綺麗ごとではなくお金で説明していく
建て前的な議論や話はあるとは思いますが、最近感じることはちゃんと貨幣、お金で説明することが大切なんではないかと。
お金で測れないもの。
あります。
幸福度などの主観的なものもありますし、私たちの感情を数値化するのは不可能でしょう。
最近の世の中の流れを見ていて、お金に関することを避けた綺麗事の議論が多過ぎる、と感じています。
バラマキによって生じる将来負担もそうでしょう。
コロナ禍で大量のお金、補助金が投じられていますが、それを後でどのように回収するか?
それは私たちの税金でしょう。
今のうち申請しておかないと損、ということであちらこちらで詐欺まがいの申請が横行するわけです。
日銀による大量の国債、ETF等の購入についても同様です。
日銀が大量にこれらの資産を購入した後の反動、出口については未だに不透明なままです。
しっかりと金額的なイメージをもって説明していくべきでしょう。
最近の公共事業をみても「綺麗事を並び立てて」行うということが少々行き過ぎているように感じています。
もちろん必要なことは行うべきです。
一方で、膨張しきった財政において、誰がどのようにブレーキを踏むのか?
そろそろ、そんなこともイメージしておかなければならないのではないでしょうか?