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会計上のUnintended Consequences(意図せざる結果)をどのように捉えるか?

私の博士の時の問題意識は、企業会計上の適用によって意図せざる結果が起きることをの是非にあります。

企業会計基準自体は、経済政策と中立の立場にあります。

ですが、企業会計基準、もしくは関連する開示規制が、結果として企業の経済行動の変化を誘発してしまうこともあります。

これがいわゆるUnintended consequnces(意図せざる結果)という現象です。

そして企業の行動に影響をもたらす、ということはその影響は正にも負にもなりえる、ということです。いくつかの研究を足掛かりにこのことを考えてみたいと思います。

1.意図せざる結果に関する研究

いくつか意図せざる結果に関する研究を紹介してきましょう。今はこうした研究を行うスタイルが徐々に多くなってきました。読み応えのある論文が多くあります。ごく簡単な紹介ですので、詳細については原文をぜひ確認してみてください。

Hope and Lu(2020)は2006年から始まった関連当事者取引に関するディスクロージャーの影響について検証しています。開示を求めた結果として、インプライド資本コストが低下し、関連当事者間取引の数が減少したことを報告しています。

開示情報を追加したことで、市場の効率性、情報の非対称性が縮まり、資本コストが低下した、ということは予想された結果であり、関連当事者間取引の数が減少した、ということは意図せざる結果となります。なぜならば開示規制は、関連当事者間取引そのものを直接的に禁止しているものではないから、です。

関連当事者間取引が減少したことをプラスに捉えるか、マイナスに捉えるかは慎重な見方が必要かもしれせん。関連当事者で、融通した取引を行う方が効率的である、とする考え方もありえます。ただ、不公正、グレーな取引を関連当事者間で行うことを抑止するという意味で、一定の効果があった規制となったといえるでしょう。

Barthelme et al.(2019)ではIAS19従業員給付の改訂後の影響を検証しています。先ほどのHope and Lu(2020)は意図される結果と意図せざる結果が混在していましたが、こちらの論文はどちらかと言えば、意図せざる結果を直接測定してます。IAS第19号の改訂の影響を受けた企業が年金資産を株式から債券に変更している結果を示しています。詳細はやや込み入るので割愛しますが、従来よりもボラティリティが高まる会計処理を求められた(年金資産の運用成績を純資産に反映することが求められた)結果、ドイツの年金基金において、株式から債券への運用割合を増加させていることを示しています。

問題点としては、企業会計の基準が年金資産の運用に影響を与える形になったことの是非、でしょう。ただ、これは運用スタイルが変わった、いわゆるリスクに対してより慎重な姿勢になったとも評価されますので、企業年金がリスクに対して慎重に求められる性質を有している、と考えればプラスとも捉えられるかもしれません。

こちらは比較可能性と企業のイノベーションの効率性を検証したChircop et al. (2020)です。企業間の比較可能性について、R&D情報に着目し、比較可能な情報を提供している企業ほど、イノベーションの効率性が高いことを検証しています。

これはかなり驚きの結果です。というのも比較可能性は投資家にとってはメリットがある一方で、企業側にとっては必ずしもメリットがありません。比較されることで、不利な立場にある企業は株式が売られるかもしれませんし、取引でも不利な立場に置かれるかもしれません。比較可能な情報を提供するよりは、企業独自の有用な情報に力点を置いた方が有利な気がします。

ところがこちらの結果では、他社と比較可能な情報を開示することで、自社の研究開発の効率性も高まる、という証拠が示されています。まだ追認できる結果が待たれるところですが、仮にこの実証的な結果について頑健な結果が提示されるようになれば、比較可能な情報を提供することが企業間における健全な研究開発競争を促す結果に繋がる、という革新的な知見になりえます。

2.プラスを最大に、マイナスを最小に

会計は経済政策とは距離を置くべきでしょうし、今後もそうあり続けると思います(そう期待しています)。仮に何らかの経済行動を意図して規制を行うということは、企業会計の根幹である情報提供機能を揺るがすことになりかねません。

一方で、会計基準、関連する規制の適用により企業行動が変わる、ということに規制監督当局は注意する必要があります。意図せざる結果については、プラスとマイナスの両方の側面から慎重に見ていく必要があります。

特定の会計基準、処理が、経済的に大きな影響をもたらす行動を誘発する可能性もあります。望むべくは、その影響について、マイナスを最小に、プラスを最大にする。規制監督当局はそうしたことも意識して、会計基準及び関連する開示を設定する必要があるでしょう。

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