱中症にでもなっていなければいいのだが、という考えが頭をよぎる。
しかし無常にも時間は刻一刻と過ぎていく。
わたしの額からは汗がつつつと滴り落ちる。
ヴィーッ。
突然、ケイタイが震える。
何かを受信した合図だ。
男性ホルモンでないことだけは確かだ。
画面を見る。
熱中症警戒アラートの通知が来ている。
外出を控える旨の町内放送が流れる。
遠くで救急車のサイレンの音がする。
ワン、ツー、スリーと、パンチのようにわたしの不安を煽ってくる。
きゃつらめ。やるじゃない。
パンチと暑さに強いと言えば、うちなーんちゅだ。
ここは、あの人の助言をもらおう。
パンチパーマの具志堅用高が、セコンドでわたしに声をかける。
(ちょっちゅねー)←色は薄い灰色で。
通訳をつけなかったのは、わたしの過ちだ。
(ちょっちゅねー)
カタカナのところしかわからない。どうしよう。
(ちょっちゅねー)
自分の助言に満足気に笑うパンチパーマ。
(ちょっちゅねー)
風が吹いている。
(ちょっちゅねー)
微動だにしないパンチパーマ。さすがです。
吹かれ強い。
あしたのジョーのように、真っ白に燃えつきてうなだれるわたし。
パンチパーマのおやっさんがマットを叩く。
(バンバンバンッ!)
しかし、打つ手なし。万事休す。
と、そこへ小人が訪ねてきた。
ガクだ。
(ガクについて詳しくお知りになりたい方は拙著『ZEMY〜真夏の爆弾魔〜』をご覧ください⬇︎)
「よけいなことをゆうぜ」
ガクはそう前置いて、続ける。
「ツレ、シミになってたぜ」
永遠と呼べる一刻が訪れる。
後、わたしの頭に文字の羅列が浮かぶ。
(ツレシミニナッテル)
🏃♂️➡️
(ツレ、シミになってる)
🏃♀️➡️
(ツレ、人間辞めるってよ)
🏃➡️
伝言ゲームならここでアウト。
しかし、これはゲームではない。
noteだ!
書きづけなければならない。
最後のテープ(ー完ー)を切らなくては。
いま、まさに、太陽に焼かれ、アスファルトという名の鉄板上でシミになっているツレがいるのだ。
(どうかまだ完全なるシミになっていませんように)
祈るようなおもいで、声を振りしぼる。
「どうしてそんなことに?」
わたしはたずねる。
「ニンゲンがまねいたケッカさ」
とガクはいう。
「どういうことだい?」
わたしはたずねる。
「しぜんからハナレすぎたんだ」
とガクがいう。
「自然から離れ過ぎた…」
と、わたし。
「ダイチはどこへいった」
と、ガク。
「アスファルトの下にあるよ」
言い訳がましい言葉だ。
「ニンゲンのくらしはフシゼンだな」
ガクが指摘する。
「確かに」
「しぜんからハナレちゃ、ロクなものはうまれない」
「そうだ、きみの言うとおりだ、ガク」
だから、ツレは、シミになったのだ。
そう肝に銘じる。
自然から離れ、直線ばかりの街に暮らし、人工物にまみれ、身体性を失ったわたしでは、シミになったツレをみつけることは不可能だ。
わたしは小人に案内を頼む。
「ガク、そこへ案内してくれないか」
「いいぜ」
「ありがとう」
「どんぐりをくれよな」
「どんぐりはないんだ」
「どんぐりはないのか」
「ひまわりのたねじゃダメかい?」
「どんぐりがないならしかたない」
「どんぐりはない」
「ひまわりのたねでいいぜ」
ガクに礼を告げる。
わたしはすこし思案し、いくつかの道具をもっていくことにする。
タオル、ミネラルウォーター、保冷剤、
バンドエイド、サージカルテープ、カッター、
ウェットティッシュ、ビニール袋、飴玉。
あとで役にたつかもしれない。
わたしはリュックを背負い、ニューバランスのスニーカーを履いて家を出た。
そして、ガクの後を追って小一時間ほど歩いた。
公園通りを過ぎ、大通りから大通りへと向かう抜け道に入ったそのときだ。
いた。 と言うか、あった。
シミ、だ。
アスファルトの表面に転写された影のようなその黒いシミは、たしかにツレだった。
わたしにはわかる。
ガクがそばにいるおかげだ。
さて、どうしたものか。
見つけたはいいものの、なにが正解なのかわからない。
なにせ、シミになったツレをみるのは、きょうが初だ。
まずは、情報を集めてみようじゃないか。
そんなときにわたしが頼るのは、『AIしずかちゃん』だ。改めていうが、荒川静香の方だ。
(AIしずかちゃんについて、お知りになりたい方は、拙著『ぼく(ら)の七日間戦争 ムクドリ編』をご覧ください)
『AIしずかちゃんの回答❶』
さすが元金メダリスト、良いことを言う。
しかし、具体的にどうすればいい?
再度、具体的な回答を求めて質問する。
『AIしずかちゃんの回答❷』
全人類よ、見てくれ、これが、現実だ。
きれいごとはいらんのじゃ。
ハウツー、プリーズ!
38度超えの暑さに、意識が朦朧とする。
このままでは、わたしまでもがシミになりかねない。
ミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。
さしずめ、シミ取りがシミになる、か。
ん? なんか違う感じになってる?
