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市場への政治的な介入を防ぎ、財務諸表の透明性を担保する:会計基準設定主体の役割

新型コロナ禍の影響は、会計基準の設定にも及んでいます。

まず会計基準の設定に着目する意味、について整理しておきましょう。

皆さんが読んでいる財務諸表は一定のルールに従い作成されています。これがいわゆるGAAP(Genarally Accepted Accounting Principles :一般に公正妥当と認められた会計処理基準)です。基準なので、基準を作成している団体があります。日本の団体がASBJ(Accounting Standards Board of Japan:企業会計基準委員会)になります。アメリカの団体がFASB(Financial Accounting Standards Board)になります。

そして、今採用が拡大しているIFRSs(International Financial Reporting Standards:国際財務報告基準)が作成しているのがIASB(International Accounting Standards Board、国際会計基準審議会)、ですね。

新聞紙上に載る売上高○○、利益が前年比〇%アップは全てGAAPに従い作成された数値です。多くの人が新聞、アナリストの二次情報を見ているかもしれませんが、根拠となる数値の算出方法についても理解しておくことがファンダメンタル、企業の根源的な価値を探りながら、投資をしていく際に必要です。

さて、IASB、FASB、ASBJなど団体は、民間の出資によって成り立っています。なぜ民間なのでしょうか?

それを考える鍵は、「誰のための」財務諸表、財務報告であるか、にあります。

財務諸表は、企業の利害関係者に向けて作成されています。国のため、ではありません(国が株主の企業もありますが)。財務諸表を作成するためのルールは、国から独立した団体が作成することが望ましい、とする考え方が取られており、日本もASBJという独立団体を2001年に設立し、民間機関による会計基準の設定が行われるようになりました。以前は、大蔵省(今の金融庁)が設置する企業会計審議会が主に担い、実務指針についても日本公認会計士協会が作成していました。

これがいわゆる市場の独立性、を担保するための取り組みです。もちろん、法律上の根拠づけは必要ですが、もっぱら『公正妥当な会計処理基準に従う」という文言の下、不介入する姿勢を貫くことになります。

市場に対して政治が介入しない方が良い、という新古典派的な経済理論に基づいて設計されているためです。

神の見えざる手

アダムスミスを教科書で習った人は多いのではないでしょうか?

神の見えざる手とは、市場経済の自動調節システムです。 経済活動に対して政府が介入せずに、個々が最適な利益を追求すれば社会全体の利益が達成される、という考え方です。

いわゆる金融経済学、Financial Economicsの分野における土台となる考え方です。

市場経済においては、政府による介入も時に行われるのですが、過度な介入は良くないのではないか、というされています。この論拠となるのは、神の見えざる手、アダムスミスを源流とする新古典派経済学の考え方に依拠しているといってよいでしょう。

今では、もっと人の心理的な側面も変数として取り入れた方が良い、とする行動経済学も台頭してきています。

今よく聞かれれるのはナッジ理論でしょう。ナッジ(Nudge)、肘でつつく、そっと後押しする、という言葉通り、人々の行動をよりよい方向へと誘導する枠組みの話です。シカゴ大学のリチャード・セイラー教授とハーバード大学のキャス・サンスティーン教授により提唱された行動経済学の理論です。

もう一つ補足しておくと今の金融規制、つまり市場の規制においては、市場原理主義的な規制の枠組みでは、リーマンショックに端を発した金融危機のように市場が暴走してしまう可能性もある、と認識されています。

金融危機は、これまで新古典派経済学の考え方に基づく、規制はなるべくゆるかな方がよいから、時に厳しく規制するところもなければならない、とする考え方へのチェンジを促したといえます。

たとえば、バーゼルⅢです。バーゼルⅢは、銀行が想定外の損失に直面した場合でも経営危機に陥ることのないよう自己資本比率規制が厳格化されました。急な資金の引き出しに備えるための流動性規制、過大なリスクテイクを抑制するためのレバレッジ比率規制等も導入されています。

この他、様々な規制強化が行われました。

もちろん、揺り返しも来ています。規制を掛ければ企業はその分だけ追加的なコストを支払う必要があります。規制を強化することは同時に、企業の自由な経済活動を縛る側面があります。

トランプ政権の下では環境の規制緩和と合わせて金融規制緩和も行われました。

規制の有無は時に、政治の判断に左右されます。

こうした政治とは、つかず離れずを保ちながらも、一定の距離を保っているのが会計基準設定主体といえます。

今回のコロナ禍でも一定機能したと思っています。例えば米国における銀行の引当金の事例です。

上記の記事をみると引当金、つまり回収できない貸し付けに対する引当金を積み増していて、米国の銀行の経営状況も悪いのか!と思ってしまいますが、それは半分当たっていて半分外れています。

今回の引当金積み増しについてはもちろん新型コロナによる景気後退が影響しています。それに加えて新ルールが発動しているからです。

金融商品に関する信用損失測定、です。これと同種の基準はIFRSでも適用されています。

従来のモデルと比較して、フォワードルッキング、つまりリスクの織り込みが早いモデルです。その結果、景気後退局面での早期の引当金を積み立てることが求められる結果になる、というわけです。

こちらの記事も参考になりますね。

例えば、トランプさんが色々言ったとしても、企業会計のルールを決めているFASBには直接介入は出来ません。トランプさんがFASBの代表だったら、引当金のルール廃止!ぐらいやりそうですね笑

でもそうならないような仕組みが埋め込まれています。その結果、規制のルールとは別の装置であるGAAPが機能し、実態を反映した財務諸表を報告しようとする力動が働きます。

仮に市場の実態とかけ離れた財務諸表になったらどうなるでしょうか?おそらく、これが正しい決算なのか?という疑心暗鬼が投資家に生じ、大きく値を下げることになるのではないでしょうか?

そうした意味で、民間の団体により設定される会計基準設定主体は、新型コロナ禍における政治の過度な介入を留め、市場の透明性を保つことに寄与している、といえるのではないでしょうか。


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