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資産除去債務(中編)将来キャッシュフローの見積もりが難しい

続きを書いていきたいと思います。後編で事例を書きます。ここでは将来キャッシュフローの見積もりについて語りたいと思います。

1.資産除去債務の見積もりで一番難しいこと

 負債関係で一番の障壁は、見積もり(評価、算定)にあります。

資産はいいんですよ。売買されていているケースもありますから。

類似の価格で見積もることも可能なことが多いです。

ですが・・・負債は移転することが難しい。

とはいえないことはないんですよ。

例えば、負債の売買でいえば、再保険制度も一つでしょう。相対取引(当事者間)で値段が決まるので、市場価格とは言えませんが。

企業年金債務のバイアウト(売却)もありますね。なので、今後、負債の市場価格というのも確立されていくという可能性も0ではないです。

あと、負債の時価評価で問題になるのは信用リスクを織り込むかどうか、にあります。

いわゆる、負債の時価評価のパラドックス、です。

企業の信用力の低下した場合にその企業の会計上利益をもたらし、信用力が低下すればするほどもうけがでるという現象が生じえます。

企業が保有する社債(負債側)の価格は、信用力が落ちれば落ちるほど値下がりするわけなので、社債を時価評価すると利益が生まれてしまう、という現象ですね(ざっくりといいますと)。

なので、企業の信用力を反映させるかどうか(割引率などに)が、常に議論になります。割引率にしても、国債の金利がうなぎ上りに上がっていけば、なぜか企業の保有する債務の割引率も上がり、結果として負債は縮小することになります。こうしたパラドックスが負債の評価には内在しています。

ややこらしくなるので、ここはいったん置いておきますが、負債の時価評価には資産とは異なる議論すべきポイントが多くなる、と覚えておいてもらえると助かります。

2. 将来キャッシュフローの見積り

この場合、将来キャッシュ・アウト・フロー(将来の支出額)といった方が分かり易い気がします。

資産除去債務では、将来掛かるであろう費用を見積もっておく必要がある訳ですが、

将来キャッシュフローは
割引前の将来キャッシュフロー×割引率
で求められます。

この二つの要素、割引前の将来キャッシュ・フローの見積もりと割引率の設定が論点になりえます。

実務上で一番議論になるポイントは割引前の将来キャッシュフローでしょう。除去に要する割引前の将来キャッシュ・フローの見積もりは、合理的で説明可能な仮定および予測に基づく自己の支出見積もりにより算定します。有形固定資産の除去に係る作業のために直接要する支出のほか、処分に至るまでの支出(例えば、保管や管理のための支出)も含まれます。

合理的で説明可能な仮定および予測に基づく自己の支出見積もり

と聞いただけで、もう会計学のゼミには入らないでおこう、と思うワードですね笑

要するに、計算根拠が明確で、かつそれを外部の人が理解できる形で説明することができる(仮定、予測も含めて)ということを意味します。

それを、自分で見積もる、わけですから、何かのいやがらせですか?と思う財務諸表作成担当者も多いと思います

さらに、その見積もりにおいては、生起する可能性の最も高い単一の金額または生起し得る複数の将来キャッシュ・フローをそれぞれの発生確率で加重平均した金額として算定されます(いわゆる確率加重平均)。

いわゆる確率加重平均については、こちらを参照してくだされば。

リスクの計算などではお馴染みの方法です。生起する確率の高いものを使うこともできます(実務上、どちらが多いのかは知りたいところです)。

おそらく、一連の作業。これはかなり難しい作業、と予想できます。

なぜならば、将来のことはよく分からないから、です。現在分かりうるもの、で見積りを行うわけです(見積もれないケースがありうるのはそのためです)。

確か適用された際にはアメリカにおいても実務上混乱して、追加のガイダンスを出していたような記憶があります。

日本の財務諸表の作成担当者が対応が難しいことは、他の国でも同じ、ということですね。

具体的な見積り方法を適用指針から見ていきましょう。

・対象となる有形固定資産の除去に必要な平均的な処理作業に対する価格の見積もり
・対象となる有形固定資産を取得した際に、取引価額から控除された当該資産に係る除去費用の算定の基礎となった数値
・過去において類似の資産について発生した除去費用の実績
・当該有形固定資産への投資の意思決定を行う際に見積もられた除去費用
有形固定資産の除去に係る用役(除去サービス)を行う業者など第三者からの情報
などとあります。