それは、もはや欠陥商品ではないか?
全国のドラッグストアから回収対象になるぞ。
やばい、視界がぼやけてきた。
「はがせばいい」
とガクがつぶやく。
「剥がす?どうやって?」
とわたしはガクに縋る。
「ぺりぺりと」
「ぺりぺりと?剥がせる?」
「はがれるぜ」
「それでどうするんだい?」
「なにもしらないのか」
「すまない。知らないんだ」
「しおみずにつけるのさ」
「塩水?」
「ひとつかみのな」
「ひとつかみの塩水に浸ける」
「ゆっくりまぜる」
「ゆっくりと混ぜる」
「それでいい」
「ありがとう、やってみるよ」
「ひまわりのたねをわすれるなよ」
「ああ、後で用意しておく」
「へへへ」
「まずは、はがさないとだ」
なにか使えるものはないかとリュックの中身を広げる。カッターに目がいく。
刃をすこしだけ出す。
刃先を、シミの端に慎重に滑り込ませる。
入る。
刃先を抜くと、シミの端がめくれてアスファルトとの間にわずかな空間ができている。
その隙間に、爪をひっかける。
ゆっくりと、すこしずつ、爪先を動かす。
その繊細な指先の感覚に、神は細部に宿ることを知る。
ぺりぺりぺりと音がする。
シミがアスファルトから剥がれていく。
破けないように慎重に剥がす。
ゆっくりと、ゆっくりと。
ぺりぺりぺり。
ぺりぺりぺり。
ぺりぺりぺりぺり。
ペリ。
最後の数センチまで剥がし終える。
あせりは禁物だ。
逆側にまわり込み、逆手に持ち変える。
そして、水平方向やや下向きに動かしていく。
フッ と抵抗がなくなり、
スッ とシミが剥がれる。
どうやら上手く行ったようだ。
剥がれたシミをくるくるくると丸めて、サージカルテープで止める。
魔法のじゅうたんか! とつっこむ。
魔法のじゅうたんならひとっ飛びで帰れるが、これはシミを丸めたものに過ぎないため、持ち帰るしかない。
ツレよ、もうすこしの辛抱だ。
わたしは帰宅するや否や、浴槽に水を張る。
水温はどうしようか?
人肌がいいのか?
迷った末、体温よりすこしだけ高い37度に温度を設定する。
「セッテイ、オンドヲ、サンジュウナナドニヘンコウシマシタ。(♪〜)」
わが家の家政婦ロボ『しまさん』が言う。
『シマシタ』の『しまさん』
彼女は常に冷静だ。
あせるわたしの心を鎮めてくれる。
しまさん、ありがとう。
なにせ初めての体験なのだ。
シミを元のツレに戻すだなんて。
浴槽には十分にお湯がたまった。
そこへ塩をひとつかみ入れる。
伯方の塩だ。
そこへ、丸めたシミを広げて、そっと浮かべる。
ぷかぷか。
ぷかぷかぷ〜か。
ぷかぷかぷ〜かぷか。
シミになったツレが水面に浮かぶ。
無感情な目でわたしはそれを眺める。
はたして、うまくいくだろうか。
腕を肩まで入れ、かきまぜ棒に見立てる。
そして、ゆっくりとかきまぜる。
ゆっくり、ゆっくりとだ。
ねる、
ねる、
ねる、
ね。
テーレッテレー♪
(添加物たっぷりの練れば練るほど美味しいと伝わるいにしえの菓子の効果音)
もくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもくもく
お鍋ならぬ、湯船のなかからぼわっと
大量の湯気とともにツレが姿を現した。
「あれ、わたし…」
「うん」
「散歩してて…あれ?」
「うん」
「買い物に…」
「うん」
「買い物、忘れちゃった?」
「そうみたいだね」
「やってしまったー」
「まあいいさ。きみが無事なら」
「あした、また、行かなきゃだ」
「そうだね」
「どうやって帰って来たか覚えてない」
「この暑さだから」
「まあ、いいか」
「知らなくてもいい」
こうして、シミになったツレは、元に戻った。
熱中症警戒アラートが通知される。
外出を控える旨の町内放送が流れる。
遠くで救急車のサイレンの音がする。
また、どこかで、だれかのツレが、
シミになったのかもしれない。
いずれこの地はシミツレ宣言が発令される。
夏は毎年のようにシミツレ警報が出される。
地球上ではどこでもシミツレ現象が起きる。
そんな世界線もあるのだ。
ちなみに、『世界線』とは、旅客機の国際線ではない。ボクシングの世界タイトルマッチでもない。また、世界中から武道の腕自慢が集まって世界一を決める天下一武道会でもない。
『世界線』とは、時間とともに系の状態がどのように進化するかを記述する時間軸上の可能な状態の軌跡のことを指す(※ただし、時間、は未証明である)。
そんな『世界線』に備えて、いま、あなたにできることは、準備することだ。
最低限、準備しておくといいものは、以下の三つ。
これがあなたにできること。
ツレをシミからまもる未来のために。
ー完ー
『シミになったツレ』(略してシミツレ)
(これが、こたえ)
わかったかな、具志堅くん。
「ちょっちゅねー」
(わかってないな、こりゃ)