バッティングセンターの思い出

ぼくは野球経験者ではないのだが、野球は好きで小学生の頃からよく遊んでいた。

そこから派生してなのかバッティングセンターにもよく足を運んでいた。初めてはたしか小学校2~3年くらいであろうか、当時住んでいた家から車で10分くらいの場所に親父とふたりで行った記憶がある。

そこはマシンからボールが放り出されるのと連動してピッチャーが投げるフォームが横に映し出されるタイプの結構ちゃんとしたバッティングセンターだった。ぼくは初めてだったため一番球速が遅い70km/hのゲージを使用することにした。

打席に立って真っ直ぐ前を見つめると、ぼくが入ったゲージは驚いたことにピッチャーが映し出されるはずの画面に、あのキティちゃんの姿があった。

一応最も球速が遅いので子ども用ということなのか、いずれにしてもキティちゃんというキャラ選択は子どもすぎやしないだろうか…と疑問が湧いてきたが、とりあえずバットを構え、人生初のバッティングセンターに緊張と興奮の高まりを感じていた。

そしてキティちゃんはまるで野球経験者のお手本のようなフォームで白球を投じ、目にも止まらぬ速さでぼくの方へ一直線に向かってきて、ぼくが振り出したバットにはかすりもせず、一瞬で後方の壁へと吸い込まれていった。

初めて目にした70km/hの球。いや、もちろんバッティングセンターとしては遅い方ではあるが、当時のぼくにはものすごい剛速球に見えた。

今までキティちゃんといえば「エンドレスで愉快に歌を歌いながらポップコーンを生成するサンリオのエース」という認識であったが、さらに「涼しい顔で『えいっ♡』などと言いながら剛速球を投じる強肩投手」というイメージが追加されることとなった。

おそるべしキティちゃん…とほとんどボールに当たらなかったバットを置き、切ない気持ちで初めてのバッティングセンターを後にした思い出がある。

その後中学生の時に引っ越し、その家から自転車で10分くらいのところにまたもバッティングセンターがあったため、こちらも頻繁に訪れるようになった。

そこはヨボヨボのじいさんがおそらくひとりで経営している古めのバッティングセンターで、マシンは手作りなのか中古のを譲ってもらったのかはわからないがとにかく古い。マシンのジャイアンツユニフォームの背中には「KUWATA」の文字だったりするのでやはりまぁ年季を感じさせる。

マシンの不具合などはそのヨボヨボのじいさんがひとりで行い、時に結構高めの脚立によろよろ登り、ネットを直したりしていた。非常に危なっかしい光景である。

そんな状態だから、たまにお客さんであるぼく自身も危険な目に遭う。

ある時は手の甲にデッドボールが当たったことがあった。

内角を抉ってきたッ!と思った瞬間にはもう当たっていた。ていうか、そもそもバッティングセンターなんだからストライクが来ることが前提である。ボールはまだしもデッドボール並の投球をされるとは想像もしていないので、投じられたボールの軌道など確認する間もなくスイングの動作を始めるだろう。マシンの不具合以外の何者でもない。

幸い怪我をすることはなかったのだが、もはや手の甲で打ち返したような状態だったため、これが手作りの怖さなのか…と思い、そこからは頭の片隅にデッドボールの可能性を入れながら打席に立つようになった。手作りには手作りのリスクというものがあるのである。

またある時は、例によってじいさんが脚立に登って作業していたのだが、ぼくはそのバッティングセンターで最も球速の速い140km/hに挑戦しようとしていた。

もう140km/hなんて、ほぼ見えない。投じられたと同時にバットを振るくらいのイメージで、当たればいいな程度に考えてゲージへと入った。

じいさんは、ぼくのゲージの右隣のゲージの打席付近で、2~3mの高さにあるネットを直していた。

硬貨を投入し、間もなくして140km/hが投じられる。ぼくは投じられたと同時にバットを出したが、やはり振り遅れ、ボールは右に飛んで行った。

しまった、と思った時にはぼくの振り遅れに遅れた打球はじいさんの頭をかすめて右へ右へと切れていった。

これは冷や汗が止まらなかった。あとコンマ数秒振るのが遅れていたら…と考えると、打席どころではなかった。

しかし、なぜかじいさんは微動だにしなかった。なんなら怒られるかも…?と思ったのだが、何事も無かったかのようにひたすら脚立の上でネットを直している。

ぼく自身も、じいさんが気になって打席どころでないが、途中でゲージを出る訳にもいかないし、かといってじいさんに当たらないように慣れないバントなどするのも、球速が球速なため危険である。もうとにかくじいさんに当たらないように、センター返しするかじいさんとは逆の左方向に引っ張るか、この2択しかないのだ。

しかし、普段打っている球速とは全く違うので、やはり振り遅れてしまう。

そしてまた、じいさんの頭をかすめた。

何球やっても、右方向へ行く。その度にじいさんの頭をかすめる。全然前に飛ばない。いやそれよりもじいさんは何球自分の頭をかすめられても全く微動だにしない。

数センチずれてたらボールが直撃してそのまま脚立から落ちて最悪の場合死ぬかもしれないのに、何度もじいさんをかすめる自分の謎のバッティング技術や、何度かすめても全く気にしないじいさんの謎神経などがだんだん面白くなってきてしまい、本当に危ないのにちょっとニヤけながら残りの球を消化した。ほんと最悪な人間である。

こんな色んな思い出のあるバッティングセンターのことを思い返すと、久しぶりに行ってみたくなったりもする。

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