企業側が単独でこれを見積もるのは無理でしょう。つまり、素人には無理です。

ですからプロに頼むことになりますね。

退職給付債務もそうでしたが、企業にとってこうした将来発生しうる負債、債務の見える化は、新しい評価尺度の導入を意味します。

財務諸表に定量的な数値として織り込む、ということを意味するので、新しいリスクの定量評価が定着する機会にもなっていますね。

そもそも、企業活動による環境負荷に対する社会の目は年々、厳しくなっています。この資産除去債務も、そうした要請の一環として求められているもの、と考えれば理解が容易かもしれません。

2.割引率の設定方法

割引率をどのように設定するか、ですが、これについてはIFRSと日本基準で違いがあります。

日本の基準はいわゆるリスクフリーレートを用います。つまり、国債の流通利回りなどが用いられることになります。

資産除去債務は、IAS37においては、リスクフリーレートに加え「債務不履行リスク」を加味した割引率を用いることとしています(IAS37.47)。

いわゆる自己の信用リスクを含めよ、とあるのですが・・・

には次のように言及されています。

ただし、この「債務不履行リスク」をどのように計算すべきかについてはIAS37には明示されていないこともあり、実際のIFRS適用企業においてもこの割引率の差異が大きな論点となることは少ないようです。

実際にリスクフリーレートでなく、こうしたリスクも勘案して見積りなさいよ、とあっても実務上あまり差がでない、ということは、よくあることでしょう。

また、債務不履行リスクを織り込んで算定しました、といったとすると、そのリスクの反映のさせ方についても財務諸表作成者は説明しないといけなくなります。必然的に説明がしやすい処理に流れやすい、という傾向にはあります。

説明がしやすいように会計処理をする、ということは情報作成の立場から考えられ、良いこととはありません。

ですが、まま起こりえます。例えば、IFRS適用企業が固定資産の減価償却費の選択方法として定額法採用が多い、というのもあります。

日本では、多くの企業が定率法を採用しているが、IFRS適用時には減価償却方法を定率法から定額法に変更する会社が多いと言われている。近年増加している日本基準における減価償却方法の変更は、IFRSの適用を見据えた動きとも考えられる。

IFRSでは減価償却の選択について、固定資産が将来に生み出す経済的便益に関する消費予測パターンを反映させることが求められています。つまり、定率法では説明がしにくい、ということですね。

税務上で定率法が認められている、もしくは定率法の方が税メリットが大きいという理由で選択していた場合もあると思います(税法に合わせる形で会計選択を行っていた)。

IFRSにおける会計選択行動というのも面白い研究対象ではありますね。

<余談>

脇道にそれますが、日本基準(J-GAAP)は独立した基準「資産除去債務に関する会計基準」を設定していますが、IFRSはIAS37「引当金、偶発資産及び偶発負債」の中で説明されている、のみです。なぜこうしたことになっているのでしょうか?

IASBは非金融負債に関する会計基準、つまりIAS37の偶発負債をおきかえるような基準を設定しようとしたことがあります(2005年と2010年に公開草案も出しました)。おそらく資産除去債務も基準が成立すれば、ここに当てはめられたはずです

この基準はいわゆる資産除去債務の拡大版のような形で発生しうる債務を確率加重平均で見積り計上する(大雑把にいうと)という提案だったのですが、関係者(財務諸表作成者)からの反発が強すぎて挫折しました(公式にはそうは言ってなかったと思いますが、コメントレターは反発するものが多かったと記憶しています)。

IFRSの設定している多くの基準が元来、USGAAPからの流れを受けた、もしくは共同開発したもので構成されており、IASB単独で1から開発した基準というのはそう多くありません(ここは異論があるかもしれませんので、あくまでも私見とさせてください)。

従来の会計慣行にない基準を作成すると、財務諸表作成者に納得してもらうためには膨大な時間とプロセスが必要になります。このことを如実に表した事例です(IFRS17保険契約はようやく基準化しましたが、適用が延期になる、など基準を適用するまでのプロセスは大変です)。

*あともう一つ付け加えると世界金融危機の後にG20の要請を受けた基準開発と改訂にプロジェクトの多くの時間と労力が割かれ、負債プロジェクトに注力することが出来なくなったということはあるでしょう(提案したメンバーも入れかわってしまいましたし)。

3.実際の会計処理

具体的な会計処理を簡単なものですが、考えてみましょう。

実務指針のものをベースに説明していきます。


Y社は、20X1 年 4 月 1 日に設備Aを取得し、使用を開始した。当該設備の取得原価は10,000、耐用年数は 5 年であり、Y社には当該設備を使用後に除去する法的義務がある。Y社が当該設備を除去するときの支出は 1,000 と見積られている。20X6 年 3 月 31 日に設備Aが除去された。当該設備の除去に係る支出は 1,050 であった。資産除去債務は取得時にのみ発生するものとし、Y社は当該設備について残存価額 0 で定額法により減価償却を行っている。割引率は 3.0%とする。Y社の決算日は 3 月 31 日であるものとする。

20X1年4月1日の会計処理は、設備Aの取得と資産除去債務の計上が同時に行われます。

(借)有形固定資産 10,863 (貸方)未払金 10,000
                 資産除去債務 863

資産除去債務は割引前の将来キャッシュフローでは1,000なのですが、これを割引率3%として、計算するので、

で863となります。

20X2年3月31日、つまり期末には時の経過に伴う資産除去債務の増加を計上し、かつ除去費用も含めた減価償却を行います。

まず時の経過に伴う債務の増加は以下のように処理されます。

(借)利息費用 26 (貸方)資産除去債務 26
  この計算は、863×3.0%=26で計算されます。


期首の債務額×割引率でかけて、費用(利息費用)として計上することになります。これは、退職給付債務や金融負債(社債)の利息法でも共通する処理です。

この利息費用という考え方に慣れてもらわなければなりません。割り引くまでは理解できても毎期、債務が増えていくということは慣れないんですよね。割り引いた時から、年数が近くなるにしたがい用意しなければならない額は必然的に多くなる、わけです。かつその額は、割引率が高くなればなるほど大きな額になります。また、負債の期限が迫ってくるに従い大きくなります。期首の負債額×割引率で毎期計算されていきますからね。

そして減価償却も行います。次のような処理になります。

(借)減価償却費 2,173 (貸)減価償却累計額 2,173

設備Aの減価償却費10,000/5+除却費用資産計上額863/5=2173


資産計上された資産除去債務の対応部分(863)も定期償却されていきます。面白いのは、最初は費用に計上されないわけですよね。

資産除去債務の会計処理の特徴は、引当金処理と異なり、差額の増加分を除き、費用計上しないところですね。

つまり、引当金処理でしたら、

引当金繰入額(費用計上) 863/引当金(負債増加)863

としますが、資産除去債務を取得原価の中に織り込みますから、

資産除去債務繰入額 863/ 資産除去債務(負債増加)863

とならずに、

有形固定資産(取得原価の増加) 100/ 資産除去債務(負債増加)100

となります。

増加した取得原価部分は減価償却されていき、費用化されていく、ということですね(分割して費用を負担していく形ですね)。

*このあたりの根拠について同基準の結論の根拠に書かれていますのでチェックしてみてください。

さて、この後、処理が積み重ねられていき、

除却の時期を迎えます。その時には以下のように処理されます。

(借)減価償却累計額 10,863 (貸)有形固定資産 10,863

    資産除却債務 1,000     現金預金 1,050

   費用(追加発生分) 50

となります。資産除去債務は利息費用が26(1期目)+27(2期目)+27(3期目)+28(4期目)+29期(5期目)と発生し、合計で、137になります。863と合わせて、1,000になることが確認できたと思います。 


4.資産除去債務をなぜ取得原価の増加とみなすのか?

なぜ、取得原価の増加とみなすのか?

会計士試験にでも出てきそうな話題です。

同基準の結論の背景(資産除去債務に対応する除去費用の資産計上と費用配分)をみてみると、その理由が書いています。

資産除去債務を負債として計上する際、当該除去債務に対応する除去費用をどのように会計処理するかという論点がある。本会計基準では、債務として負担している金額を負債計上し、同額を有形固定資産の取得原価に反映させる処理を行うこととした。このような会計処理(資産負債の両建処理)は、有形固定資産の取得に付随して生じる除去費用の未払の債務を負債として計上すると同時に、対応する除去費用を当該有形固定資産の取得原価に含める
ことにより、当該資産への投資について回収すべき額を引き上げることを意味する。

つまり資産除去債務は資産(投資)回収の理論に基づいて設計されている、ということですね。

投下した資産は必ず回収しなければならない。そして回収できないのであれば、減損しなければならない、ということです。

ちなみに、固定遺産ですから減損は適用されるわけですが、資産除却債務の計上により増加した資産の増加部分は、減損の対象になりません(将来キャッシュ・フローの見積もりには含まれません)。

なお、結論の背景を読むと、疑問に思った会計処理の理由について大体答えてくれていますので、会計士試験を目指す人はぜひご一読ください。



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